第28話 エルドラーベ大工房
ユーロン大陸の南部にそびえる名峰エレベート山の麓には巨大な壁に囲まれた古い街がある。それがドラーベ王国の首都エルドラーベだ。
エルドラーベはエルパルスと同じくらいに広い。その中には多くのドワーフたちが住み、工芸や鍛冶の得意なドワーフたちの技術を学ぼうと、ユーロンの国々からやってきた人々も多い。そんな街はパルスの首都と同じくらいに広く、古い遺跡の数も同じくらい多い。
「まずはドラーベ広場を観に行ってみましょう。ここから近いのです」
マリーに案内され、宿から目的の広場に移動する。街の南部にあるその広場はこの前、シールディアで見た似ろばに雰囲気が似ていた。円形の広場は中央に向かって窪んでいる。ただ、いつか見た広場と比べると中央部分が何も無くて寂しい感じがした。オベリスクを魔法で収納してきたから、今はシールディアの広場も似たような寂しさになっているはず。
鞄から光がほのかに漏れていたが、確認するのはやめておいた。今は昼だが人が意外と多い。ドワーフ以外の種族が多く、雰囲気から旅人ではないかと思われる。黒葉山を迂回するルートからやって来た旅人たちだろうか。
俺はマリーへ声をひそめて喋りかける。
「ここは人が多い。本を確認するのは後にしよう」
「そうですわね。では、次の目的地に行って、今日のところは一旦宿に戻りましょう」
「ウォン!」
クローバーも賛成と言っている……気がする。
「じゃあ、次の遺跡に案内を頼むよ」
「ええ、見たらきっと驚きますわよ。そこの名前はエルドラーベ大工房! 古代から今の時代まで生き続ける巨大な工房ですの!」
マリーは両手の拳を握り目を輝かせながら言った。そこまで言われると期待のハードルが高くなっちゃうよ。良いのかいマリーさん。
「よし、行こう!」
「そうこなくては!」
俺たちはその足でドラーベ広場からエルドラーベ大工房に向かう。そのうちドーム状の巨大な建物が見えてきた。
「野球ドームみたいだ。大きさも形も」
「野球ドームとはなんですの?」
マリーは球場という言葉に興味を惹かれたようで、わくわくした視線をこちらに向けて来る。人ばかりのところで横を向きながら歩くのは危ないぞ。
「その話はおいおいな」
「おいおいですか」
「後でちゃんと話すから」
俺の言葉に納得したマリーはようやく前を向いてくれた。その間も足はずっと動いていて、俺たちはドームへ近づいていく。そのうちカンカンと何かを叩くような音が聞こえてきて、さらに人々のやかましいくらいの声が感じられた。ドームの中に入ると、そこには活気と熱が籠っていた。
「ここが、エルドラーベ大工房!」
「ええ、すごいでしょう!」
マリーが得意気に大きな胸を張った。だが、今はそれよりも工房の様子の方が気になる。
工房のあちらこちらには炉があり、その中では炎が燃え盛っている。遠くには何か巨大な何かを作っているのが見えるし、どこからもカンカンと金属を叩く音が聞こえる。職人たちの指示や怒号がそこら中から聞こえ、彼らに委縮している人々の姿も。視線を上げると天井ではなく空が見えた。
辺りを見回していると一人の職人がやってきた。ぼさぼさの髭面と筋肉質な体つき、顔はムスッとしていて、いかにもなドワーフだった。
「お前ら、仕事の依頼か?」
「いや、ちょっと見学に」
俺がそう答えると彼はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「なんじゃい見学か。適当に見て適当に帰れ。茶は出さん。あと、作業の邪魔はするなよ。それを守れるなら俺たちも文句は言わん」
それだけ言うと彼は作業に戻っていってしまった。彼らの邪魔にはならないように気をつけよう。
「ドワーフの職人というのは皆ああですの。でも、ああいう殿方が好みだという女の子も結構多いのですよ」
「へ、へえ……マリーは?」
尋ねてみると彼女は「うむむ」と唸ってから、俺を見ていたずらっぽく笑った。
「ナオトのような人……かしら?」
彼女の言葉に俺の心臓がどきんと跳ねるのが分かった。そう言う言葉に、俺は弱いんだよなあ。
「でも俺たちは親友……なんだよね?」
「そうですわね。今は――親友です」
「ウォン!」
「クローバーもそうだそうだと言っていますわ」
やっぱり親友なのね。そうなのね。ちょっとがっかりしているとマリーが「ナオト」と言って続ける。
「あなたの鞄から、光が漏れてますわ」
鞄を見ると、確かにそこからほのかな光が漏れていた。だが、こんな人だらけのところで本を確認するわけにはいかないだろう。
「本は、この工房を見て回って、宿に戻った後で確認しよう」
「では、今は工房の見学を続けましょう」
「ウォン」
俺たちは工房を歩いて回る。そこでは本当に色々なものを作っていた。クワやスキなどの農機具から馬の蹄鉄、アクセサリーやガラス細工、他にも剣や斧、槍などの武器を作っているところも確認できた。しかし、それらの物よりも気になったのは。
「……あれは何を作っているのでしょうねえ?」
「クウゥーン?」
工房の奥でドワーフたちが作っている正体不明で巨大な何か。俺はそれを見ていて巨大なプラモデルのようなものを想像していた。あとはパーツを組み立てるだけで完成するのではないか……そう考え、見えているパーツを頭の中で組み合わせてみる。そして俺の頭にひとつの物体が浮かびあがった。
その物体の名前を……俺はつい口にしてしまった。
「巨大な……大砲……か?」
俺がそう言ってすぐのことだった。近くに居たドワーフたちの視線が俺に集まる。彼らは口々に騒ぎ指す。
「こいつ大砲と言ったぞ!」
「まさかスパイか!?」
「衛兵だ! 衛兵を呼べ!」
「何故大砲の存在を知っている!?」
「捕まえろ! 捕まえたほうが良い!」
そ、そんな――俺は軽い気持ちで大砲といっただけで、こんなことになるとは、これっぽちも思わなかったのに。
「グルルルゥ!」
いかん。クローバーが唸っている。このままではドワーフたちを殺しかねない。マリーは――落ち着いて状況を見極めようとしているのだろうが、同時にいつでも戦えるような姿勢をとっているように思えた。
俺は慌ててドワーフとマリーたちの間に割って入る。
「マリー、クローバー、落ち着け! 職人の皆さんも落ち着いてください! 話せば分かる! 俺たちはあなた達の敵でもスパイでもない!」
さて、間に割って入ったは良いがこの状況はきっとまずいぞ。
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