第29話 ドワーフの王と巨大な大砲
緊張が走る中。
「待てい!」
底に入って来る者がいた。
ドワーフの中では大柄だろう。その体には全く余分な脂肪がついていなさそうで、長い赤ひげは立派なものだ。その立ち振る舞いから高貴な人物であることを感じさせる。そして、とても強そうだ。
彼は堂々とした足取りで俺に近づいてくる。彼が歩くと周りのドワーフたちが道を空けた。いったい彼は何者だろう。彼の背後にはこれまた強そうな鎧姿のドワーフたちが続く。考えている間に彼は俺たちのすぐ近くまでやってきていた。
「お前がナオトという商人だな!」
その豪快で大きな声に体がびっくりしてしまう。
「はい! そうです!」
びっくりしたまま答えると彼は「うむ」と頷いてから名乗った。
「余はドラーベ王国の王! アルドである! リリウムの使いから話は聞いているぞ!」
どうやら俺のことを知っているようだ。たぶん、ノワから彼に俺たちのことが伝わっているのだろう。彼は上機嫌な様子で話を続ける。
「どこで大砲のことを知ったかは気になるが……まあ良い! お前たちを歓迎しよう」
そう言って彼は「がはは」と笑った。彼が気にしないでくれるなら、俺から何か言うのはやめておこう。彼の登場でこの場も収まりそうだしな。
アルド王は周囲のドワーフの職人たちを見回して言う。
「お前たち、彼らは客人だ。手厚くもてなすように!」
「「「は、はい!」」」
職人たちは驚いているようではあるが、王の命令には素直に従うようだ。
「ところでナオトとやら」
アルド王が再び俺を見て言う。
「お前はあの大砲について、どこまでのことを知っておる」
む、どう答えたものか。逡巡して答える。
「あれは遠くのものを攻撃するための兵器……という認識で合っていますよね?」
俺の答えに対し周囲からどよめきが起こる。この世界での大砲は細心の兵器なのだろう。機密情報を何故か知っているように思われているのだろうか。だったら一般人が入れる所で作るなよと言いたくなるが、ぐっと押さえる。
アルド王は楽しそうにうんうんと頷いてから訊いてくる。
「そこまで分かっているとは流石だ。して、あれは何を攻撃するための兵器か。分かっているのか?」
「それは……」
エルパルスの図書館で調べた情報などから、予想できるものはある。しかし、それを応えてよいものか。とぼけるべきじゃないかとも考えられるが。
アルド王が俺の顔をじっと見て言う。
「その表情を見るに、心当たりがある様子だな。答えてみろ。別にそのことでお前の不利になるようなことはせん」
う、彼には見透かされているか。なら……ここは正直に考えていることを言ってみるか。
「竜、を攻撃するためのものでしょうか?」
再び周囲のドワーフたちがどよめいた。その反応からするに、俺の予想は当たっていたようだな。
俺の言葉にアルド王は満足した様子で、にやりと笑いながら言う。
「そこまで分かっているなら話は速い。ナオト、少し付き合え。余は大砲の視察にやって来たのだ」
ついてこいと言わんばかりの態度で彼は歩き始めた。俺は側にいたマリーと顔を見合わせ、とりあえず彼についていくことにした。今はそれが一番賢い選択肢だろう。
アルド王に遅れないよう後ろに続く。クローバーも今は大人しくしている。この子は場の空気というものを感じ取れるようで、そのことに気付くたびに感心させられる。
俺も大人しくしよう。今はなんか助かった感じの空気だけど、王の機嫌を損ねるようなことがあれば、きっとただでは済まない。最悪の場合は転異魔法で逃げられるが、そんな状況にはならないのが一番だ。
歩いているうちに大砲の巨大なパーツのすぐ近くまでやってきていた。この距離で眺めると巨大な船のパーツのようにも見えて来る。
アルド王が一人の職人ドワーフに尋ねる。
「おい、これは後どの程度の時間があれば完成する」
「へい、あとはパーツを運んでから魔法を使って組み立てるだけですから明日の夕方には完成しまさあ」
「なんとか間に合うか……というところか。よくやった」
「しかし肝心の砲弾が」
「それも間に合った。そこのナオトが間に合わせてくれた」
砲弾……いや想像はしてたが、まさかとは思うが……まさかっぽいなこれは。
「ナオト……砲弾とはどういうことですの?」
声を潜めて尋ねてくるマリーに俺は「ああ」と答える。
なんとなく、これまでの情報から予想はしていた。
目の前にある建造中の巨大な大砲。その砲弾としてうってつけの物を俺は持っている。
アルド王がこちらに振り向き、言う。
「ナオト、持ってきたのだろう? シールディアから、あれを」
シールディア。やはりそうか……俺は頷き、答える。
「ええ、シールディアからオベリスクを持ってきています」
「ナオト、どういうことですの? わたくし、ちょっと分かりませんわ」
いまいちピンと来てない様子のマリーに俺は説明する。
「つまり、マリー。俺が運んできた巨大な柱はこの建造中の兵器に必要な物だったんだよ。オベリスクはこの巨大な大砲のための砲弾だったんだ」
「すみません。わたくし、大砲というものが分かりません」
申し訳なさそうな顔をするマリーに対し「ならば教えよう!」と豪快に言ったのはアルド王だ。
「大砲とはかつてドラーベの先祖が竜を撃ち抜くために作った古代兵器! 長い時の中で失われた技術を、我々ドラーベの民は蘇らせたのだ!」
「その兵器のためにオベリスクが必要だったということは分かったのですが、砲弾というのは……弓に対する矢のような存在でしょうか」
流石マリーだ。さっきまで大砲という兵器の概念が頭には無かっただろうに、もう正解に近いイメージを持てている。オベリスクは砲弾というか矢のような形をしていたから、それでイメージしやすいというのもあったかもしれない。
「ああ、マリー。だいたいはその認識で合ってる。あれは遠距離の対象を攻撃するものだ」
俺の言葉を聞いてマリーはパンと両手を合わせた。その表情から、彼女が子どものように興奮しているのが分かる。
「まあ! それは! 凄いものを作りましたのね!」
「我々は忘れられていた技術を蘇らせただけだ!」
アルド王は興奮するマリーを見ながら「がっはっは!」と笑った。
そこで俺は一つ気になった。
これほど巨大な大砲を蘇らせる技術があるのなら、砲弾も用意できたのではないだろうか。それとも……シールディアのオベリスクでなければいけない特別な理由が何かあったのだろうか。
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