第19話 ホオジロウとの別れ
二日が経過した。アルマ図書館で調べものをしているが、望んだ情報は得られていない。明日こそは欲しい情報を見つけたい。まあ先にリリウムからの返事が来たならそれでも良いのだが。
宿に泊まって一週間になるので一週間分の支払いをまとめて払おうとした。すると宿の娘さんが「宿代なら商人ギルドの方から、まとめていただいてます」と言われた。それはありがたいが、いつの間に……まあ良いか。
調べものを始めて三日目。俺たちは今日もアルマ図書館へやって来ていた。
「さ、今日も調べものをしていこう」
図書館は非常に広い。三階建ての建物は端からまで歩くのに一分以上かかる。そんな広さの建物が三階まであり、いくつも並ぶ本棚には大量の書物が納まっている。
主に調べているのは異世界へ移動する方法や、異世界人についてのことだ。一応、何も分からなかったわけではない。新しい情報もないわけではないのだが、古代に居たとある人物は異世界人だったのではないだろうかとか、古代の文明はもしかすると異世界の人間によってもたらされたのかもしれないとか、古くてふわっとした情報しか手に入らないのだ。
「故郷に帰れないなら帰れないで良いが、調べものがほとんど収穫なしってのも悔しいな」
そんな独り言を言いながら本棚に並ぶ背表紙を眺めていた。
「もし、ナオト。良いかしら」
ささやくような声が耳に届いた。振り返ればマリーとクローバーの姿があった。いつもは「ウォンウォン」と吠えているクローバーだが今日は大人しくしている。図書館がどの様な場所か理解しているのだろう。賢い子だ。
「……この本はあなたの役に立つかもしれませんの」
マリーから本を受け取り表紙を確認した。【ドラーベ王国の異邦人】というタイトルの本だった。
「読んだの?」
「ざっと流し読みですけどね。内容をかいつまんで教えましょうか?」
「それは嬉しいが、自分のほうでも読んでみよう。その間マリーは他に何かないか調べてほしい」
「任されましたわ」
俺は図書館に設置された椅子に座り、マリーから受け取った小説を読んでいく。
最初から最後までしっかりと読み、たぶん二時間程度経過したと思う。本の内容は歴史ものの小説みたいだった。
「……なるほどね」
その小説に書かれていることが、どこまで事実かは分からない。だが、どうやらそれは三千年ほど前のドラーベ王国の歴史をベースにしているらしい。作家の言っていることが正しければ……だがな。
内容をまとめるとこうだ。三千年前のドラーベ王国では邪悪な竜が暴れていた。そんな王国へ突然やってきた女が居た。彼女はとても遠い場所からやって来たのだという。彼女は竜に苦しめられていたドワーフたちにある提案をした。巨大な弩を作り、竜を撃退するのだと。そして巨大な弩が作られ、それに見合った巨大な矢が用意された。竜との戦いがあり、切り札の弩から放たれた矢は邪竜を撃ち抜いた。こうして戦いが終わり、ドラーベ王国に平和が戻った……という話だ。
「巨大な矢というのはもしや……」
ある考えが頭を過ぎったが……いや、それは想像の域を出ない。結論を急ぐのはやめておこう。
本を読み終わって考え事をしていた俺の元へマリーたちが戻ってきた。
「どうでしたか。その本は役に立ちましたか? こちらは成果無しですの」
「君から勧められた本は興味深い内容ではあったが、故郷へ戻る方法は分からなかったな。でも、ありがとう。役に立ったよ」
俺の言葉に対しマリーは複雑そうな顔をしていた。うん……もうちょっと使う言葉を選ぶべきだったかもしれないな。
その後、俺は新たに気になることがあり調べものを続けた。
「パルス王国の戦史ですの?」
「ああ、ちょっと新しく気になることがあってね」
「それは分かりましたか?」
「一応ね。パルス王国とドラーベ王国との間で特に大きな戦争があったのは二千五百年前のことなんだな。二百年ほど前にも二つの国では小競り合いがあった。この二つの国は結構何度も戦争している」
「ええ、わたくしも昔、故郷の学園でそのように習いました」
「だとすれば、だ。時系列的にはおかしくない」
マリーは俺の考えていることが分かっているような顔をしていた。反対にクローバーは何も分かっていないような顔で首をかしげていた。
しばらくして、閉館の時間となり俺たちは図書館を後にする。
宿に戻り、今日もホオジロウと一緒に食事を楽しんだ。昨日から冒険者パーティらしき少年少女のグループが宿に泊まっているのだが、彼らはホオジロウを怖がっているからだろうか、こちらには寄ってこなかった。
「今日は宿の主人に頼んで白身魚のムニエルを作ってもらったんだ。僕は平原亭での食事はこれが一番気に入った!」
「それは良かった。俺もこの料理は気に入ってる」
「わたくしたちも明日にでも何か注文してみましょうか。ナオト」
「ああ、それは良いね。ナイスアイデアだ。マリー」
「君たちはいつも仲が良くて楽しそうだね。見ているこっちも元気を分けてもらえそうだ」
食事を終え、俺たちは宿の食堂を離れる。明日は朝早くからホオジロウを見送ることになっている。今日はさっさと風呂に入ってから寝てしまおう。
翌朝、鳥のさえずりを聞きながら俺たちはホオジロウを見送るべく宿の前に立っていた。彼は朝の早いうちからエルパルスの北にあるタムリア村を目指すようだ。
「ナオト、マリー、クローバー。君たちと過ごせて本当に楽しかった」
「こちらこそ、楽しかった」
「そんな君たちに送りたいものがあるんだ」
彼はそう言って鞄から一本の杖を取り出した。一メートルほどの、長い杖だ。先には火属性の魔石がとりつけられている。
「ナオト。君が持ってきた魔石を使ったんだよ。魔石にはファイアーボールの魔法が刻印されている。良ければ使ってやってくれ」
「そんな、良いのかい?」
「ああ、好きに使ってくれて良いし、ずっと閉まっておいても良い。ただ、大切に扱ってもらえると僕は嬉しい」
俺はホオジロウから杖を受け取った。しっかりとした感触が手に伝わる。
「……分かった。大切にするよ。ありがとう」
「じゃあ……またどこかで会おう。皆、元気で」
「また会おうな」
「ええ、元気で」
「ウォン!」
俺たちはホオジロウの背中を見送り、彼の姿が見えなくなるまで、ずっとそこに立っていた。
「……ナオト。宿に戻りましょうか」
「そうだな。朝食の前に水風呂でも浴びるとするよ」
「ウォン」
その日、朝食のオムレツを食べながら俺たちは今日の予定について話し合っていた。宿の娘さんがそこへやって来て、俺は一通の手紙を受け取った。差出人は商人ギルドだ。
そろそろ、この街を離れるころなのだろう。
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