第15話 雪の杖とアイスクリーム

 雪の杖を手に入れて一日が経過。今日も窓の外では雨が振り続いている。必要な物は昨日のうちに買ったし、マリーが出したアポに対する返事は届いていない。こんな日は家で出来ることをしよう。というわけで、マリーとクローバーには俺が泊る部屋へ集まってもらった。


「今日はアイスクリームを作ってみようと思うんだ」

「アイスクリーム……ですか?」


 マリーはぴんと来ていない様子。彼女の横でクローバーも首をかしげていた。


 この世界、氷菓子は広まっているようだが、アイスクリームは知られていないようだ。いや、もしかしたらアイスクリームが普通に存在する地域があるかもだけど。とりあえずこの辺りでは未知のデザートなのだろう。


「アイスクリームってどういうものですの? 冷たいクリーム?」

「その認識で合ってるよ。氷菓子みたいなもんだ」

「それはぜひとも食べてみたいですわ!」

「ウォン!」


 魔法の書を開き、必要な物を『チョイス』の魔法で取り出していく。


 アイスクリームの材料は牛乳と生クリーム、砂糖に卵黄! バニラエッセンス……は無かったが、最低限必要な材料はエルパルスの街で手に入った。流石は王都だね。


「材料はある。これを混ぜて冷やしてやれば、アイスクリームが作れるぞ!」

「ウォー!」


 クローバーは尻尾を振って嬉しそうだ。彼にもアイスクリームを食べてもらおう。普通の犬ではないので、何を食べてもへっちゃらだ……とマリーからは聞いている。


 まずはボウルの中で材料をよく混ぜ筒に移す。手ごろな筒が街の雑貨屋で売られていて良かった。でだ。蓋はしっかり閉めておく。桶を置き、ここで取り出すのが雪の杖だ。


「雪の杖を使って材料を冷やすのでしょうか?」

「そんなところ。一手間加えるがね」

「一手間?」

「見てな」


 俺は雪の杖を桶に向け、唱える。


「スノウ」


 魔法の雪で桶を一杯にした。そして一手間。


「塩を使う」

「塩、ですか?」

「クゥン?」


 桶の雪に塩を混ぜる。よく混ぜる。塩と混ぜると雪は溶けだし、周囲の温度を急速に下げる。子どものころ理科の授業で習ったが、どうしてこうなるのかは、ちゃんと覚えてはいなかったりする。まあ雪と塩を混ぜ合わせると、どういう結果になるかは知っているのだ。そこを押さえておけばアイスクリームは作れるはずだ。


 桶の中で雪と塩が混ざったら、さっきの筒を雪の中に埋める。この時、素手で雪に触れないように注意しないといけない。そのための厚い手袋もちゃんと用意しておいた。そうして最期は冷気が漏れないよう桶に藁をかけてやる。


「この雪はとんでもなく冷たくなっているから素手で触ると危険だぞ。気をつけろよ」

「意外と危ないのですね」

「昔習ったことが確かなら、この雪は零度以下になっているはずだからな。絶対に素手で触るんじゃないぞ」

「キュゥン」


 さて、気を付けるべきことも言ったし、これで良し。


「あとは筒の中身が冷えて固まるのを待つだけだ」

「意外と簡単ですのね」

「難しかったら商品にしようとは思わないよ」

「あら、ではこれを売るつもりなのですか?」

「商品の一つにする予定だ。実際に作ってみるのは初めてだから、上手くいくと良いんだけど」


 俺の言葉を聞いてマリーは意外そうな顔をした。彼女が言いたいことは分かる。


「始めて作るのかよって言いたそうだな」

「ええ、これ。適当なことをやってるわけではないのですよね?」

「子どものころに知った作り方を思い出しながらやってるからな。どこかで工程を間違ってる可能性はあるよ。間違ってた時は、別の作り方を試してみるさ」

「ふむむ……」


 マリーはあごの下に指を当てて考えている。彼女はぶつぶつと独り言をつぶやく。


「物と物をかけ合わせる……魔法とはまた別の技術……錬金術に近いものでしょうか?」


 彼女は顔を上げ、俺の目を見る。彼女の瞳にはいっぱいの好奇心を感じた。


「ナオトは元の世界では錬金術師でしたのね!?」


 錬金術師か。なるほど、そうきたか。


「興奮してるところ悪いが俺は錬金術師じゃないよ。今やってることだって小学校で習う理科のレベルだし、特別に凄いことはやってない」

「ショウガコッウ? リカ?」


 いけない。マリーの頭に新たな疑問が浮かんでいる。この時点で嫌な予感がしてきた。


「それも異世界の錬金術に関係があるのですね! ナオト! わたくし、とても気になりましてよ!」


 面倒な流れになってきたが、まあ良いか。彼女の期待には応えてあげたい。


「アイスクリームができるまで時間はあるし、俺が分かる範囲のことで良ければ答えるよ」

「そうこなくては!」

「ウォン!」


 こうして俺はアイスクリームができるまでの間、マリーから質問攻めにあうのだった。


 そして。


 しばらく待った。そろそろ良いころだろう。ということで、桶からヒエッヒエの筒を取り出した。筒の蓋を開けてみると、そこには美味しそうなアイスクリームが詰まっていた。


「おおー! 良い感じだな」

「これがアイスクリームですのね!」

「ウォン!」


 マリーもクローバーも筒の中のアイスに興味津々だ。


「早く食べたいですわ!」

「ウォン!」

「待て待て。器と匙を出すから待て」


 魔法で収納していた食器を取り出し、筒からアイスクリームを移す。俺とマリーとクローバーとで分け合い、同時に口へ運んだ。


 冷たい! 気になる味は……良い感じだ!


「おお! なかなか美味いぞこれ!」

「凄い! 不思議な触感ですわ! 口の中で優しい甘みがとろけていきます」

「わうー」


 マリーはうっとりした表情でアイスクリームを楽しんでいた。クローバーも美味しそうにアイスを食べている。実験は成功だな!


「……アイスクリームは商品として期待できそうだ。食材はエルパルスなら思ったほどは高くなかったし、いけるぞこれ!」

「とはいえ牛乳も生クリームも卵黄も砂糖も、なかなか手に入らない土地もありましてよ。行商をしながらだと難しい商品ではなくて?」

「だからこそ、だろ。俺には転異魔法があるんだから」

「ああ、なるほど。材料の買い付けは転異魔法があれば問題ないかもしれませんわね」


 これは俺の予想だが、転異魔法を覚えることのできる遺跡はこの世界のいろいろな場所にあるはずだ。それを駆使すれば、俺は行商としてかなり有利に動くこと気できるはずだ!


「今日はさらにアイスクリームを作ってみるぞ! ちゃんと再現性があるかも確かめないといけないからな!」


 その日はアイスクリームを作ることに時間を使った。そして、作ったアイスを宿の主人や娘さん、ホオジロウにも振る舞ってみた。アイスクリームはなかなかの好評で、俺は更に自信をつけた。


 そんな中、宿に手紙が届いた。それはマリー宛で、どうやら彼女のアポに対する返事のようだった。

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