第14話 ホオジロウとの取引

 マリーに相談した翌日。今日は雨が降り続いている。外に出ようって気にはならない。


 朝食の後で俺はクローバーと共にホオジロウの部屋を尋ねた。


「今日は雨が降っているね。あまり外に出ようって気にはならないかな?」

「そういう君は?」


 俺の返事に対し彼は肩をすくめる。


「水は好きだけどね。最近買ったばかりの服は濡らしたくないかな」


 彼は身に着けたシャツをぽんぽんと叩いた。高そうな質感をしている。


「さて、僕の部屋に来たということは杖を買うことに決めたのかな?」

「ああ、そのことなんだけど」


 俺は前もって鞄に入れておいた魔石を鞄から取り出した。以前、河見山の野盗たちから奪ったというか……彼らの体をえぐって手に入れたものだ。まあ彼らをえぐったのは俺ではなくてマリーなんだけどな。いや、無理だもん。体をえぐって中の物を取り出すのは無理だよ。


「ふむ。魔石だね」


 ホオジロウは俺が出した魔石に興味を持ったようだ。俺はそれについて説明する。


「以前、野盗に襲われてね。彼らから奪ったものだ」

「なるほど」

「魔石は十個ある。これで君の杖と交換できないかな?」

「つまり君は魔石を売って、僕は杖を売るわけだ。いいよ。魔石は杖を作るために必要な道具だもの。僕には需要がある」


 よし!


「取引に応じてくれるんだな?」

「ああ、魔石を渡してほしい。鑑定するよ」

「君を信頼する」

「そうだね。信頼してもらうしかない」


 魔石は彼の言い値になる。それは正しい価格になるかもしれないし、不当に安くなるのかもしれない。だが俺は魔石の正しい価格を判断できない。そういうこともあって、この街の外で上手く売ることができなかった。


 一応マリーに魔石のおおよその相場は聞いている。とはいえだ。それで手持ちの魔石の価格を決めるのは難しい。魔石がどれくらいの価格をするか予想はできても、はっきりとした価格が分かるわけではない。マリーの予想も素人判断だ。


 マリーは伝手を使って鑑定人を呼ぶこともできると言っていたが、二万円……というか二万ガルドの買い物のために専門職の人間を呼ぶのは、流石に頭が悪いな。それはマリーだけでなく鑑定人に借りを作ることになるし、鑑定料が二万ガルド以上したら本末転倒だ。


 街の商人に魔石を見せて値段を確かめるというのもな。本当は売らないという前提で、値段を確かめるためだけに商人を利用するのは、モラル的に良くない気がする。ならばここでホオジロウに鑑定してもらうのが一番良い判断だろう。


 長々と考えている内にホオジロウの鑑定は終わったようだ。彼は「そうだね」と言って続ける。


「火属性の魔石が九個に、土属性の魔石が一個、野盗から奪ったということは人間の魔石が九個に、ドワーフの魔石が一個というところか。それで気になる価格だけど、火の魔石が一つ三千ガルド、土の魔石が一つ四千ガルド。合計で三万千ガルド」

「なるほど」


 マリーが言っていた相場よりもちょっと高いな。一人の値段が数千円と考えると安くも感じるけど……あんまり魔石の値段が高いと、それを狙っての人狩りとか起きそうだ……いや、あるんだろうな。魔石を狙った人狩り。金になるんだもん。


「それで、どうする? ここで魔石を売るかい?」


 ホオジロウに尋ねられて逡巡した。考えを決めて応える。


「魔石を売るよ。それと雪の杖を買う」

「あれの名前はスノウの杖なんだけどな。雪の杖でも良いけど」


 俺たちの取引は成立した。魔石を売り、杖を買う。差額は俺の懐に入った。


 念願の雪の杖を手に入れたぞ。これでかき氷が食べられるようになったぞ。まだシロップは買ってないけど。


 杖を手に取り、わくわくする気持ちで呪文を唱えてみた。


「スノウ」


 俺の言葉に反応するように、杖から雪が出る。それは宙を舞って床に落ちた。雪の質感はさらさらとしていて、冷たい粉に指で触れてみると、簡単に溶けた。


「ウォー」


 それまで俺の横で暇そうにしていたクローバーが、雪を見て尻尾を振っていた。雪が好きなんだな。俺も好きだ。


「……僕の杖は気に入ってもらえたかな」

「ああ、気に入った」


 返事を聞いてホオジロウは満足そうに頷いた。


「大切に使ってもらえると嬉しい」

「大切に使うよ。とりあえず、マリーにこれを見せて来る」

「じゃあ、僕は新しい杖を作るとするかな。新しい魔石を手に入れたのだし、時間は有効に使わないとね」


 職人の杖作り……気にはなるが邪魔はしないほうが良いかな? それに、ちょっと予定ができた。


「ホオジロウ。ありがとう」

「こちらこそ。良い取引だった」


 俺とクローバーはホオジロウの部屋を後にした。それからマリーの部屋に行き、買ったばかりの杖を見せびらかした。彼女の視線は優しかった。


 仕方が無いさ。俺は杖を買ったことが嬉しくてテンションが上がっていたのだし、エルフ族のマリーからすれば俺はとても若い。保護者が子供に向けるような視線も、俺は受け入れよう。


 俺が落ち着きを取り戻し、クローバーからも呆れるような視線を感じ始めたころ。彼女は口を開いた。


「目的の物は手に入ったようですのね。それで、今日はどうしますか。雨が降ってはいますが……」

「買い物に行こうと思う」

「よろしくてよ。雨具はありますわよね?」

「あるよ」


 タムリア村で買った物の中に雨具もある。せっかくだから使ってみよう。


「買い物といいましたが、何を買いに行くのですか?」


 それはもちろん。


「シロップを買いに行く。ホオジロウが美味いと言ってたし、あるんだろう? シロップ」

「ええ、良い店を知っています。案内しますの」

「ウォン」


 その日、俺たちは雨が降る中、街にシロップを買いに行く。ついでに器と匙など必要だと思う物を買って来た。宿に戻って湯を浴びて、それから部屋でかき氷を作ってみた。


「かき氷完成! いただこう!」

「久しぶりの氷菓ですわ!」

「ウォー!」


 俺たちは同時にかき氷を口にした。


「くううぅぅぅ!」


 口の中いっぱいに冷気と甘みが広がり、頭がきーんとする。


「美味い!」

「美味しいですの!」

「ウォー!」


 味も触感も申し分ない。これなら売り物にできるぞ。そう考えながら、俺はさらに別の商品も考えていた。

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