第21話 高くそびえるオベリスク

 翌日、俺たちは無事にシールディアの町にたどり着いていた。


 町に着いてすぐ宿【銀盾停】にチェックインし、各々部屋で休憩した後、食堂で昼食をとることにした。


 昼食が運ばれてくるのを待つ間、窓から外を眺める。ここからでも鉄の塔を見ることができた。あれがオベリスク……二十メートルはあると聞いている。


「あれをドラーベ王国まで運ぶんだよな」


 窓の外を指さしながらノワに尋ねた。彼女はこくりと頷く。


「はい。ナオトさまにはあれを運んでもらいます」

「収納できるかな。いや、収納できるとは思うんだが」


 そこへ食事が運ばれてきた。パンとチーズ、それと肉の入ったスープ。美味しそうだ。


「昼食が終わったら、すぐに柱のところまで向かうか?」

「いえ、先に領主様と話をします。我々が訪れることは前もって知らせています。夕方、領主様の元へ向かいますよ」


 ああ、そういえばリリウムと話をした時に、そういう流れになると聞いていた。思い出したよ。


「ところで、ここの領主様ってのはどんな人なんだ?」


 尋ねるとノワが、こいつまじか、とでも言いたそうな顔をしていた。あ、凄い有名人だったりするのかな?


 マリーが説明してくれる。


「シールディアの町を治めるのはパルス王の甥にあたる公爵様ですわ」

「それは、すごい大物だな」

「食事が終わったら、身なりを整えて、心の準備もしておきましょう」


 その後、宿で色々と準備を済ませ、夕方には領主様の元へ行く。リリウムが事前の交渉を済ませてくれていたおかげで、ほとんど形式的な話をし、その後で役人さんと事務的なやり取りも済ませた。


 宿に戻り、夕食を済ませ、クローバーの毛をくしでといてやった。クローバーの体毛はもふもふしていて、撫でると気持ちが良いのだ。


 夜も遅くなったころ、宿に役人がやってきた。痩せぎすで白髪交じりの老人だ。名前はアンドリューというそうだ。


「ナオトさま、お迎えに上がりました」

「ああ、行こう」


 役人に応え、宿のチェックアウトをする。マリーたちと共にオベリスクの元へ向かう。その途中、役人が声をひそめて俺に言った。


「オベリスクは長年この町のシンボルでした。それが無くなれば、いくらかの騒ぎになることは避けられません。そのため、ナオトさまには夜のうちにオベリスクを運び、町の外へ出てもらいたい」


 俺は頷く。明かりも少ない深夜の町で、それが相手に見えているかは分からなかった。


「任せてください。夜のうちに、あの柱は運んでしまいます」

「……しかし、どのようにしてあの巨大な柱を運ぶというのでしょうか。領主さまは問題ないと話されてはいましたが……いえ、私が疑問に思う必要はないのでしょう。リリウムさまから話があり、領主さまは納得された。その事実があれば充分なのだと思います」


 やがて俺たちは大きな広場へ到着した。円形の広場の中央には天高くそびえる柱の姿があった。オベリスク……とんでもない大きさだ。


「……私はここで失礼します。門の外に出られるよう、すでに話は通しています。では」


 そう言って役人は去っていった。ここからは俺の仕事だ。鞄から魔法の書を開いて柱へと近づいていく。


 柱まではゆるやかに階段が連なっている。こけないようにカンテラの明かりを頼りに降りていく。柱の根本までやってきた。そこで魔法の書が光った。これは、いつものやつか。


「久しぶりですのね」


 マリーの言葉に振り返り、頷いた。彼女の横ではノワが目を丸くして驚いていた。


「……ある程度のことはリリウムさまから聞いていましたが、光る魔導書とは……」

「新たな魔法が本に増えたようだな」


 新たに増えた魔法は『シールディアポート』と『シール』の二つ。一つ目の魔法はこの地に転移する魔法だと思うが、二つ目の魔法はどういうものだろうか。今は試している時ではないな。これらの魔法を使うのは後のことにしよう。


 魔法の書から目の前の柱へ視線を移し、俺はあることに気が付いた。柱に文章が刻まれている。俺はその文章を口に出して読んでみた。


「いつか来る子孫に封印の魔法を託す。『シール』の魔法をむやみに使わないように」


 つまり……先程覚えた『シール』は封印の魔法ということか。あと、たぶんこの魔法は危ないものなんだろう。


 さて、やるべきことを思い出せ。新たな魔法のことは気になるが、今はオベリスクを運ぶのが先だ。


 俺はオベリスクに減れて呪文を唱える。


「アドミト」


 天高くそびえる柱は、俺の魔法によって異空間に収納された。


 その後、俺たちは夜の内にシールディアの町を後にした。町の住人がほとんど寝ていたからか、俺たちが町を離れるまでは騒ぎになることはなかった。役人が言っていたように城門を通るのも簡単だった。


 それからは夜通し歩いた。それはもう歩き続けた。なるべくシールディアの町を離れるためだ。


 夜通し歩き、隣の村に到着したところで、ようやく俺たちは足をとめた。今日はこの村でゆっくりしよう。


「それにしても」


 と、不思議そうにマリーが言った。俺は村の入り口近くにある建物に背を預けていた。


「ナオト、あの柱の文字が読めたのですね。わたくし、以前あの柱を観に行った時に、柱に刻まれた文字を読めなかったのを覚えていますわ」

「どうも柱に刻まれていた文字は魔法の書に書かれてるのと同じ文字だった……ように思えた」

「さらに気になるのは、あなたが言っていた子孫という言葉ですわ。あなたと空間魔法との繋がりはわたくしが考えていたより深いものなのかもしれませんわね」

「……そうかもしれないな」


 魔法の書は俺の祖父が保管していた物だったが、俺と空間魔法との間には、どのような繋がりがあるのだろう。今はあまりにも情報が足りない。


「魔法のことは気になるが、それより今は休むことを考えよう」


 俺は建物から背を離し、クローバーのあごの下を撫でてやった。彼は気持ちよさそうに目を細めていた。


「この村の宿を探そう。たぶんあるはずだ」

「無ければ野宿ですわね」

「君はこの村に来たことが無いのかい? 来ていると思ってたし、村に宿があるかどうかも知っているかと思ったけど」

「野宿と言ったのは冗談でしてよ。この村の宿は芋料理がとくに美味しいのですよ。他の料理もなかなかのものですわ」

「それは楽しみだ」

「ウォン」


 クローバーが吠え、ノワが頷いた。俺たちは村の宿を探して再び歩き出すのだった。

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