第22話 ポテトヘッド村
俺たちが今居る場所は【ポテトヘッド村】というらしい。なんとも変な名前に思える。
村の宿【芋頭停】にチェックイン。今日はここで一日ゆっくりするつもりだ。昨日は色々あって忙しかったからね。
村の主人に何をやっているのかと聞かれ、行商人をしていると答えると彼は「塩はあるか」と聞いてきた。
「もちろん、ありますよ」
「なら、塩を売ってほしい。ちょうど買いたかったんだ」
「酒や甘いものなんかもありますよ。ついでにどうです」
「ワインがあるなら欲しい。売ってくれ」
「では、ちょっと待っていてくださいね。外に置いてあるのをとってきますから」
「窓の外に荷馬車は見えないが……」
店主は不思議そうな顔をしていたが、深く追及してくることはなかった。
俺は外に出て鞄から魔法の書を取り出す。もちろん、外に商品を置きっぱなしにするというような不用心はしない。ただ、魔法のことはなるべく知られないようにしたいのだ。どこで悪党が魔法の書の話を聞き付けてよからぬことを考えるか分かったものじゃない。
「……とはいえ、いつかは広く知られることは避けられないだろうが」
秘密をずっと秘密にし続けることは難しい。そう思いながら呪文を唱える。
「チョイス」
手元に常温のワインと塩の入った瓶を出現させた。そうして宿に戻り、主人にワインと塩を売った。それから、村で商売をしても良いか主人に尋ねる。
「勝手にしたらいいさ。ここに来てる行商の連中はいつも勝手にしてる。村長も行商人は歓迎してるよ」
「それはありがたい」
「ま、宿で朝食を食ってから商売を始めると良い」
「メニューは?」
「今朝はパンとポテトサラダ、あとはポテトスープだな。次の料理はまた後で考える」
「そいつは良いね。最高だ」
朝食を済まし、俺たちは二手に分かれた。ノワとクローバーは宿で休むという。対して俺とマリーは外で商売だ。稼げる時に稼いでおかないといけない。まあ、のんびりやるが。
宿の外、日陰に露店を開き商品を並べる。塩、酒、そしてアイスクリーム。一部の酒とアイスクリームの入れ物は雪の詰まった桶に居れ、上から藁を被せる。これでしばらくはもってくれると良いのだが。
それと忘れてはいけないのがかき氷。これは注文があればその場で作る。雪の杖とシロップがあればどこでも作れる。
露店を開いた俺たちに村の人間が興味を持って近づいてきた。マリーが元気よく客を呼び込む。
「さあさあ! 旅の商品はいかが! 塩と酒とアイスクリーム! アイスクリームはこの店でないと食べられませんのよ! それにかき氷もありますわ!」
昨日夜通し歩いてこの村までやって来たというのにマリーはまだまだ元気そうだ。流石は冒険者といったところだろう。
店に寄ってきた客たちに俺とマリーは二人で対応する。
「塩を売ってほしい」
「ええ、どれくらい必要ですか?」
俺が塩を売る横では。
「酒だ。酒を売ってくれ」
「よろしくてよ。冷たいものとそうでないもの。どちらが必要でして?」
マリーが酒を売っていた。売れ行きは好調で。
「アイスクリームとはどのようなものかのう?」
うちの目玉商品に興味を持った客も現れた。俺は愛想よく応じる。
「冷たくて甘いお菓子ですよ。クリームを冷やして固めたものです」
「ふむ。おひとつ、いただこうかの」
俺はアイスクリームを客に売る。彼はその場でそれを一口食べ「おおっ!」と唸った。
「こりゃあ美味い!」
彼の言葉に村人たちがざわついた。どういうことだ?
「食通の村長が唸るなんて!」
「美味いに違いない!」
「私にもそのアイスとか言うのをひとつ頂戴!」
おお! 盛況だ! ここが売り時だぞ!
「アイスクリームは充分に用意してますよ! それと、ワインも一緒にいかがでしょうか! アイスに冷たいお酒をかけて食べるのも美味しいですよ!」
俺がはきはきと言ってみせると誰かがごくりとつばを飲むのが分かった。
「おう、売ってくれ!」
「やっぱりふたつ! ふたつ買うわ!」
「わしはアイスに酒をかけてみたいぞ!」
良いね! ここで売れるだけ売ってやる!
俺たちは昼前には店じまいにした。売り上げはかなり良かった。中でもアイスクリームが特に売れ、露店に用意していた分は全て売れたほどだ。ひとつ五百ガルドは強気な値段設定だと思ってたけど、案外売れるものだ。
かき氷は思ったほどは売れなかった。というかアイスクリームの方に注文が行ってしまうようだな。
「さて……そろそろ宿に戻るか。昼も近いし」
「お疲れ様でした。宿に戻るのに賛成ですわ」
俺はマリーの顔を眺める。彼女は「なんですの?」と言って優しく微笑む。彼女に大事なことを言っていなかったな。
「ああ、お疲れ様。露店を手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして。ですわ」
宿に戻り昼食をとる。バターポテトをいただく。
バターの良く染みた芋を食べながら思い出す。エルパルスの前で出会った芋売りの少女は今頃どうしているだろうか。そんな考え事をしているところに誰かがやってきた。俺は顔を上げ、彼女の顔を見た。
一瞬、俺は疲れのせいで幻でも見ているのではないかと思った。彼女が丁度、俺の考えている人物だったからだ。
「あんたら、久しぶりだなあ! こんなところで出会うなんて!」
彼女は紛れもなく、いつか出会った芋売りの少女だった。
「あら、あなたはあの時のお嬢さんではありませんか」
「ウォン!」
「……皆さんのお知合いですか?」
マリーたちが各々反応する中、俺はなんだかとても嬉しい気持ちだった。そして、前にあった時は聞かないままでいたことを聞きたくなった。彼女の名前を。
「本当に、久しぶりだね」
「おう、久しぶり。あんたらが元気そうで良かった」
「ああ、元気にやってるが、俺はあんたじゃなくてナオトだ」
「これは失礼。ついでに私も自己紹介させてくれ」
そして彼女は名乗る。
「私はフレアっていうんだ。名字は無いよ」
そう言って笑う彼女にマリーたちも各々自己紹介した。
「ナオトにマリーにクローバー、それとノワだな。覚えたぜ」
「俺たちはドラーベ王国の首都を目指して南下してるが、フレアも同じなのかい?」
「そうだな。うちも最終的な目的地はドラーベの首都だ。ただ、しばらくはこの村に滞在をするかな」
「へえ。それはどうして?」
尋ねると彼女は嬉しそうな顔をして応えてくれた。
「毎年、この時期はこの村で農作業とか宿の仕事を手伝ってるんだ。その代わりうちは宿にただで泊めてもらって、芋を収穫する時にはいくらか譲ってもらう」
「それは楽しそうだね」
「楽しいぜ。よければナオトたちも、うちと一緒にこの村で働いていくかい?」
それは興味を惹かれる提案ではあったが。
「ナオトさま。我々は目的地へ急がねばなりません。何日も滞在することはできませんよ」
ノワに言われ、フレアの提案は断ることになった。
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