第13話 雪の杖

 夕食の後、俺とクローバーはホオジロウの泊っている部屋を尋ねていた。マリーは杖に対してはあまり興味がないのか、風呂に入ってくると言っていた。後で俺も入ろう。


 ランプの、ほのかな明かりが部屋を照らしている。窓の外はすっかり暗くなっていた。思っていたよりも早く振り始めた雨のせいか、部屋に湿気を感じる。普段はカラッとした暑さでそれほど不快ではないのだが、湿気があると蒸し暑くてちょっと不快だ。


 部屋にはいくつかの杖が置かれていた。それとホオジロウの巨体にも似合いそうなほど大きな鞄がある。鞄からはいくつもの杖がはみ出していた。


「売り物の杖は全部ホオジロウが作ったのかい?」


 俺の問いに対し、彼は楽しそうに応える。


「そうだよ。ここにある杖は全部僕が作ったものなんだ」


 彼は得意気にリュックを叩く。


「あまり強力な魔法を披露するわけにはいかないけど、そうだな。こういう杖はどうかな」


 そう言って彼は一本の杖を手に取った。それは無色の魔石がとりつけられた三十センチほどの杖だ。


「ライト」


 彼が唱えるのに合わせて杖から光の球が出てきた。それは眩しく、ふよふよと宙に浮かんでいる。


「へえー明かりを灯す魔法か」

「ウォーン」


 クローバーは出現した明かりを目で追っている。クローバーにとっては眩しくは無いのだろうか。


「これは僕の売っている中では一番安い杖かな。一万ガルド払って明かりを必要とするかは、人によるかな。明かりの魔法自体は覚えるのも難しくないし」

「それでも作ってるんだ」

「まあね。理由があって魔法を使えない人は居るし、杖を始めとした魔道具って使い手の魔力を必要としないから、需要はあるんだ」


 別の杖を手に取りながらホオジロウは話を続ける。


「それに例えばこれなんかは水属性の魔石がついているんだけど」


 そう言われて、俺は彼が新しく手に持っている杖の先を見た。長さはさっきの杖と同じくらいだけど、先についた魔石は青く輝いている。


「水属性の魔法は魔道具が無ければ、魚人や、水属性の魔石を持つ一部の魔獣にしか使えないからね。四属性魔法の刻印された魔道具は、その属性の魔法を使えない種族には需要があるね」


 そこまで言って彼は鋭い歯を見せて笑う。彼が俺を食べたりするつもりが無いのは理解できるのだが、サメの鋭い歯は間近で見ると怖い。


「こんな話は必要なかったかな。魔法学園に入学してすぐに習うようなことだもの。つい、魔法の杖に突いて話していると色々と話したくなってしまうんだ」

「いや、気にしないでくれ」

「ウォン」

「そうかい……で、まあこの杖の魔法だが」


 ホオジロウは軽く杖を振りながら呪文を唱える。


「スノウ」


 すると杖から雪が出てきた。手を前に出してみると指先に雪が触れて冷たい!


「ウォー」


 クローバーも雪に興味津々という様子だった。というかこの杖があれば、あの食べ物を作れるんじゃないか。


「えっと、この雪って口にしても大丈夫なやつ?」

「大丈夫だよ。雪を器に盛って、シロップをかけて食べると美味しんだな。これが」


 おお、それってまさに!


「かき氷じゃん!」

「かき氷? あれってそう言う呼び方もするのかい? 雪じゃないの?」


 いや、まあ雪なんだけども。


 やばい。異世界でもかき氷が食べられると思うと、この杖が凄く欲しい。


「その杖っていくらするんだい?」

「二万ガルドってところかな」

「う……二万するのか」

「属性魔法の杖は無属性の物より高くなる。無属性の魔石に比べて四属性の魔石は手に入れづらいからね」


 まあ、そうなるよな。でも、雪の杖が欲しいなあ。


「この杖は強力な魔法の杖というわけではないから、二万。さらに強力な魔法を刻印したものが欲しければ、さらに高価になるよ」

「いや、強力な魔法は求めてないかな」

「そうなの? ダイナミックウェイブの杖とかおすすめなんだけどなあ……サラマンダーを倒せるくらい強力だよ?」


 名前からして強力な魔法の杖だと予想できるが欲しくはない。しゅんとしている彼には悪いがサラマンダーを倒せる魔法より、かき氷を作れる魔法のほうが俺には魅力的なのだ。


「雪の杖が欲しいが……二万ガルドか」

「同じ値段ならファイアーボールの杖とかもおすすめだよ」

「それはいらない」

「そっかぁ……」


 二万ガルド……日本円にして、たぶんおおよそ二万円。二万円のかき氷器と思うと高い。高すぎる。だが、しかし。この地で雪は貴重だと思われる。いや、どうだろう。雪はもしかしたら簡単に手に入るのかもしれない。


「ちょっと……マリーと相談してきても良いかい?」

「もちろん構わない。何日かはこの宿に滞在してるから、いつでも声をかけてよ」


 その後、俺はマリーの部屋に行った。マリーが風呂から戻ってきてはいなかったので、俺も風呂を浴びてくることにした。風呂でゆっくりしているとホオジロウも入ってきて湯に浸かった。湯に浸かった彼がいきなり「ほあぁぁぁぁぁぁぁん!」と言ったので驚いてしまう。魚人は皆ああなのか、ホオジロウだけの癖なのかは知らないが、心臓に悪い。


 俺はそそくさと浴場を後にするのだった。


 風呂を浴びた後、もう一度マリーの部屋に行くと彼女は居た。頭にタオルを巻いていて、なんだか可愛い。あと、部屋の隅でクローバーがのんびりしている。


「あら、ナオト。もうホオジロウの杖を見るのは終わったのですか?」

「そのことなんだけど」


 俺は彼の売り物、とくに雪の杖が欲しくて悩んでいることを話した。


「雪の杖ですか。あまり戦闘の役に立つものでもありませんが……雪はこの辺りでは貴重なものではありますが……二万ガルドは高いのでは?」


 二万ガルド……手が出ない額ではないのだ。この前、野盗たちの装備を売ったおかげでそれなりのお金はある。とはいえ、このまま宿に何泊するか分からないし、行商で扱う物を買ったりすることも考えると……出来れば出費は押さえておきたいところだ。


「俺はかき氷が食べたいんだ。あとクーラードリンクとか作れそうで、正直めちゃくちゃ欲しい!」

「あなたが何を買おうと文句は言いませんが、二万ガルドを出すならファイアーボウルの杖などを買ったほうが役に立つのではないかと思いますの」

「それはいらない」

「あ、はい」


 それに。


「雪の杖は商売をするうえでも役に立つと思うんだよな。収納の魔法は物をそのままの状態で保存することができるのは確かめた。なら、冷たいものも売る直前までそのままの状態で保存できるはずだろ」

「なるほど。確かにそれは商売の役に立ちそうですわ」


 マリーは分かってくれたようだ。その話を聞いて、彼女は俺に提案してきた。


「でしたら、こういうのはどうでしょう? お互いに商人として取引をするのですわ」

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