第39話 開店!

 酒場の開店準備は順調に進み、秋が始まるころには酒場【クローバー】が開店した。店の名前は俺たちの仲間クローバーからあやかったものだ。


 ドラーベ王国だけでなく、パルス王国の酒も取り扱い、芋のチップスを始めとした珍しい料理が客たちの注目を集めた。


 今日もフレアが料理を作り、それをドワーフのウエイトレスさんたちが運ぶ。彼女たちは小柄だがガタイが良く、俺くらいなら簡単に投げ飛ばせそうなくらいのパワーがある。そんなエネルギッシュな女性たちに会うためやってくる客も多かった。


 マリーがどこかから捕まえてきた吟遊詩人も店を盛り上げてくれている。彼女の歌は客たちに大好評だった。


 すでに開店してから一週間が経っている。店の売り上げは上々、滑り出しは順調だ。


 そんな中、事件は起きた。何の前触れもなくアルド王が酒場へふらっと現れたのだ。お供の数は少ないが、それでも王様が来たとなると緊張する。それは俺だけでなく、フレアやウエイトレスたちも同じようだった。


「ふ、フレア。お、王様に出す料理は出来ているか」

「だ、大丈夫。いつも通りの料理でも、あ、味には自信がある」


 料理はきっと大丈夫だ。彼女を信じよう。俺は俺がやるべきことをするのだ。


 アルド王に挨拶しに行き、店一番の酒を出した。彼は上機嫌にそれを呑みながら言う。


「ナオト。随分繁盛しているようだな」

「はい。おかげさまで」


 彼はうんと頷き、楽しそうな顔をした。


「ここの酒は美味いな。料理にも期待しているぞ。珍しいものを出すと聞いているからな」

「ええ、すぐに用意します」


 厨房でフレアを手伝い、完成した料理は俺がアルド王の元へ運んだ。


「ほほう。これは」


 出したのはハンバーガーと芋のフライ。この店一番の人気商品だ。店を開く前、俺からフレアにハンバーガーとフライのセットを出せば売れるのではないかと提案して、彼女もそれをいけると判断してくれた。しかし、これは王様に出す料理として正解なのか? 冷や汗が額を流れるのが分かった。


「どれ、いただくとしよう」


 アルド王はハンバーガーへ豪快にかぶりつき、それから芋のフライにも手をつけた。彼はもぐもぐと口を動かし、食べ物を喉に通してから「良いな」と言った。


「美味いな。気取った感じが無くて実に良い」


 彼はにやりと笑って俺を見た。


「ここだけの話だが、余は王宮の気取った料理はあまり好かんのだ。王宮の料理長や側近に文句を言っているのだが、なかなか聞き入れてもらえなくてな。だからこうやってお忍びでお前の店にやって来たと言うわけよ」


 お忍びに……なっているのだろうか。今、店に居る者は皆ここに王様が来ていることは分かっているだろう。陽気に歌って飲んでいたドワーフたちも流石に王の前では大人しくなっている。そんな空気をアルド王も感じ取ったのだろう。彼は立ち上がってグラスを掲げた。


「お前たち! せっかくの酒場なのだ! 存分に飲んで歌うがよい! 今日の酒代は余が出そうではないか! 無礼講だ!」

「「「おおおー!」」」


 酒場のドワーフたちから喝采が上がった。そして彼らは夜が明けるまで飲んで歌った。


 その後、俺の店にはある噂が広まった。王様がお忍びで飲みに来る酒場。そのような噂が広まると客はますます増えた。開店からしばらくは俺がフレアの調理や人が足りない時の給仕を手伝っていたのだが、そろそろ人を増やすことにした。


 ノワと相談しながら必要な人材を補充し、そろそろ新しい酒や食材を探したい時期になっていた。そこで、ある日に俺はノワやマリー、フレアを集めて会議を開くことにした。酒場のテーブルを囲んで座り、店の隅ではクローバーが丸くなって眠っている。


「……つまり、店も順調ですし、ここは私とフレアさまに任せて新たな酒と料理を探す旅に出たいというわけなのですね?」


 確認するように言うノワに対し、俺は頷いた。


「君たちになら、店を安心して任せられる。俺には転異魔法があるから、旅をしながらでもちょくちょく、こっちに戻って来るつもりだ。店には新しい刺激を入れ続けたいし、旅をして転移できる場所を増やせば、それだけ多くの場所から食材を取り寄せることもできる。どうだろうか?」


 俺の言葉を聞いてフレアは少し考えているようだったが、やがて「良いんじゃないか」と言ってくれた。


「うちはこの店の料理をどうするか最終的な決定権を貰ってる。ナオトが旅に出て、それがこの店の役に立つって言うんなら、うちから反対意見は無いよ」


 ノワやマリーも同意見のようだった。ならば、早速旅に出たい。


「明日にも、旅に出ようと思う」

「明日ですか!?」


 驚くノワに「そうだよ」と返す。


「善は急げ、だろ」

「それはそうかもしれませんが……」


 心配そうな視線を向けてくるノワ。彼女が俺を心配してくれる気持ちを嬉しく思いながらも、俺は言う。


「大丈夫さ。俺には心強い案内人が居るんだから」


 するとマリーが嬉しそうに笑った。


「嬉しいことを言ってくれますのね。なら、わたくしはあなたの期待に応えなくてはなりませんわ」

「よし、決まりだな。明日にでも出発しよう」

「ところでナオト。どこに向かうかは決めていますの?」


 マリーに問われ、俺は考える。実はまだどこに向かうかは決めていなかったのだ。


「そうだな……北は、これから向かうにはもう寒いか。なら、西かなあ」

「西ですと……南西の都市ヴェールを目指すのがよろしいかと思いますわ」

「へえ、そこはどんな都市なの?」

「ユーロン大陸の中でもとくに商売が盛んな場所です。きっとナオトの刺激になることでしょう」


 商売の盛んな場所か。それは楽しみだ。きっとまだ見ぬ食材なんかとも出会えるだろう。


「では明日の朝から出発しよう。久しぶりの旅だと思うと楽しみでならないな。もしかしたら今日は眠れないかもしれない」

「そんな、子どもじゃないんですから」


 呆れた顔を向けて来るノワだったが、ふっと微笑み「気を付けて行ってきてくださいね」と言ってくれた。


 会議は終わり、俺とマリーは明日からの旅に備え、色々と買い物に出かけた。これからの季節、アイスクリームやかき氷を売るのは難しいだろうが、塩や酒は安定して売れると思う。他にも売れそうなものがあれば考えたい。


 ともかくだ。明日からは新たな街を目指して旅をする。俺の旅はまだ続くのだ。


――――


 あとがき


 もうちょっとだけ続くんじゃ。

 次回で一旦完結となります。


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