ごめんなさい


「王女さま、今のうちに逃げましょうっ!」


 聖女マリリがジェシカの手を引く。


「で……でも、剣聖がっ……」


 王女ジェシカは恐怖に震えながら、でも逃げるのを躊躇ためらった。

 ジェシカの視界に入るのは、化け物に掴まれた血まみれのエリカだった。


「王女さま、エリカが時間を稼いでる間に、早くっ」


 強く腕が引っ張られるジェシカ。

 でも……


―王女ジェシカ視点ー


 エリカを見捨てるの??

 血まみれで、慢心創痍で、

 私たちを逃そうと、囮になってくれたエリカを見捨てるの??


 私はさっき、エリカを無能と罵った。

 私はさっき、騎士や聖女が王女を守るのは、当然だと言いはった。


 でも今、目の前で、

 私の為に命をかけている、剣聖エリカの姿を見て、

 私は、後悔した。

 自分を殴りたくなった。

 私は、エリカに、マリリに……

 なんという酷い事を言ってしまったの!?

 


「王女さまっ……! 逃げましょうっ!」


 マリリが私を両手で抱えて、化け物から逃げるように走り出した。

 なんで……? なんで……?

 なんで二人は、私を助けてくれるの?

 私は二人に、あんな酷いことを言ったのに……?

 なんで私なんかっ……!!

 


「グヘヘ、逃さねぇよっ!!」


 化け物がこちらへ顔を向けて、ギロリと睨んできた。

 ポロポロと涙が溢れる……


 化け物は、私とマリリの方へ、駆け出そうとして、

 ズルリ、と転んだ。

 化け物の足元を見れば、その足首は、小さな手で掴まれていた。


「……まてっ……」


 虚ろな目で、剣聖エリカが、化け物の足を掴んでいた。

 エリカは、私のために、化け物を足止めしてくれて……

 なんで、私なんかの為に……

 私が王女だから?

 王女だから、守られるの?

 なんで王女は、守られてばかりなの?

 私は弱い。

 私にはエリカやマリリのような強さなんて何もないのに……

 私は二人を、無能だなんて罵ったけれど……

 無能は……私じゃないか!!

 私が無能なんだっ!

 私にあるのは、生まれながらに手の中にあった、王女という肩書きだけ……!

 "王女"って、いったい何なんだよっ!?

 私はいったい何様なんだっ!?


 涙で視界が大きく歪む。

 それは化け物への恐怖ではなく、心の痛みだった。

 エリカ……エリカ……

 私と同い年ぐらいの、可愛い女の子。

 強くて、優しくて、私なんて足元にも及ばなくて……

 そんなエリカに……


「酷いこと言ってごめんなさいっ……エリカあぁぁっ!!」


 マリリに抱かれて泣きじゃくりながら、私は叫んだ。


「ギャハハ!! 手間取らせやがってっ!!」


 化け物はエリカの手を振り払い、今度こそ私達へと迫ってくる。

 血まみれのエリカを置き去りにして、私達のほうへ……


「はぁっ、はぁっ!!」


 私を抱きかかえながら、汗まみれのマリリが息を切らしていた。

 マリリは私を抱きながらだから、上手く走れないのだ。


 ま、まったくっ!

 何やってるんだ私はっ!

 私には足が付いてるっ!

 一人で走れるだろうがっ!

 

「マリリ、おろしてくださいっ! 私も走りますっ!」


「王女さま!?」


 マリリの腕から地面に降りて、マリリと手を繋いで走った。

 涙が止まらない。

 全身全霊の力で走った。


 ドタドタドタドタ……

 丸い化け物の足音が迫ってくる。


「王女さまっ、追いつかれますっ!

 私が足止めするので王女さまは逃げて……」


「やだ……やだっ……離れたくないっ!!」


 マリリの手を、ギュッと握りしめる。

 マリリの手は、ちょっと大きくて、暖かくて……

 優しい手だった。


「グヘヘ……追いついたぜぇ……

 おとなしくしてりゃあ痛いことはしねぇよぉ……杖のない聖女なんで無害だからなぁ」


 太くてがさついた腕で、私とマリリは、化け物に捕まえられてしまった。

 今日は最悪な日だ。

 勇者に捕まえられたり、化け物に捕まえられたり……

 でも……


「ごめんなさい、王女さま……もう、だめみたいですっ……」


 マリリの手は、やっぱり暖かくて、


「いえ……良いんですっ……マリリは良くやってくれましたっ……!!」


 私はもうここで、三人一緒に死んでも良いと思った。

 生まれて初めて、親友が出来た気がした。


 二人にさんざん酷いことを言ったくせに、今さら勝手に親友だなんて……ずうずうしいにも程があるけど……


 ……最後の最後、地獄の入り口で、私は二人に出会えて良かった。

 少なくとも私の凍っていた心は、エリカとマリリの優しさによって、あたたかく溶かされてしまったのだから。


「ごめんなさい……酷いこと言って、ごめんなさい……」


 涙でぐちゃぐちゃの顔で、ひたすら二人に謝りながら……

 透き通る美しい星空の下。

 私とマリリとエリカの三人は、魔王軍四天王ヴェロキアによって、森の奥へと連れ去られたのだった。

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