魔王は何処へ消えたのか?


 魔王は一体、どこへ消えてしまったのか?


 魔王城をくまなく探しても、魔王の気配どころか、手がかりすら見つけられなかった。

 おかしいな。

 今までプレイしてきたゲームなら、魔王が魔王城にいないことなんてなかったのに。


 何が起こっているんだ?

 可能性を考えてみよう。


【可能性1】

 魔王は元々存在しなかった。


【可能性2】

 魔王は既に他の誰かに討伐されていた。


【可能性3】

 俺が魔王城で見つけた、魔王の姿をしたハリボテの泥人形が、実は本物の魔王だった。


【可能性4】

 魔王は魔王城ではないどこかへ逃げ出して、今も生き延びている。


 いろいろ可能性を考えてみたのだが、

 考えても何も分からない。

 魔王城の中は、調べられる限り調べつくしてしまった。


 一度ヒョウロー村に戻って、マリリやエリカから情報を聞き出してみるか。

 そう判断した俺は、夜明け前の明るみを帯びた東の空へ、一直線に駆け出した。



 朝日が昇る。

 RTA三日目の朝がきた。


 森を川沿いに走る、走る、走る。

 はぁはぁと息が乱れる。

 徹夜の眠気で足が重い。

 正直ひと休みしたいけれど、

 今は一刻も早く村に帰って、状況を確認しなければ。


「はぁ……はぁ……」


 息が荒れる。

 明らかに足の回転が遅くなった。

 身体が重い。

 おかしい。何かがおかしい。

 まさか毒、だろうか?


 すごく嫌な予感がした。

 汗を拭いながら、ポケットから解毒剤を取り出し、飲み込んだ。


 しかし、何も変わらない。

 むしろ、さらに身体が重くなって、

 俺は、走れなくなった。


「あれ……?」


 なんで?

 これは、この感覚は……

 レベルが下がっていく感覚。


「なんでっ……?」


 まるで魔法が解けたみたいに、

 俺が手にしていた力が、憎悪ヘイトが、

 もの凄い勢いで、跡形もなく消えていく感覚がした。


「うっ……」


 足が止まった。

 もう歩けない。

 喉も乾いた。

 苦しいっ。


「ぁあ……」


 バタン、と森の中へ倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 立てない。身動きが取れない。

 身体が動かないっ。

 地面に突っ伏したまま、俺は……


 視界がぐわんと歪んだ。

 目の前がチカチカした。

 意識が、溶けていく……


 どれだけの時間がたっただろうか?


 ザザザザザ……

 という水音が聞こえて、俺は意識を取り戻した。


「ふっふっふっ! ハハハハハァ!!!

 我こそは魔王軍四天王、洪水のウラベル……」


 聞き覚えのある声がした。

 この声は、誰だっけ?


「先ほどはよくも逃げてくれたなぁ! クソ勇者ァ!

 我はお前に会うために、ここまで川を登ってきてやったんだぜ!

 この水龍である私を雑魚と呼んだこと、後悔させてやるぜ!」


 そうかコイツは、魔王城への道中で俺が無視した、蛇みたいな化け物か……

 魔王軍四天王、洪水のウラベル。

 じわじわと、俺の方へと、攻撃が迫ってくる。

 まずい……

 俺のレベルは、どこまで落ちた?

 逃げなければ、

 今の俺では、コイツに瞬殺されてしまう。


 でも、

 身体に力が入らない。

 指先にさえ、力が入らない。

 かろうじて唇が動くだけ……


「フハハハハ!!

 だらしがないなぁ勇者めぇ!

 貴様は魔王の姿を拝むことが出来ぬまま、ここで惨めに死ぬのだぁぁ!!」

 

 水の塊が、落ちてくる。


 死ぬ……

 

 殺される……


 死……



 心臓が恐怖で支配された。


 自分の死を確信した。


 怖くて、怖くて、


 お先の未来は真っ暗で、


 そんなとき、走馬灯。


 最後に脳裏によぎったのは、



『くたばれクズ勇者っ!』


『この卑怯ものがっ!』


『ど、ド変態っ///』


 ジェシカ、エリカ、マリリ。

 三人の顔だった。















★★★



  

《あなたは死にました》 


「………?」

 

 真っ白でキラキラと荘厳な光が降り落ちる、

 神々しい雲の上の世界で、目の前のバカでかい白いドレスを着た女が、

 《あなたは死にました》と、そう言った。


 どうやら俺は死んだらしい。なるほど。


 太ももがムチムチでエロい、おっぱいが大きい。

 女体の巨人、背中には大きな、白い鳥の羽が生えていた。


《3日ぶりですね。私の名は女神ヘスティアと申します。覚えていますか?

 あなたをこの世界に召喚した者です》


「………」


《ざんねんでしたね、勇者。

 魔王の方が一枚上手でした。

 姿を隠しながら、あなたの集めた憎悪を無かったものにした。

 これはもう完敗ですね……打つ手なしです》


 女神ヘスティアは、三日前と変わらない調子で、淡々と話した。


「……なぁ、教えてくれ、俺はどうすれば良かったのか?」


 反省点は幾らでもある。


 魔王は魔王城にいるに違いない。

 そんな固定観念で動いてしまったこと。


憎悪ヘイト】スキルの弱点、好感の効果を甘く見ていたこと。


 やり直したい。

 再走したい。

 これが、ゲームなら、何度でもなり直せるのに……

 もう一度やれば、今度はもっとうまく出来る。


 でも……

 あの世界は現実だった。

 やり直すことなんて、できない……


《まだ、続けますか?》


 え?


「再走、できるのか? またやり直せるのか?」


 俺は女神に尋ねた。


《ふふっ。

 やり直しは出来ませんが、"コンティニューつづきからはじめる"なら可能です。

 あなたはたしかに死にました。

 ですが、まだ死が確定した状態ではありません。

 今ならまだ間に合います。

 私の女神の力で、あなたを蘇生させることだって出来るんです》


 なるほどな。


「じゃあ、コンティニューつづきからはじめるだ」


《……念のため、忠告しておきます。

 状況は最悪ですよ?

 全ての【憎悪ヘイト】を失って、世界中から【好感】を集めてしまったあなたのレベルは、

 マイナス3461レベル。

 紛れもなく世界最弱です。

 

 歩くことどころか、満足に手足を動かせない状態です。

 はっきりと申し上げますが、あなたの勝利は絶望的です。

 それでも、続けますか?》

 

「あぁ、コンティニューつづきからはじめるだ。俺は難しいゲームほど燃える質なんだよ。

 俺はRTAの神、九頭葛生くずくずおだからな」


 俺の言葉を聞いた女神は微笑んだ。


《ふふ、そう言うと思いました。

 あなたを勇者に選んで良かった。

 きっとあなたなら、お父さまを止めてくれる……》


「………」


《最後に、一つだけヒントを与えておきます。

 魔王の目的について。

 魔王の目的は、人類の滅亡……ではありません。

 もちろん人類の滅亡も願っていますが、本当の目的は違います。

 魔王の真の目的は、"悪神を現世に召喚すること"です》


「……悪神?」


《……これ以上は言えません。

 さぁ、勇者よ。

 どうか頑張ってください》


 そう言ってヘスティアは、優しく微笑んだ。


「あぁ、天から眺めているがいい。退屈はさせない」


《期待していますよ、ふふ

 もしあなたが魔王を倒せたのなら、ご褒美を差し上げます。

 私の女神の力で、あなたの願いをひとつ、叶えて差し上げますから……》



 ぼんやりと輪郭が曖昧になり、視界全体が真っ白になり、


 次に目を開けたとき……

 そこには……




★★★

 

 


 身体が重い。

 疲れた。だるい。ずっと寝ていたい。


「…………!」


 誰かの声が、聞こえる。

 身体を揺さぶられる。

 くそやめろ。

 俺を揺らすな。


「……さま、……勇者さまっ! 起きてくださいっ!」


 聞き覚えのある声がして、

 俺は目を開けた。

 なんだか随分、懐かしい響きだ。


「あ……」


 眩しい太陽の逆光を浴びながら、

 俺の頭を抱き込んで、

 ぽろぽろと大粒の涙を流していた。

 王女ジェシカの可愛い顔が、そこにあった。


「……良かった。良かったっ! 生きてたっ! 勇者ぁああ!!」


 俺の顔を見て、安心したのだろうか。

 ジェシカはまた、涙腺を崩壊させて、

 ぎゅっと俺の身体を抱きしめてきた。

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