懐かしの味


 ということでー!!

 王女ジェシカ、剣聖エリカ、聖女マリリの三人と!

 なんとめでたく結婚することになりましたー

 いぇーーいっ!!


 ………


 どうなってるんだこりゃ……

 さて、気を取り直して……


 熊肉のスープを食べよう。


 ぱく、モグモグモグ……


「……どうですか?? お口に合いましたか?」


 そんな俺の顔を、聖女マリリが不安そうに覗き込んでくる。


「……いや、美味い。すごく美味い……

 生き返った……」


 俺は心底感動しながら、息をついた。

 冗談でも何でもなく、死の間際から生還することが出来た。

 つい先程までずっと、極度の空腹だったからな……

 全身に染み渡る、温かい手料理の味。


「そうですか……レジェに喜んでもらえて、私は嬉しいです……」


 聖女マリリが頬を赤く染める。


「……ほら、まだ足りないでしょう? 口、開けて?」


 剣聖エリカがスプーンに2杯目を掬い、俺の口に差し出してくれる。


「……ああ、エリカ、ありがとう……」


 そう言って俺は、二杯目に食らいついた。


 王女ジェシカに背中から抱きしめられながら、三人に囲まれながら、温かいスープを飲んで……

 俺は……


「……?? どうしたんですか??」


 身体の震えが伝わったのだろうか?

 王女ジェシカが後から覗き込むように、俺の顔を伺ってくる。


「………? 勇者? 泣いてるの??」


 エリカにも気づかれてしまった。

 そうだ、俺は、あろうことか……

 目尻から涙を流していた。


 くそっ。

 逃げられねぇな……

 身体が動かせないから、涙を隠すことができない……

 腕も上がらない。

 自分の涙を拭うことすら出来ないなんてな……


「どうしたんですかレジェ!?

 どこか痛むんですか!? 今、回復魔法をッ……!」


 聖女マリリが慌てて立ち上がり、地面に転がった聖女の杖を即座に持ち上げた。


「いや……違うんだ……

 ……痛いから、泣いているんじゃなくて……

 …………嬉しいから……泣いているんだ……」


 あぁ、こんな恥ずかしいセリフ、言いたくなかったのに……

 みっともなくて、恥ずかしい……


「……嬉しいから、ですか……?」


 王女マリリが、キョトンとした顔で俺を見た。


「……あぁ、これは嬉し涙だ……

 こんなに人から優しくされたことなんて、ずいぶん久しぶりだったから……

 嬉しすぎて……涙が、止まらなくなって……」


 ぽろり、ぽろりと涙が落ちる。


 正面を見れば、剣聖エリカも、ぽかんとした顔で涙を流していた。

 は??

 なんで、お前が泣いてるんだよ、エリカ……?


「勇者っ! レジェっ!!」


 次の瞬間、エリカが目にも止まらぬ速さで、俺に飛びついてきた。


「……た、だいじょうぶよ、レジェっ!

 あなたには私がついているわ!

 ……これからは絶対……さみしい思いをさせないからっ!!」


 エリカが号泣しながら、涙でぐちゃぐちゃの顔を俺の胸元に押し付けてくる。


「……私、ずっとおそばに居ますから。

 けっして不自由な想いはさせません。

 あなたは私を、鳥かごの中から連れ出してくれました……

 私は、心よりあなたに感謝し、愛しています……」


 聖女マリリが上から包み込むように、その豊満なおっぱいで、俺の顔面を包みこんでくる。


「……勇者はもう、一人じゃありません。

 私たちがいますから……」


 背中を優しくさすりながらの王女ジェシカの言葉に、俺は不覚にも感動して、安心して……


「……あ、ありがとうっ……」


 みっともない声を漏らして、

 三人に包まれながら、ぐちゃぐちゃに泣いた。




★★★




「……あら、もうこんな時間ですか……

 これでは、今からヒョウロー村に引き返しても、日没には間に合いませんね……」


 聖女マリリが、ふと空を見上げた。

 空を見上げると、太陽は西の空で輝いていた。

 午後3時くらいだろうか? 適当だが……


「……そういうことなら、私に一つ心当たりがあるわ」


 剣聖エリカが口を開く。


「たしか……

 昔使われていた前線基地が、この近くにあったはずよ……

 そこなら一晩かせるかもしれない……

 正確な位置まではよく覚えてないけれど……」


 エリカは自信なさげに小声になっていった。


「……私も聞いたことがあります。

 ひと昔前はこの辺りにも、ちらほら小さな村があったと……

 ですがこの深い森の中、正確な場所が分からないとなると、困りましたね……」


 聖女マリリが顎に手をやり、難しそうな顔をする。


 そんな時。


「……あ!!」


 俺は思いついた。

 正確には、思い出した。


「俺のカバンのなかに、ヒョウロー村の管理塔からうばってきた”地図”があるはずだ。

 そこに何か書いてないか??」


 俺が魔王城に行くために持ってきた”地図”。

 まぁ、魔王城までは川沿いに登っていくだけの分かりやすい道のりだったので、あまり役に立たなかったのだが……


 剣聖エリカが俺の背負っていたカバンに手を突っ込んで、中で潰れてぐちゃぐちゃになった地図を取り出した。


「……どんなしまい方してるのよ……くしゃくしゃじゃない……

 ……えぇと、どれどれ??

 うーん……??」


 エリカがしわだらけの地図を開いて、難しい顔でにらめっこを始めた。

 首をかしげて悪戦苦闘。

 地図を持ち替えて上下をひっくり返したり、地図を近づけてみたり遠ざけてみたり。


「……エリカ、私に貸してください」


 みかねたマリリが、エリカから地図を受け取ると、


「……なるほど、だいたいの位置は把握しました。

 ……近いですね。今晩はここに泊まりましょうか?」


 即座に地図を読み取った。


「……すごい、マリリ……」


 感心するジェシカとエリカ。


 そして俺は、ジェシカ、エリカ、マリリの背中にかわるがわる乗せられながら、川沿いかられて山を登った。


 


★★★




 到着した。

 10年前までは使われていたという、対魔王軍の旧最前線基地らしい。


 コンクリ―ト造りの無機質な建物。

 ヒョウロー村の管理棟と違って横に長く、

 壁面はカビやツタに覆われていて、

 ガラス製?の透明な窓がところどころ割れていた。

 いわゆる廃墟というやつだ。


 

「……想像していたよりも綺麗なまま残ってますね……」


 聖女マリリが、雑草をき分けながら敷地内に踏み入れる。


「……じょ、冗談でしょう?? 本当にここで寝るの??」


 王女ジェシカは俺を背負いながら、震え声でそう言った。

 まぁ、ジェシカは王女だからな……

 汚い場所には不慣れなのだろう。


 そしてマリリが足を止め、振り返り、優しい笑みをこちらに向けた。


「……心配ありませんよ。私の浄化魔法で部屋を綺麗にしますから……

 ………エリカ??」


 マリリが突然真顔になって、エリカのほうを見た。


「どうしたんですかエリカ、なぜ泣いて……」


「ううん……気にしないで……思い出にふけってただけだから……」


 エリカは首を振って、頬を伝う涙をぬぐい取った。


「……私ね。

 一晩だけここに泊まったことがあるの……

 ……エルフのみんなと……おじいちゃんと一緒に……

 この施設でっ……最後の夜を過ごしたからっ……!!」


 エリカは両手で表情を隠しながら、膝を崩して、その場に泣き崩れた。


「エリカっ……」


 マリリがあわててエリカに駆けよる。


「……大丈夫……だからっ……!

 みんなは先に入ってて……

 ……私は、ひとりで……ちょっと泣きたいっ……」


 エリカはそう言ってしゃがみこんで、両膝で表情を隠した。


「……では、先に中央入口から中に入ってますね……」


 マリリはそう言って、立ち上がり。

 俺とジェシカとマリリの三人は、外にエリカを一人残して、建物のなかへと入った。

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