王女剣聖聖女誘拐事件


「5、4、3、2……」


 カウントダウンが迫るなか。


「うっ……ぐっ………」


 剣聖エリカが、目尻からポロポロと涙を溢れさせながら、大切な剣を手放し、床へ滑らせた。

 そして俺の足元へと、エリカの剣が差し出された。


「うっ……くぅぅ……絶対、許さないんだからっ……

 いつかこの手で必ず……ぶっ殺してやるんだからっ……!」


 屈辱で顔を歪めたエリカを、優雅に眺めながら、

 俺は、エリカの命より大切な剣を、握りしめ拾い上げた。


「っ……! ごめんなさいっ……お爺ちゃんっ……」


 剣を俺に握られながら、お爺さんを想い涙を流すエリカ。

 その心中はどれほどのものか?

 そして、


 カラカラカラン。


 俺の足元に、もう一つの棒が転がってきた。

 聖女マリリの"魔法の杖"である。


「あぁん……!

 私とした事がっ、神から賜りし聖なる杖をっ、あんな下賤な勇者の手に……!

 こんなイケナイ私を、どうかお赦しください……!

 神罰なら喜んで受けますっ……!

 あぁ神よっ! とびっきりの天罰を、どうか私にお与えくださいませっ……!」


 聖女マリリは、身を捩らせながら天を仰ぎ、涙を流していた。

 頭がおかしいのかコイツ。

 俺が言えた事じゃないがな。

 まさかコイツ、ドMか?

 俺は、聖女マリリの魂同然の杖も拾い上げた。


「いい剣といい杖だ。ありがとな」


「くっ……!!」

「あんっ……!!」


 エリカとマリリが声を漏らす。


「エリカさまとマリリさまに何て事を……! 鬼畜がっ!」

「王女さまの為に、プライドも何もかも捧げるなんてっ……」

「おのれクズ勇者っ! 100回死んで詫びろっ!」


 激昂するモブ共の中に、俺にかかってくる者はいない。

 ただ叫ぶだけの大罵声。

 なにも怖くない。


 さーて。ヘイトを集めつつ魔王城に向かおうか。

 と、思うのだが、

 ふと思う。

 魔王城ってどこにあるんだ?

 

「ううっ……うぇぇぇん、お母さま……お父さまぁぁ……」


 一瞬、抱いたままの王女ジェシカに聞こうかと思ったが、

 コイツは頭が悪そうだからな、どうせ世間知らずのお嬢様だろう。

 まぁ、俺もバカに出来る立場ではない。

 俺はまだ、この世界の事を何も知らないのだ。

 誰か"優秀な案内人"がほしいな……

 と、思って辺りを見渡したのだが……


 見つけた。

 ちょうどいい案内人がいるじゃないか、しかも二人も。

 俺は歩き出した。

 目の前で泣き崩れた、聖女マリリと剣聖エリカへと歩み寄った。

 そして……

 

「よっと」


 二人まとめて、王女ジェシカと共に抱きしめた。


「んなっ!?」

「あはんっ!?」


 唖然とする二人。

 王女と剣聖と聖女、三人まとめて抱え上げた俺は、

 教会の出口めがけて、颯爽と走りだした。


「いやぁぁ! 早いっ! 怖いですぅぅ!」


 震え声の、王女ジェシカ。


「なっ、なにをするっ! 勇者っ! 私に触るなっ!」


 か弱い力でガンガンと俺の横腹を殴る、剣聖エリカ。

 

「んぁっ! どこ触ってるんですかっ!

 まさか私達を誘拐して、あんなヤラシイ事やこんなヤラシイ事をする気ですかっ! こ、この変態っ!!」


 俺の腕の中で身を捩らせる、聖女マリリ。


 俺のレベルはどんどん上がっていく。

 剣聖も聖女も、剣や杖を手放せば、所詮ただの女の子だ。


 バギィ! と教会の扉を蹴り飛ばして。

 目の前に広がるのは広い空、洋風なレンガ造りの洒落た街並み。

 そして目の前には、大量の兵士たちが、俺を見るなり飛び掛かってきた。


「囲め! 勇者を捕えろぉぉ!!」

「やつは一人だ! ここで仕留める!」

「生死は問わん!」


 むさ苦しい男共が、襲いかかってくる。

 そんな中、一際大声を出す男たちがいた。


「俺は剣聖三位、カレード! 王女さまとエリカ様をこちらに渡せ!」

「俺は剣聖七位、カザミラ! マナ騎士団を敵に回すとどうなるか、思い知らせてやる!!」


 え? 多くね剣聖。

 まるで"剣聖"のバーゲンセールだぜ。

 この世界には"剣聖"が何人いるんだ?

 

 そして逆方向から女の声が、


「私は中聖女カミラ! 大聖女さまを返せ!」

「私の名はバジル! 同じく中聖女!

 うす汚い手でマリリ様に触れるなっ! 許さぬ許さぬ!」


 シスターの格好をした女の子達の集団。

 おいおい、聖女もゴキブリみたいに増えてくる。

 大とか中とか、どういうシステムだこりゃあ。


 まぁいい。

 俺は再び、勇者の剣を手にした。

 俺のレベルはどんどんと上がっている。

 彼らから、エリカやマリリから感じた絶望感は感じなかった。

 今度は本気で振ってみる。


 ビュン……


 俺は三人を抱えながら、勇者の剣を力いっぱい振り抜いた。

 少し遅れて、

 ゴォォォォ!!


 爆風が起こる。

 

「ぎゃぁぁあぁあ!!」


 目の前にいた、剣聖たちや聖女たちが、新喜劇並みにすっ転んで後ろに吹っ飛んでいく。

 凄まじい威力だ。

 俺tueeeってレベルじゃねぇぞ!?

 このまま俺が嫌われ続ければ、レベルはさらに膨れ上がり、俺の敵は居なくなる。

 もう魔王も涙目だろう。


 さぁ、魔王城に行こう。

 とりあえず街から出るか。

 俺は、誰も居なくなった教会前の広場から、

 ヒロイン三人を抱えつつ、太陽へ向かって走り出した。

 




「うそ、何この強さ……」


 剣聖一位のエリカが、驚愕の声を漏らす。


「それより、何か濡れてませんか? 太ももが湿って、気持ち悪いです……」


 大聖女のマリリが、嫌悪の声を漏らした。


「それはジェシカのおしっこだ、その年でお漏らしとか、赤ちゃんかよ……」


 俺はそう言いつつ、ため息を漏らした。

 王女ジェシカは恐怖のあまり、目からだけでなく下からも大量の涙、つまりお漏らしをしてくれたからな。

 おかげで俺のズボンはびしょ濡れだ。

 

「なっ、ふっ、ふざけるなっ!

 王女の私に、このような恥ずかしい仕打ちをしておいてっ! ただで済むと思うなよっ! 

 くたばれ勇者っ! うち首よっ!」


 王女ジェシカは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして叫んだ。


「そんなっ! なんて酷いっ!

 やはり、そんなご趣味があったんですねっ! クソ勇者っ!

 やはりあなたは、ド変態だったんですねっ!?」


 聖女マリリは「変態」が口癖らしい。



「酷い……私の剣が、ビショビショに……

 正々堂々戦えば、お前なんかッ……!」


 剣聖一位のエリカが、絶望の声を漏らした。

 俺の手の先で握られた"剣聖の剣"が、濡れていた。

 "何に"とは言わない。

 剣聖エリカにとっては、自身の身体が濡れるよりも大切な剣が濡れる方が、よほどショックらしい。


「さぁ、まぁ気を取り直してーー! 出発だぁぁ!」


 俺が能天気な声で、お通夜のような空気を和ませようとしたが、


「くたばれ勇者ッ!」

「この卑怯者がッ!」

「ド変態ッ///」


 だめだこのパーティ。

 団結力が皆無です。

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