第3話 異世界の案内人

「案内を……君が?」

「そうですわ!」


 マリーは胸を張った。二つの大きな山が揺れる。


「ううむ……」


 どうしたものか。彼女は俺の魔法を見て金貨をくれた。気前は良いのだろう。が、それだけで信用しても良いのだろうか。


「……わたくしのことが信用できませんか?」

「それは……」


 言葉に詰まる。実際、彼女のことはまだ信用しきれない。


「では、こうしましょう。あなたは私をガイドとして雇う。報酬は……とりあえず一週間で一万ガルド、金貨一枚ということでどうでしょう?」

「一週間で金貨一枚か」


 それが高いのか安いのかは分からない。だけどたぶん、これは俺が彼女の同行を受け入れやすくするための提案だろう。お金を払う代わりにガイドをしてもらう。彼女を完全に信用できたわけではないが、何の理由も無く共に行動ようとする人物よりは警戒が薄まる。


「……君のことを雇う前に、一つ確認させてほしい」

「なんですの?」

「君が俺と一緒に来たい理由があるんじゃないのか? それは確認しておきたい」

「それは確かに、あなたからすれば気になるでしょうね」


 マリーは柔らかく微笑む。


「わたくし、珍しいものに興味がありますの。できれば近くで観察していたい。異世界人だなんて、お話の中だけの存在だと思っていましたもの!」

「確かに俺は君が思うような、異世界から来た存在だが……理由はそれだけか?」

「いえ、それだけではありませんわ」


 どんな理由が……身構える俺に彼女は言う。


「それに……困っている人を放ってはおけませんもの」


 あまりに自然な感じに言うので、彼女が嘘をついているようには見えない。もし彼女が嘘をついているのだとしたら、とんでもなく嘘が上手い。あまり疑いすぎても仕方が無い。ここは、彼女を信用しよう。


「分かった。君にガイドをお願いする。とりあえず一週間、金貨一枚だな」


 そう言って、彼女に金貨を一枚渡そうとしたのだが。


「最初のお代は結構ですわ。というより、すでにお代は貰っているというべきかしら」

「それはどういうことだい?」


 俺はさっき彼女から金貨を受け取りはしたが渡してはいない。


「先程見せてもらった一瞬消える魔法。いえ、この遺跡に移動する魔法でしたか。あれの分の金貨で一週間のガイドをさせてもらいますわ」

「なるほどね」


 マリーは俺に近づいてきて、手を差し出す。


「では、まずは一週間。よろしくお願いしますね。ナオト」

「えっと、握手ってこと?」

「ええ」

「じゃあ……」


 俺はマリーが差し出した手を握る。握手だ。


「ナオトだ。よろしくお願いする」

「ええ、よろしく」

「ウォン」


 マリーはにっこりと笑い、クローバーが吠えた。


「では、これからどこへ向かいますの? わたくし、この大陸の東西南北には足を運んでいますが、できれば東には向かわないでくれると助かりますわ」

「それはどうして?」

「東には私の家がありましてね。あまり顔を出したくないのです」

「ふむ」


 まあ東に向かわなければならない理由はない。ここは彼女の頼みを聞いても良いだろう。


「とりあえず、近くの人里へ向かいたい。タムリア村だっけか。ここから近いんだろ?」

「ええ、近くでしてよ。まずはタムリア村を目指すということでよろしくて?」

「頼む。それとさ……」


 ダメ元で聞いてみる。


「何か履き物は無いかな? 俺、いきなりここに来て裸足なんだよ」


 彼女は俺の足元を見る。そして俺の顔を見て肩をすくめた。


「困りましたわね。履き物の予備はありませんの」

「だよなあ」

「仕方が無いので、クローバーの背に乗ってもらいましょうか。良いかしら。クローバー」

「ウォン!」


 クローバーは尻尾を振って吠えた。


「良いと言ってますわ。どうぞ、彼の背に乗りなさいな」

「いや、しかし重くないか?」


 俺の身長は百七十センチ。体重も六十キロ近くある。犬が運ぶには、文字通り荷が重いんじゃないか?


「心配いりませんわ。この子はフェンリルハウンドですもの」

「フェンリルハウンド?」

「そういう魔獣なんですの。ま、詳しいことはおいおい説明しますわ」

「魔獣? 魔物ではなく?」

「ええ、魔獣ですわ」


 ふむ。よくやるゲームとかではモンスターのことを魔物と呼ぶことが多い。だが、この世界では魔獣と呼ぶのが一般的なのかな。というかクローバーはモンスターだったのか。ただの犬じゃなかったんだな。


「分かった。乗せてもらうよ」


 俺はクローバーの背に乗った。すると。


「ウオォーン!」


 クローバーが吠え、彼の体が巨大化していく。あっという間に一メートルくらいだった身体が三倍程度の大きさになった。


「うぉ……でっか」

「ふふふ、彼は凄いでしょう」

「ああ、凄いな!? クローバーが巨大化したぞ」

「彼の使う魔法ですわ。クローバーが使える魔法はこれだけですが、驚いたでしょう」


 マリーは得意気だ。クローバーも同じ表情をしているように見えた。


「では、タムリア村へ向かって出発ですわ!」

「ウォン!」


 マリーを先頭に移動が始まった。遺跡を後にし、タムリア村を目指す。


 彼女は草むらをかき分け進んでいく。道があるようには見えないが、彼女の進み方に迷いはない。


「ナオト、タムリア村に着いたら、まずは靴を買うべきですわ。村の雑貨屋に行けば手に入ると思いますの」

「そうだな。まずは靴を買おう」


 靴を買うにはお金がいる。お金を手に入れる為には何かしなければならない。


「金策も考えないといけないなあ……」


 そのぼやきにマリーが反応する。


「では、冒険者などはいかが? 実力さえあれば儲かりますのよ」


 冒険者か……俺のイメージだとなにかと戦う印象がある。アニメとか漫画の知識だけど。


「えっと……魔獣と戦ったり、馬車を護衛したりとか、そういうイメージなんだけど」

「おおむね合っていますわ。わたくしも冒険者でしてよ」


 マリーは「やってみませんか?」と言ってくるが。


「冒険者は……やめておくよ」

「そうですか。無理には進めませんわ」


 彼女はちょっとがっかりしているようだ。でも、無理強いはしてこないので助かる。


「俺……ちょっとやってみたいことがあるんだよね」

「あら、もうやりたいことが決まっていますの?」

「うん。魔法を利用して商売をしてみたいと思ってる」

「それはいったいどういうものなのか、聞かせてもらっても良くて?」


 実際、上手くいくかは分からない。でも、せっかく異世界に来たのだし、やってみたいことはある。異世界を見て回れて、商売もできたら最高だ。俺には収納や取り出し、転移の魔法がある。なら、やってみる価値はあるはずだ。


「俺は……行商人をやってみたい」

「行商人……なるほど」


 マリーは足を止め、俺に振り返った。


「良いと思いますわ! 何事もやってみるべきです!」


 俺に楽しそうな顔を向ける彼女には、これからやることへの勇気がもらえた。


――――


 あとがき


 いよいよ異世界の旅が始まります!


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