一日目(夜)

脱走作戦


「まったくっ! 揃いも揃って、なんて体たらくですの!?」


「しっ、王女さま、声が大きいです」


 勇者が眠りについた後。

 王女ジェシカは、剣聖エリカと聖女マリリに対し、不満を爆発させていた。


「剣聖一位も、大聖女も、あなたたち本当に無能ですね。

 ……王女の私が、どうしてこんな目に……

 早く、お父さまとお母さまの元に、帰りたいです……」


「王女さま、申し訳ありません」


 王女ジェシカの愚痴に、聖女マリリが深々と頭を下げた。


「……聞き捨てなりません。王女さま、今の言葉を訂正してください」


 そんな時、剣聖エリカが、ボソッと呟いた。


「は?」

「ちょっと? エリカさん何言って……?」


 眉をひそめる王女ジェシカ、慌てる聖女マリリ。


「……私は、斬ろうと思えば勇者を斬れました。

 ……でも私は、王女さま……あなたを助けるために、剣と誇りを捨てたんです。

 勇者の言いなりになったんです……

 そんな私とマリリに対して、かける言葉が無能ですか?」


 暗い室内でも、剣聖エリカの鋭い視線は、王女ジェシカをまっすぐに射ぬいた。


「は? なんですの?

 たかが騎士の分際で、王女の私に口出しするんですか?

 騎士や聖女が王女を守るのは、当然の義務でしょう。

 あなた達は私を守れなかった。だから無能。

 私は間違った事を言っていますか?」


「いえ、王女さまのおっしゃる通りです。

 危険な事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。

 ほら、エリカも、謝ってください……」


 聖女マリリが冷静に頭を下げて、剣聖エリカに謝罪を促す。

 しかし……


「……調子に……乗るなよっ……」

「は?」


 エリカは激怒した。


「よく分かりました。

 王女や王様が無能だから……人間は魔王軍に勝てないんですね。

 やっぱり偉い奴らなんて所詮しょせん、自分の事しか考えられない無能ですね……」


「ちょっとエリカさん!? なんて事をっ!」


 毒を吐く剣聖エリカ、責める口調の聖女マリリ。


うちくび・・・・よ……」


 王女ジェシカが暗い声で呟く。


「剣聖エリカはうちくび・・・・よっ!

 お父様の事を悪く言いやがって、絶対に許さないっ!

 私に逆らったらどうなるか、思い知らせてやるわ!」


「王女さま静かにっ、勇者が起きてしまいます!」


「私に命令するなっ! あなたもうちくび・・・・よ大聖女!」



「うむぅぅん……」


 その時、クソ勇者レジェがベットの上で、うめきながら寝返りをうった。

 その瞬間、言い争いは一瞬で沈黙した。

 勇者レジェに怯えているのは、三人皆同じなのだ。


「ねぇマリリ、何かここから逃げる方法はない?

 勇者が寝ている今がチャンスだと思うんだけど……」


 剣聖エリカが静かに口を開く。


「安心してください、もうすぐ焼き切れますから。

 あの勇者は知らないみたいですが、私クラスの聖女になれば、杖がなくても素手で微かに魔法が使えるんです。

 無駄に疲労する上に、か弱い威力なので、こんな時しか役に立ちませんが……

 今、微弱な火魔法の熱で、手の縄を焼いています……」


 聖女マリリが答える。


「では私は、助かるのですか?」


 希望の眼で尋ねる王女ジェシカ。


「えぇ、"私たち"は助かります。

 もうすぐ手の縄が焼き切れますから…

 その後また時間をかけて、足縄を焼き切って……

 台所の包丁で、お二人の縄を解きます」


「包丁? 剣は使わないの?

 包丁なんかより私の剣の方が、遥かに切れ味は良いわよ」


 剣聖エリカが聖女マリリに尋ねる。


「私たちの武器は、勇者が腕のなかに大事に抱きかかえているんですよ?

 無理して取れば、勇者を起こしてしまいます」


「そうだったわね。あのクソ勇者っ!」


「今は、王女さまを王都へ連れ帰ることが最優先です」


「そう……ね。間違いないわ」


 その言葉を最後に、また沈黙が訪れた。

 しばらくして聖女マリリは、手縄を焼き切り、足縄を焼き切り、

 台所の包丁を持ってくると、他の二人の縄を斬った。

 自由になった3人は、静かに小屋の外へと出た。




★★★




「見渡すかぎりの森ね……何か明かりが欲しいわ」


「……真っ暗ですね。

 私の素手の火魔法では、明かりにするには心許こころもとないですから……

 ランプがあれば良いのですが……」


 エリカとマリリがランプを探して、小屋の周りを歩き回る。

 そんな中で……


「な、なによ……これ……」


 王女ジェシカはひとり、空を見上げて、目をキラキラと輝かせていた。

 

「綺麗……凄い……」


 ジェシカの視界いっぱいに広がる、満天の星空。

 雲ひとつない夜空があった。

 まるで空全体に宝石をばら撒いたような、輝く無数の星々の海……


「王都は夜でも明るいですから、あまり星は綺麗に見えませんが……

 山奥の夜は明かりがないので、夜空が澄んで見えるんですよ……」


 聖女マリリに声をかけられ、はっと我に帰る王女ジェシカ。


「へぇ……そうなんですね。もちろん知ってましたけど」


 ジェシカは顔を赤くして見栄みえを張った。


「マリリ、見つけたわ! 使えそうなランプがあったの!」


 喜びを隠せない様子で、剣聖エリカが駆け寄ってきた。

 古びたランプを片手に、ジェシカとマリリに合流した。


「綺麗な星空ですね、ジェシカ様。

 この星空のように、あなたの心も綺麗になるといいですね、ジェシカ様」


「は? 私をバカにしてるんですか剣聖エリカ?」


 エリカとジェシカが睨み合い、一触即発の空気……


「ちょっと、煽り合っている場合ではありません!

 私たちは一刻も早く、あの変態勇者の魔の手からのがれなければなりません!」


 そして聖女マリリは、素手で作り出した微かな火魔法で、ランプに火を灯した。


「王都へ戻る道のりは覚えています。急ぎましょう」


 そうして聖女マリリを先頭にして、

 エリカとジェシカも走り出した。


 勇者レジェからの逃れるために。

 三人娘は森の中へと、眠気も忘れて走っていった。




 ピシッ!


 森に入る手前、王女ジェシカは硬いものを踏んづけた。

 硬くて平たい板。

 おそらく木の板なのだが、

 気になったジェシカは、足を止めて足元を見た。


「王女さま、止まっている場合ではありません!」


「そうね、でもっ、何ですかこの奇妙な絵は?

 まるでソフトクリームのような」


 ジェシカが踏んづけた板は、不思議な形の看板であった。

 ソフトクリームの上部分の造形だが、色は白色ではなく茶色、中央にはキャラクターらしき目と口が描かれていた。


「これは……チョコレートソフトクリームでしょうか?」


 王女ジェシカは疑問に思いつつも、再び走り出して、二人に続いて森の中へと飛び込んだ。


「あれは……ウ○コ仮面よ……」


 剣聖エリカがひとごとのように呟いた。


「ウン……!? 何ですかその下品な仮面は!?」


 聖女マリリが振り向きながらに反応する。


「私が故郷にいた頃、男の子のなかで流行ってた物語よ。

 私の故郷にはね、”ウ○コ仮面”っていう物語があったの。

 ウ○コ仮面は、身体があまりに臭すぎて、魔王を遠くへと追い払ったけれど、

 身体があまりに臭すぎて、誰からも愛されなかった。

 そんな話……」


 剣聖エリカがつまらなそうに話した。


「……悲しい話ですね」


「どこが? くだらない話よ」


「わわっ、私は、なんて汚いモノを踏んでしまったのでしょうか!?」


 泣きそうな目で足元を見る王女ジェシカ。


 そこへ……


 ドゴォォォォォン!!


 凄まじい地響きが襲いかかった。

 地面がグラグラ揺れに揺れる。

 尻もちをつく王女ジェシカ。

 戦闘態勢に入るエリカとマリリ。

 ランプの炎が大きく揺れる、暗い夜道の山の中。


 目の前には、化け物がいた。


「”勇者”が”王女”を誘拐したってんで来てみれば、”大聖女”と”剣聖一位”までお揃いじゃねぇかぁ!!」


 邪悪な声、極悪な気配。

 剣聖エリカは震えながら、錆びついた包丁を胸の前に構えた。


「しかもお前ら、剣も杖も持ってねぇじゃねぇか!!

 そんな錆びたナイフで、どうやって俺に挑もうってんだ!?

 ガハハハ! ツイてるなぁ俺はぁ!

 王女、剣聖一位、大聖女、三人まとめて魔王様に差し出せば、俺も出世間違いなしだぜェ!!

 いいか覚えとけ、俺は魔王軍四天王が一人!

 壊滅のヴェロキアだぁぁ!!」


 魔王軍四天王が一人。

 そう名乗った化け物"ヴェロキア"は、樽のように丸い身体を揺らし、大きな口から牙を覗かせて、

 三人へと距離を詰めた。


「私はッ!」


 剣聖エリカが声を張り上げた。


「マナ騎士団、剣聖一位! エリカだぁぁ!!」


 地面を蹴り上げ、錆びた包丁を手に、

 エリカはヴェロキアへと飛びかかる。


「逃げてっ、マリリっ!」


 エリカが叫んだ次の瞬間。

 ヴェロキアが、素早く拳を繰り出した。

 ……見えてはいた、反応もできた。

 でも、剣がなければ防げない。

 剣さえあれば。


 ドゴォォン!!


 エリカは太い腕に吹き飛ばされて、血を撒きながら、後ろの大木に叩きつけられた。


 ガシッ


 ヴェロキアは瞬きする間に間合いを詰めて、満身創痍の剣聖エリカの首根っこを掴み上げた。


 エリカは口から血を吐きながら、身体じゅうをズキズキ痛め、苦しそうにパクパクと口を開閉させた。


「にげて……マリリ……王女さま……」


「ガハハ!

 剣がない剣聖は可愛いものだなぁ!

 逃がさねぇよォ?

 三匹まとめて魔王様への献上品だぁ!」


 首を掴まれ虚ろな目で涙を流すエリカ。


 長い舌を伸ばし、頬につたったエリカの涙を、ペロリと舐め上げながら、

 四天王ヴェロキアは、いやらしく笑うのだった。

 

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