王女がどうなってもいいのか!?


「助けてぇぇぇ!!

 お父さまっ! お母さまっ! 誰でも良いから私を助けてぇぇ!」


「うるさい黙れ」


 俺の胸の中で、王女ジェシカがギャン泣きしている。

 まったくこれだから子どもは、世話がやける。


「このクズ勇者っ! 王女さまを解放しろ! 貴様は完全に包囲されている!!」


 紫ドレスのモブ女が、兵士の影に隠れながら遠吠えをあげる。


 さて、どうするか……

 360度どこを見渡しても、誰か兵士と目が合う状態。

 この場の全員が、俺に注目していた。

 おいおい、みんな俺のこと好きすぎかよ。

 まぁ向けられた感情は、恋慕ではなく憎悪だが。


「さてと……それではコイツの切れ味、試してみるとするか」

 

 俺はそう言って、王女ジェシカの手から奪った”勇者の剣”に手をかけた。

 ツツツ……と静かな金属音と共に、鞘からギラついた刀身が姿を現す。


「それは……勇者の剣……!」


 兵士たちのどよめく声。


「うろたえるな! 勇者といえど召喚直後の”レベル1”。

 勇者の剣など、まともに振ることすら出来ぬわ!」


 紫ドレスのモブ女が――いい加減名前を知りたいんだが、俺をバカにするようにそう言った。

 はたしてそれはどうかな?


 俺は、勇者の剣を振りかぶり……


 ビュン!!


 と、右から左へ、空を斬り裂いた。


 刹那。


 ドゴォォォ!!!

 という轟音と、兵士の絶叫する声が響いた。


 その斬撃は、爆風を生み、

 兵士の軍団を台風のように吹き飛ばし、


「ぐぁぁぁくぁああ!!」

 

 ホウキで吐き出した塵のように、面白いぐらいに何もかもが吹っ飛んでいく。

 フハハ、人がゴミのようだ!

 俺の一振りは、目の前の大軍団を壁際まで押し退いた。


 ……まだ準備運動というか、素振りのつもりだったんだが。


「っぐはぁあ……」

「いぎ……痛いっ………」

「なにが、起こった?」

「なんだよ強すぎるだろっ……!」


 壁際では兵士が山積みに重なり、痛がってうめき声を上げていた。

 俺の前から、誰も居なくなった。

 と、思ったのだが、


 二人だけ、吹き飛ばされずに耐えていた者がいた。


 一人は赤髪の剣士の女だ。

 可愛らしい顔つきだが目つきは鋭い、まるで変態を蔑む目で俺を睨んでくる。


 もう一人は、聖女のコスプレをしている女だ。

 紺と白に包まれた宗教的な衣装を纏い、フードの隙間から僅かに、淡いエメラルドグリーンの髪の毛が覗いている。



 

「素振りだけでこの威力……面白い! これが勇者か!」


 剣士の女は、険しい表情から一転、ニッと口角を上げながらそう言った。

 赤い長髪がヒラヒラとなびき、隙の無い構えで、じっと俺を見据えてくる。


「【大地の回復術グランド・ヒーリング】……」


 聖女のコスプレ女は、透き通るような声で何か詠唱した。

 コスプレ女を中心に、床が淡い緑色に光輝いていく。

 これは回復魔法というヤツか。

 緑の光は教会全体を包み込んでいき。


「痛みが、引いていく……」

「大聖女さまの回復魔法だ……」

「大聖女マリリ様……」

「相変わらずお美しい……」


 兵士達の傷が癒やされていく。

 教会全体に渡る広範囲の回復魔法か。


「大聖女のマリリさまと、剣聖一位のエリカさまだ!」

「ふはは マナ王国最強の二人だ! 勇者の野郎終わったな!」

「エリカさま、その不届き者をブッた斬ってください!」

「ばーか、マリリ様が火炎魔法で焼き尽くすんだよ!」


 最強の二人の登場に、わいわいと騒ぎ立てるモブ兵士ども。

 うるさい鼓膜が裂ける。

 

「ふん、周りがうるさいわねっ!

 まあそういう事よクソ勇者!

 この私! 剣聖一位のエリカに殺されたくなければ、おとなしく降参しなさい!

 今なら半殺しで許してやるわ!」

 

 兵士達にもてはやされて、満更でもなく頬を緩ませながら、剣聖エリカが俺に剣先を向けてきた。


「エリカさん、だめですよ半殺しなんて怖いこと言ったら。

 降参する気が失せるでしょう……

 勇者さん? 今なら許してあげますよ?

 幸い私の回復魔法のお陰で死傷者はいませんから……

 今なら”気の迷い”という事で、全てをゆるして差し上げます」


 優しい声色と優しい佇まいで、善人面の聖女マリリがそう言った。

 しかし彼女の右手には、豪華な鉄製の魔法の杖。

 殺気の籠もったその杖は、俺に向かってまっすぐと伸びていた。


「剣聖っ! 聖女っ! 早く私を助けなさいっ!!!」


 王女ジェシカが俺に抱えられながら、泣いて助けを求めていた。


「そうだな……降参した方が良いかも知れない……」


 俺はそう言った。


「エリカちゃんもマリリちゃんも強そうだ。今の俺じゃあ正面から戦っても敵わない……」


 目の前の二人は強い。

 強さの底が見えないのだ。

 俺も短時間でレベルが上がり、弱い奴と強い奴の見分けがつくようになってきた。


 目の前の二人は別格だ。

 今俺を嫌っている人間は、所詮この教会内の300人程度。

 この数ではとてもじゃないが、目の前の最強には敵わない。


「ふん、よく分かってるじゃない! まぁ不本意だけど許してやるわ!

 さぁクソ勇者、王女さまを解放しなさい!」


 剣聖エリカが意気揚々と叫んだ。


「……まともに戦えばな」


 意味深に呟く俺。


 そして俺は、勇者の剣を、

 王女ジェシカの首筋へとあてがった。


「っ!!」


 剣聖エリカと聖女マリリが、息を飲みこむ音がした。


「動くな」


 俺の短い一言で、俺に飛びかかろうとしたエリカとマリリが、ピタリと足を止めた。


「全員動くな。黙って俺の言う事を聞け。

 変な真似をすれば、この"王女"の首が飛ぶぜ?」


 俺はそう言い放ち。

 王女ジェシカの首にかかった”勇者の剣”を見せつけた。


「いやぁぁああ!! 死にたくないですぅぅ!! 殺さないでぇえぇ!!」


「黙れジェシカ、お行儀よくしてないと命はないぞ!?」


「うぐっ、んん……」


 泣きわめく王女ジェシカを、恐喝して黙らせてから、俺はエリカとマリリに目を向けた。


「く、クソ勇者がっ……卑怯者めぇっ……!」


 剣聖エリカが、剣を構えて固まったまま、悔しそうに俺を睨みつける。


「いったい、何がお望みなんですか?

 可愛い女の子がご所望ならば、この私、聖女マリリが王女さまの代わりに、なんでもいう事を聞きますよ?

 私も十分可愛いですし、モテますし、おっぱいも大きいです。

 だからどうか、王女さまだけには、変な事はしないでください……」


 変な勘違いを起こした聖女マリリが、涙ながらに俺に訴える。

 確かにマリリも、ぶ厚い装束の上からでも分かるほど胸が膨らんでいて、顔立ちも綺麗に整っている。


 だが、俺の目的は女じゃない。

 魔王最速討伐RTAなんだ。


 そんな時にふと、エリカとマリリが手にしているモノが目に入った。

 剣聖の”剣”と、聖女の”杖”

 強い二人が持っている武器なのだから、きっと最強な武器に違いない。

 ということで……


「ではひとつ命令だ。

 聞け、エリカとマリリ。

 二人とも、それぞれ手に持っている”剣”と”魔法の杖”を、俺に寄こして貰おうか!」


 俺の命令に、エリカとマリリの顔が真っ青になった。


「なっ、ふ、ふざ……けるな……命より大事な剣聖の剣を手放せと……

 死んだお爺ちゃんから授かった、私の相棒をお前なんかにッ……」


 震え声、涙目で、剣聖エリカが弱々しく俺を睨んできた。


「勇者さまっ、なんて非道い……

 神から賜りし聖女の杖、聖女の魂である杖を手放せだなんて、

 そんな屈辱的で下品な行為を、この私に強要するのですか……?

 それは聖女にとって、服を脱がされるよりも恥ずかしい行為……神に背く行為だというのにっ!

 なんて破廉恥なッ! エッチ、スケベっ! このっ、ド変態ッ……!」


 羞恥で顔を真っ赤にして、聖女マリリが激昂する。


「知るか、俺が欲しいんだ。

 さあ早く、俺に向かって投げ捨てろ。

 10秒以内にな。9、8、7、6……」


「く、くっ…………」


 容赦ない俺のカウントダウンに、

 剣聖エリカと聖女マリリは、ただ唇を噛み締めて、くやし涙を流すしかなかった。

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