第24話 黒葉山の噂
ポテトヘッド村を出発してすぐに近くの遺跡で『ポテトヘッドポート』の魔法を手に入れた。これであの村へのアクセスも簡単になったな。
その後、いくつかの村や町、関所を通り、すでに俺たちはドラーベ王国の領内に入っている。
ここに来るまでに、いくつかの遺跡に行ったことと、マリーに契約料を払ったことを除けばイベントらしいイベントは起きていない。平和な旅だ。
現在、滞在しているのは【ブラッドウッズ村】という場所だ。住民は人間とドワーフで半々といったところだろうか。この村では塩と酒がよく売れた。
「ナオト、この近くには小さな遺跡がありますわ。寄ってみましょう」
「そうだな。また新しい魔法が手に入るかもしれん」
村の宿【黒葉停】で俺とマリーはそんな話をしていた。クローバーは部屋の隅で丸まり、そんな彼をノワが撫でていた。空き部屋の関係で俺たちは同じ部屋に泊っている。女の子二人と同じ部屋というのはどうも落ち着かないが、仕方ない。
「ポテトヘッド村からここまでの道中にいくつかの遺跡に寄ったが、覚えられたのはどれも、その地への転移魔法だったな」
「そうでしたわね」
転異魔法が増えるのは、それはそれで便利だし嬉しいのだが、できれば収納魔法のような面白い魔法が増えてほしい。まあ遺跡をめぐっていれば、そのうち転移以外の魔法も手に入るだろう。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「ええ、今から行って戻ってくれば夕食に丁度良いかもしれませんわ」
俺たちの会話を聞いてノワが立ち上がった。
「私もお供します」
「ウォン!」
ノワだけでなく、クローバーもやる気だな。
「ああ、出発だ」
宿を出て山のそびえる方向へ、村の外れへ向かう。目的の遺跡は山道への入り口近くにあった。森の前にひっそりと石の柱が立っている。
俺は鞄から魔法の書を取り出し、柱に近づいていく。
「……遺跡というか石柱があるだけだな」
「魔法の書に反応はありまして?」
マリーの言葉に応えるかのように俺の手元で本が光り出した。新たな呪文がページに記される。それは『ブラッドウッズポート』の呪文だ。転異魔法っぽいな。
「今回も転異魔法だけだ。『ポテトヘッドポート』『サルミャッキポート』『モルトポート』『ガーリックポート』と入手してきて、今回の『ブラッドウッズポート』五連続で転異の魔法が手に入ったぞ。ここ最近はポート系の魔法ばかりだ」
「ナオト。ちょっとがっかりしていますわね」
「ちょっとね。どうせならもっとすごくて面白い魔法が手に入ってほしいが」
「遺跡で手に入る魔法の種類には何か法則があるのかしら?」
「分からん。法則を見つけるためにはもっと多くの場所で魔法を集めないと」
俺とマリーが魔法について色々と語り合っている時、ノワとクローバーは暇そうにしていることが多い。この分野の話は彼女たちにとっては退屈なのかもしれない。
「……じゃあ、用事も終わったし宿に戻るか」
「そうですわね」
話をきりあげて宿へ戻ろうかというところでノワと視線が合った。
「ナオトさま。せっかく山道の近くまで来たのですから、少し入り口を見ていきませんか」
「ん……そうだな」
時間もあるしちょっと見ていくか。
「ちょっと見に行くか」
「ウォン!」
歩き出した俺にクローバーが尻尾を振ってついてきた。
山道の入り口までは歩いてすぐだった。黒い葉をつけた木々がずっと続いているように見える。この先は【黒葉山】と呼ばれる土地だ。
「なんだか……不気味だな」
「黒葉山は黒樹と呼ばれる木が茂山ですの。危険な獣が出ると言われ、野盗も好んで立ち寄ろうとはしませんわね」
「それって危ない場所なんじゃないか?」
「大丈夫。ナオトにはわたくしとクローバーがついていますわ」
マリーが微笑む。その表情は俺に安心感を与えてくれた。
「私も戦闘の心得はあります」
そう言ってノワが両手の拳を握る。女の子たちが勇敢なのに、男の俺が怖がってばかりはいられないな。
「皆、よろしく頼むよ。俺も勇気を出していく」
「その意気ですわ。ナオト」
「ウォン!」
クローバーもやる気を見せている。
「ま、黒葉山に入っていくのは明日だ。今日は情報収集でもしておくか」
「それは良い考えですの」
「ウォン!」
山道の入り口から宿に戻り、宿の主人や、宿泊中の旅人に聞き込みをした。そうすると黒葉山について次のような噂があることが分かった。
最近、黒葉山には狼の群れが出るらしい。その群れを率いているのはブラックドッグという魔物だそうだ。そのため、旅人の中には山を迂回するルートを選択する者も居るようだ。ただ、「山を迂回する場合はドラーベ王国の首都まで三倍ほどの距離がかかるらしい。
夕食の後、部屋に戻った俺たちは今後の予定について話し合う。とはいえ、すでに山を昇って進むということは決めていた。
「このまま山を登ろうと思う。そう決めたのはマリーとクローバーの実力を信用しているからだ。以前、俺はマリーたちの戦いをこの目で見ている。だから二人を信じて山を進む」
「任せてください。ナオトの期待に応えて見せますわ」
「ウォン!」
「私としても、目的地まで急いでもらえると助かります」
進行ルートはこれで良い。あと、確認しておくべきことは。
「マリー。ブラックドッグという魔獣について何か知っていることはあるかい? 知っていることがあれば教えてくれ」
「よろしくてよ」
マリーは俺たちの顔を見回してから説明を始める。
「ブラックドッグという魔獣は人、あるいは何らかの獣が亡くなった後、その肉体が変容したものだと言われていますの。その魔獣自体が強い力を持ち、時には獣の群れを率いることもありましてよ。特殊な魔法を使うことはありませんが、強靭な肉体と、高い統率力を備えた厄介な存在ですわ」
「なるほどな」
頷く俺の横でノワが急に不安そうな表情になった。
「聞いてる限りとても強そうなんですけど……勝てるんですか?」
その問いにマリーは力強く頷いて答えた。
「勝てる敵です。わたくし、これでも一級冒険者ですから。皆さんの安全は保証しますわ」
「ウォン!」
最初であった時から、彼女はずっと心強い。
「そういうことだ。いざとなれば俺も戦うしな」
そう言って俺は『チョイス』の魔法でファイアーボールの杖を取り出してみせた。エルパルスでホオジロウから貰った戦闘用の杖だ。
マリーは杖を掲げる俺を見て、難しい顔をしていた。
「ナオト」
「うん?」
「辺りに植物が茂る場所でファイアーボールを使うつもりですの?」
「……あ」
彼女の言いたいことが分かった。俺は明日は大人しくしていたほうが良いかもしれない。
ちなみに『アドミト』で生物を収納することはできない。あの魔法は生命のない物にしか効果が無いのは実験済みだ。
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