第20話 エルパルスから南へ
リリウムからの手紙が届いた日の午後、俺たちは商人ギルドの応接室へやってきていた。薄いカーテン越しに柔らかな日光が部屋に届く。
俺とマリーに向かい合って座るのはリリウムと一人の少女。俺たちの横にはクローバーが控えていて、リリウムたちの横には以前も見た執事の少年が控えていた。
「以前話していたものの用意が出来ました」
「助かります。こちらは明日の朝にでもエルパルスを発てると思います」
「それで、あなたたちに同行することになる職員なのですが」
リリウムは横目で隣に座る少女を見た。彼女は黒髪のポニーテールで黒い服を着ていた。瞳は鮮やかな青色をしていたが、全体的に地味な印象を受ける。歳は十七か十八かな……
二十はいっていないだろう。
黒髪の少女はぺこりとお辞儀をした。彼女の所作は完璧で美しく感じられた。こちらもお辞儀を返す。
「ノワと言います。よろしくお願いします」
「ナオトだ。よろしく」
「マリーよ。よろしくお願いいたしますわ」
ノワは何か言う代わりに軽く頷いた。
「……見ての通り、この子は口数の少ない子ではありますが、優秀です。何か困ったことがあれば、いつでも彼女に相談すると良いでしょう」
それから話題は俺たちのこれから向かう場所について。そして俺が頼んでいたいくつかの物についてへと移っていった。話がまとまり、俺たちは商人ギルドの倉庫へ案内された。そこまで案内してくれたのはノワだ。彼女は倉庫へ移動するまでの間、ほとんど言葉を発さなかったし、その間に俺たちから彼女へ話かけることも無かった。なんとなく気まずい空気があった。
「……ここにナオトさまから注文されていた物をまとめています」
倉庫の中に入ると、大量の塩や砂糖などの調味料、食材や様々な種類の酒が用意されていた。
「凄いな。食品の山だ」
これだけの量を良く用意してくれたとリリウムには感謝しなくちゃいけない。
「それじゃあ……ちゃっちゃと収納しちゃうか」
リリウムのことだ。空間魔法のことはすでにノワにも説明しているだろう。隠す必要はない。
鞄から魔法の書を取り出し、食品の山へ手を向けた。そして呪文を唱える。
「アドミト」
俺が振り返るとノワが目を丸くしているのが分かった。無口なだけで感情に乏しいわけではなさそうだ。
「……何か言いたいことがあれば遠慮なく言ってくれ」
そう言ってみたのだが。
「いえ……少し驚いただけです」
彼女が言ったのはそれだけだった。一緒に旅をするなら仲良くやっていきたいが、彼女はまだこちらに心を開いてはくれないようだ。まあいいさ、仲良くなる時間は充分にあるはずだ。
その日は解散となり、翌朝に城門の下で待ち合わせることになった。ノワを置いて勝手に行くようなことはしない。そんなことをすればリリウムを敵に回すことになるだろう。オベリスクの件を考えるに、彼女は国同士のいざこざに首を突っ込める程度には偉い人物だ。そんな相手を敵に回すほど愚かなことはしない。
俺たちが泊る宿、平原亭での最後の夜。宿の主人に頼んで夕食はマリーの好きなものを作ってもらった。何でも言ってみるものだな。彼女はパスタ料理を美味しそうに食べていた。
翌朝、城門の下で俺たちはノワと合流する。
「おはよう!」
「ごきげんよう!」
「ウォン!」
俺たちが勢いよくあいさつしたからかノワは驚いている様子だった。それは彼女の表情から分かる。彼女は落ち着きを取り戻すと綺麗なお辞儀をした。
「……おはようございます」
「まず俺たちはエルパルスの南にあるシールディアの街を目指す。そこに間違いはないな」
「間違いありません」
「よし、シールディアを目指して出発だ」
俺は最後にエルパルスの街を眺めた。十日ほどの滞在だったが、この街では色々なことがあったと思う。
「ウォー?」
「ナオト。行きますよ」
「ああ、すぐに行くよ。ちょっとこの街を名残惜しんでいただけさ」
言いながら俺は街を背に歩き出す。横にはマリーとクローバー。すぐ後ろにノワも続く。
城門から出発してしばらく、平原の道を歩いていた俺はふと足を止め、後方へと振り返った。マリーたちも足を止める。エルパルスの街もだいぶ小さく見えるようになっていた。
後方に居たノワは俺が何を見ているのかすぐに気付いたようで、彼女も振り返り街を眺めた。
「良い街だった」
「エルパルスを気に入ってもらえましたか?」
再び前を向いたノワにそう訊かれた。彼女から俺に何かを尋ねられるのは、その時が初めてだった。
「ああ、良い街だったよ。南への旅が終わったら戻って來る予定だ。リリウムには今回の旅のことは報告しないといけないしね」
俺の返事を聞いてノワが何かを言うことはなかった。彼女はただ嬉しそうな表情をしていた。
俺は前を向いて歩き出した。足を止めていたマリーやクローバーも同じように歩き出し、ノワも後ろに続く。
平原の道を歩きながら考える。そういえば、リリウムと会話をしている時にひっかかりを覚えるタイミングが合った。いつだったろうかと思い返してみる。
昨日の話し合いの場で、リリウムに訊かれたことがある。彼女は確信を持ったような口ぶりで訊いてきた。「あなたの転異魔法には制限があるでしょう」と。たぶん、あの場で嘘を言っていても見破られただろう。俺は転異魔法である程度決まった場所にしか移動できないことを白状した。そのことで、彼女は俺を責めたりはしなかった。その代わりに「私の部下を旅の役に立ててください」と言ってきた。
ああ、そうか……俺は今回の旅に、商人ギルドから同行者がつくことに違和感を覚えていたのだ。
今になって思い返してみると、リリウムが南へ向かう俺に同行者をつけると言っていたのは、俺の転異魔法に穴があると知っていたからだ。そうでなければ目的地まで転異魔法で飛んで戻って来るだけの簡単な仕事になると思うはずだ。
その時の俺はリリウムに転異魔法の制限があることを話していなかったのに、どういうわけか彼女はそのことを見越していた。どうして彼女は俺が話していないことまで知っていたのか……彼女、そこら中に密偵でも放ってるんじゃあるまいな。恐ろしいエルフだ。
リリウムについてあれこれ考えるのは一旦やめておこう。やぶをつつくと蛇が出てくるかもしれない。その蛇を避けるために有効なのは、そもそも怪しいやぶには近づかないことなのだ。
「……ナオト。ぼぉっとしているようですが大丈夫でして?」
マリーに声をかけられ、そちらを見た。彼女は少し心配そうな表情をしていた。
「この時期は熱中症にも気をつけなければなりません。少し休みますか?」
「いや、まだまだ歩けるよ。ぼぉっとしているように見えたのもちょっと考え事をしていただけなんだ」
「そうですか。ですが無理は禁物でしてよ」
「ああ、気を付けるよ」
南への旅は始まったばかりだ。
――――
あとがき
一行はエルパルスを離れ、ドラーベ王国の首都エルドラーベを目指します!
少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いいたします。
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