第27話 異世界の夜空

 酒場を後にした俺たちは再び見晴らし台へとやってきた。夜も遅く、街の明かりも今はそれほど多くはない。


「君がここから見る夜空がきれいだと言っていたから、また夜に来ようと思ったんだ」

「では星を楽しみましょうか」

「ウォン!」


 マリーは乗り気だしクローバーも嬉しそうだ。ノワは何も言わないで空を見上げている。


「こういう時、望遠鏡があれば良いんだが」

「ですわね。でも、自分の目で見る星というのも美しいものです」

「だな」


 俺は空を見上げる。東京じゃ分からなかった。こんなに夜の星が輝いているなんて。星の数は数えきれないほどに多い。凄いな。この感動を言葉にするには俺の語彙は足りないのだろう。


 満天の星空は人工的なイルミネーションよりもよほど綺麗だ。空気も澄んでいて、なんだか立っているだけで心地よく感じられる。


 そういえば異世界に来て、こうして夜の星を観察するというのは初めてだ。だから今、俺の目に見えている星のことはよく分からない。ちょっと悔しい。


「星座とかが分かればな」


 そうつぶやいた俺にマリーが「なら」と言って続ける。


「わたくしが説明してあげますわ。あそこに見えるのがコボルト座。そのすぐ近くにあるのがグリフォン座ですのよ」


 マリーは夜空に輝く星々を指さしながら教えてくれる。星座の名前はファンタジー感のあるものが多く、それをマリーが面白く丁寧に解説してくれるので全く飽きない。朝が来るまで彼女の話を聞いていられそうだ。


「あの星座はドワーフ座。その肩の部分に赤く輝く星はドラーベと呼ばれています。工業の神ドラーベと同じ名前ですわね。ナオトも旅をして気付いているでしょうけれど、この世界の色々な場所で神々の名前は使われているのです」

「そうだったの?」

「気付いてなかったのですか?」

「今説明されると、確かに地名からそういう感じもしていたかもしれない。ただ、こっちの宗教や神話についてあんまり詳しく聞いてなかったから」

「そういえば、そうでしたわね」


 マリーの声には呆れたような感じがあった。でも、彼女はすぐにこう言った。


「宗教の話というとお堅く感じるかもしれませんが、神々の話は単純にお話として面白いのでしてよ。特に主神デウスは色恋の話が多くてわたくしは気に入ってますの。そのような話が多すぎるせいで、ふしだらな神といわれたりもしますけれど」

「それは、随分人間臭い神様なのかな?」

「神は人類が考えたものですわ。人間臭くもなるでしょう」

「そういうものかね」


 なんだか俺の考える神様とはイメージが違う。神様ってのはもっとこう超自然的な存在だと考えているからだ。


「説明してくれたドラーベの星以外にも、神様の星ってあるの?」

「ええ、もちろんですわ」


 マリーはまた星々を指さしていく。それらの星は他の星に比べて輝きが強い。


「ドラーベの他……あれが戦の神グラヌスの星、あれが旅の女神ミケの星、あれが魔法の女神アルマの星、であれが商売の神ガルドスの星、そして主神デウスの星ですわ! 今話した六柱の神がデウス教の主な神々ですの」

「へえ、星を知ることができるなら、神様についてちょっとは勉強してもいいかもな」

「そうですわね。神々についてちょっとは勉強しておくことを薦めますわ」


 その後もマリーは様々な星、またその星に由来する知識を教えてくれた。勉強になったし、彼女の話は聞いてて楽しい。少なくとも俺は、彼女の話に退屈しないのだ。


 ロマンチックなムードだと感じる。俺は旅の予定に加えたミッションを達成しようと決めた。ノワが居るが、ここは勢いで言ってしまおう。言うべきだ。


「マリー、俺はこれからも君から色々なことを教わりたい。君と一緒に色々な場所へ出かけたい」

「ええ、わたくしもそのように考えています」

「俺は。マリー、君のことが好きだよ」


 好きだと言った。勢いで言ってしまった。マリーはすぐには応えない。しばらく黙っていて、それから彼女は言う。


「……わたくしも、あなたのことは好きです。わたくしの勘違いで無ければ、あなたの言っている好きは、愛しているの好きですのよね?」

「ああ、そうだ。愛してるの好きだ」

「ふふっそうですか」


 マリーは静かに笑った。そして彼女は続ける。


「わたくしもあなたのことは好きです。あなたの言葉は嬉しい。だからナオト。今から、わたくしたちは親友になりましょう」

「親友に……これまでは親友ではなかったのかい?」

「これまではガイドと旅人、契約を通じてのギブアンドテイクの関係だった。でも、これからはそれに加えて親友としての関係を築きたいと、わたくしは思ってますの。恋をするには段階というものがありましてよ」


 告白してすぐに恋人になれる……とはいかないようだ。親友か……振られるよりはよっぽど良かったと考えよう。


「なら、これからは親友としてよろしく頼むよ」

「はい、ですがこれからもガイド料はいただきますからね」

「分かってる。頼もしいガイドだもの」


 それからもう少しだけ、俺たちは皆で星を眺めた。


 翌朝【山肉停】のハンバーグを食べた後で俺たちは宿を出る。酒場で食べたものより、宿で食べたハンバーグの方がこってりしているように感じた。何が違うのだろう?


 そんなことを考えながら町を後にした。もうすぐドラーベ王国の首都。そこまで行ってオベリスクを届ければ、リリウムから頼まれた依頼は一応完了だ。報告が残っているが、それは首都の観光を終えてからでも良いだろう。転異魔法を使えば一瞬でエルパルスには戻れるのだから。


 ドラーベ王国の首都【エルドラーベ】への旅は何事もなく順調に進んだ。山道はそれなりに険しかったが、これまでの旅でもう慣れっこだ。遠くに見えるエレベート山の頂は真っ白に染まっていた。この国の首都は巨大な山の下にあるのだ。


 道中で『ジャンプ』の魔法の効果を確かめる。どうもそれは数メートルの間隔でワープをすることができる魔法のようだった。効果の予想は的中だな。


 次の日には目的の街に到着し城門を潜った。この街の城壁はハンバルグの城壁よりも更に立派なものだった。あまりに高い城壁は、巨大な何かと戦うために作られたかのようだ。


 街の宿【鉱山停】にチェックインしてすぐ、ノワは出かけるところがあると言って宿を出て行ってしまった。俺たちは自由に行動していて良いという話だったので、そうさせてもらう。


 まずは街の遺跡を観に行ってみよう。


――――


 あとがき


 一行はドラーベ王国の首都エルドラーベに到着しました!

 ここから物語が大きく動いていきます!


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