第26話 ドワーフたちの町

 黒葉山の山小屋で一泊し、翌日の昼には次の町【ハンバルグ】に到着した。ハンブルグみたいな地名だな。


 堅牢な壁に守られた町はドワーフたちの住処だ。それまでの町はドワーフと同じくらい人間も見たのだが、この町では圧倒的にドワーフが多い。


「さて、山を越えたことですし、今日一日はこの町で休みましょうか」


 マリーの提案に賛成だ。俺は頷く。ノワからも反対意見は出ない。


「じゃあ宿を探そう。それと」


 俺は気になることをマリーに尋ねる。


「この町には古い遺跡はあるんだろうか?」

「ええ、ありましてよ。宿に泊まった後、案内してさしあげましょう」

「そうこなくちゃな」


 俺たちは宿を求めて移動する。そしてこの町の宿【山肉停】にチェックインした。この宿……というかこの町の名物料理はハンバーグだそうだ。まあ地名からしてそんな気はしていた。


 チェックインを済ませてすぐに、俺はマリーを外に誘う。


「君さえよければ早速この町の遺跡に案内してくれないか」

「ええ、任せなさい」


 よし、マリーは来てくれるな。クローバーも尻尾を振って着いてくる気満々のようだ。


「ノワはどうする?」

「では私もご一緒します」


 彼女も一緒に来るな。良し、じゃあ行こう。


「出発だ」


 遺跡を目指して町を歩く。歩きながら町の様子を観察する。感じたのは工房が多いということ。俺のイメージのドワーフらしいというか、職人の町という感じだ。そして、宿でも感じたのだが、町の住人は頑固おやじのような気質の物が多いような気がする。男も女もムスッとした顔をして働いているのだ。


「なんだか皆ムスッとした感じだ」


 マリーに小声で囁くと、彼女は「そうですわね」と言って頷く。歩きながら「でも」と言って彼女は続ける。


「ここの方々は夜には陽気になりますの」

「そうなの?」

「昼は工房で働き、夜には酒場で飲み歌う。ハンバルグの住民はそういう人々ですのよ」


 それはなんともたくましい人々だ。男も女も小さいのに力強さを感じる。マリーの説明でドワーフという種族に対して少し理解力が高まったような気がした。


 町には高低差があり、坂道や階段も多い、マリーやクローバーは平気そうだが俺とノワはへばってきた。遺跡に行こうと言い出したのは自分だが、もう少し宿の部屋でゆっくりしていけば良かったかもしれない。でも、それを言ってはいけない。ここはガッツの見せ所だ。


 しばらくして町の遺跡に到着した。そこは町の最も高いところにある見晴らし台だった。俺たち以外に人の姿は無い。


「ナオト。こっちですわ」

「ウォン!」


 マリーとクローバーに急かされてそちらに向かう。


「おお、良い眺めだ」


 見晴らし台から街中も一望できる。石造りの建造物が多く、その中で多くのドワーフが働いている。なんというか活気がある。町が生きているという感じがした。


「この場所は古い時代からあるそうです。ドラゴンを見張るための場所だったなんて話もありますが、実際のところは分かりません。ただ、ここから見る町の景色は素晴らしいのです。夜に空を眺めるのも良いでしょう」

「へえ、ここから眺める夜空は素敵そうだ」


 俺とマリーでそんな話をしている時だった。鞄から光が漏れていることにノワが気付き教えてくれた。おっと、そうだった。俺が古い遺跡を訪れるのは観光のためだけじゃない。魔法の書に空間魔法を集めるという目的もある。


「今回はどんな魔法が追加されたかな?」


 わくわくしながら魔法の書を開いた。ページを捲ると、確かに新たな魔法が増えていた。今回追加されたのは『ハンバルグポート』と『ジャンプ』の魔法!


「おお! ポート系以外の魔法が追加されてるぞ!」

「それは良かったですわね。どんな魔法ですの?」

「使ってみないと分からん。試すのは後日、町の外でだな」


 マリーは頷いた。彼女も魔法の効果は気になっているが、町中で試すべきではないと分かっているようだ。効果の分からない魔法の実験は慎重におこなわなければならない。


 しかしジャンプか。予想するがワープするタイプの魔法ではないかと思う。それもごく短距離をワープするのではないか。もしくは名前の通りに跳び上がる魔法かもしれない。


「さて、もう少し景色を楽しんでいくかい?」


 尋ねるとノワは頷く。クローバーはその場に伏せた。マリーは俺を見て楽し気に笑う。


「そう言って、ナオトは休みたいのではなくて」

「ばれてたか」

「なんとなく、分かりましたわ」


 マリーには見透かされていたか。敵わないな。彼女には。


「ああ、ちょっと休みたい」

「よろしくてよ。景色を楽しみながら、ゆっくりしていきましょう」


 それからしばらく、俺たちは見晴らし台からの景色を楽しんだ。


 その日の夕方から、俺たちは遺跡の近くにある酒場で飲むことにした。宿の主人には前もって外で食べてくることを言ってある。宿の主人は「なら、うちのハンバーグは明日の朝に出してやるよ」と仏頂面で言っていた。あんな表情をしていたが、悪気は無いのだろう。明日の朝は宿のハンバーグを楽しませてもらう。


 さ、今は酒場の料理と酒を楽しもう。酒場の料理は肉系のものが多く、その中にはハンバーグもあった。宿のものと味を比べてみるためにも、しっかり味を覚えておかねば!


 夕方には人の少なかった酒場も、日が沈み夜が更けてくると人が増える。昼間はむすっとしていたドワーフたちが今は愉快に酒を酌み交わしている。かと思えば酒を飲みながらも昼と同じような顔をしている者も居た。そりゃ表情は人によるか。


 酒場の隅で数少ない人間の、吟遊詩人が唄を歌っている。楽し気な唄を聞いていると気分が高揚してくる。酒の力もあるだろう。


 俺はふと思った。


「……こういうのって良いな」

「どう良いんですの?」


 興味津々といった様子のマリーに尋ねられ、俺は答える。


「こういう楽しい、愉快な空間が俺は好きだ」


 言いながら考えて、続ける。


「行商や旅も楽しいが、いつかはこういう店もやってみたい……なんて考えるのは欲張りかな?」


 そう言って頬を掻いた。マリーは楽しそうに笑って言う。


「欲張って良いのではありませんか。どうせ生きているのですもの。欲張って生きなくては損ですわ」

「そうかな……そうかもな……」


 欲張って生きるか。


「なら、この後ちょっと行きたいところがあるんだが、付き合ってくれるかい?」

「ええ、構いませんわ」


 ちょっと旅に予定を追加しよう。そう思った。

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