第25話 黒葉山の戦い
翌日、俺は早朝から黒葉山の前で手ごろな石を拾い集めていた。
「……石を拾い集めてどうするつもりですか?」
ノワとクローバーが不思議そうに俺を眺めていた。マリーは準備運動をしているようだ。
「俺でも投石くらいはできるかな……と」
「なるほど。あまり無茶はしないでくださいね」
ノワから優しい視線を向けられる。やめろ。そういう目で見るんじゃない。
「俺には俺なりの考えがあるの!」
「……本当に無茶はしないでくださいね。あなたのことは我々が守りますから」
うぅ……完全に戦力外として扱われている。あとで驚いても知らないぞ。いや、彼女が驚くような状況にならないなら、それに越したことはないんだが。
準備運動を終えたマリーがこちらに歩いてきた。俺のほうも充分な量の石が集まったと思う。一旦拾った石を降ろし、鞄から魔法の書を取り出す。
「アドミト」
石の山に対して収納魔法を使った。弾数は三十ってところかな。
「じゃ、山を昇っていこう!」
「ウォン!」
クローバーもやる気満々だ。
俺たちは歩き出す。山越えには半日かかるという。山を超えた先の町には日が沈むころに到着するだろう。順調に進むことができればの話だが。
この山の木は黒い葉をつける。マリーの話では昔からそうなのだという。山を昇る間、ノワは何も言わずに木々を眺めている。俺だけでなく、彼女にも珍しい光景なのかもしれない。
やがて昼近くになり、休憩中に俺は頭上を眺めた。黒い葉の間から差し込む日光の量が多いとは言えない。登山道は薄暗いくらいで、獣が隠れるには良い環境だろう。
「山の獣がそろそろ出て来るかな?」
「出てこないのが一番良いのですけれどね」
マリーは体を伸ばしながら立ち上がった。
「そろそろ移動を再開しましょうか」
彼女の提案に俺は頷く。俺やノワより、彼女のほうが旅に慣れているし、土地の情報にも詳しい。彼女の意見を尊重するべきだと思う。
「このペースで日が沈むまでに山を超えられると思うか?」
「早朝に出発しても割とぎりぎりでしょうか。夜間の山は危険ですから、場合によっては山小屋を使うことも考えていましてよ」
「山小屋があるの?」
俺の問いに彼女は頷く。
「まだ先ですが、登山道の丁度真ん中辺りに山小屋がありますの。そこで一夜を明かすかどうかは、わたくしの判断で決めてもよろしくて?」
「俺たちの中では君が一番旅に詳しい。判断は君に任せるよ」
「分かりましたの。責任重大ですわね」
さ、休憩は終わりだ。俺は立ち上がりノワも立ち上がる。その間にクローバーは先を歩き出した。
移動を続け、マリーが「……そろそろ山小屋が見えるはずですわ」と言ったのと、ほぼ同じタイミングだった。クローバーが立ち止まる。
「ウゥグルルルゥ」
クローバーが唸りだした。彼が何かを感じ取ったようだ。マリーとノワも立ち止まり、いつでも魔法を放てるように準備している。
「山の獣が来ますわ……数は……二十といったところかしら」
「四対二十。敵はこちらの五倍か」
俺も魔法の書を持って敵を待つ。獣たちはどこから来る? だんだん緊張してきた。
「……ウインドショット」
一番先に動いたのはマリーだった。彼女が風の攻撃魔法を唱え、数秒後に獣のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。俺からは獣の姿は見えないのに、マリーは魔法を命中させたようだ。
「グルルゥ」
「クローバー。まだ動かないでいて。敵が来るのを待ちなさい」
マリーの指示をクローバーは守っている。ほどなくして、四方から狼たちが現れた。
「クローバー!」
「ウォン!」
マリーがクローバーの名を呼んだ。現れた狼たちをクローバーが猛スピードで迎撃する。彼はこんなに速く動けたのか。その動きを目で追えない。それほどに彼の動きは素早い。
クローバーの動きに狼たちが怯む。そこにノワの魔法が飛んでいく。
「マジックアロー!」
魔力の矢が狼に命中する。威力はマリーの魔法よりも低いようだが、それでも狼を無力化するには充分なようだ。ノワの魔法を受けた狼は倒れて痙攣している。
俺も戦いの役に立ちたい。このまま彼女たちに任せているだけでも大丈夫だとしても、俺だって役に立ちたい。そして、その思い以上に、今後のことを考えるなら自衛ができるようになっておくべきだ。いつどんな時でも彼女たちが俺を守ってくれるなんて保証は無いんだ。
手で銃の形を作り、一体の狼に狙いを定める。戦うための準備はした。あとは実際に、やってみるだけだ。
「カタパルト!」
指の先、宙の歪みから石が射出される。俺が今朝集めていた石だ。石は高速で狼に迫り、その身体を貫いた。
「よし! いけるぞ!」
ノワの驚く顔が俺の目に映った。マリーとクローバーは戦いに集中している。
次々に狼たちが倒れていく。そして十体ほどの狼が倒れたところでそれは現れた。他の獣と同じ程度の大きさをしたそれは、しかし異様な気配を放っていた。その身体は非常に黒く、闇が形をもったもののように思えた。マリーがその名を口にする。
「ブラックドッグ!」
黒い獣が吠えた。その方向だけで、周囲の木から葉が吹き飛んだ。獣の体が膨れ上がり、三メートルほどの巨体に変貌した。
「クローバー! 魔法を使いなさい!」
「ウォーン!」
マリーに命じられてクローバーも吠える。すると彼の身体も巨大化していく。
「クローバー! 行きなさい!」
「ウォン!」
二体の巨獣が衝突した。その迫力に俺は見入ってしまう。力と力のぶつかり合い。それは数秒の戦いだった。クローバーが黒い獣の喉元に食らいつき、そのまま首をへし折ったのだ。
「す、すげえ……」
「ウオォーン!」
クローバーが勝利の雄たけびをあげる。
親玉が倒されたのを見て、狼たちは散り散りに逃げていく。追撃する必要は無いだろう。
ブラックドッグは強力な魔獣だと聞いていたが、大してクローバーはフェンリルの血を引いているという話だった。かつての文明を崩壊させたほどの魔獣の血を引いた存在か。
「頼もしい奴だよ! クローバーは!」
「ウォン!」
俺が名を呼ぶと彼は誇らしげに吠えてみせた。
その後、獣たちの死体を魔法で収納し、山小屋へ向かった。山小屋で、マリーは翌朝まで休むと決めた。戦闘で魔力を消費したためだ。慎重な判断だが、異論はない。
明日の昼頃には次の町へ着くだろう。
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