第38話 雇用と条件

 転異魔法を使い、俺は目的の人物に会うためポテトヘッド村へとやってきた。村に直接転移できると良かったが、近くの遺跡から村まで歩くことになった。


 村人に話をして、探し人の居る場所を聞くことができた。俺は村の畑へ向かい、脚を止めた。


 目的の人物は丁度、畑仕事を終えたところのようだった。俺は彼女に声をかける。


「フレア、久しぶり!」


 声をかけられた少女フレアはこちらに気付くと元気よく手を振ってくれた。


「おーナオト! 久しぶり! 元気にしてたか!」

「ああ、元気にしてる!」

「それは良かった!」


 フレアの元に行くと彼女が手を差し出してきた。その手を握ると彼女は勢いよく、ぶんぶんと振った。


「うちの方も元気だよ。ポテトヘッド村での仕事が終わったから、これからエルドラーベを目指そうと思ってたんだ。聞いた話じゃ黒葉山の魔獣が討伐されたそうでね。なら安心してあっちのルートを進めるってもんだよ」

「そのことなんだが、フレア。エルドラーベに行くんだよな?」


 彼女は「そうだぞ」と頷く。うん、それなら俺から提案できる。


「なあフレア。エルドラーベで俺の仕事を手伝ってみないか?」


 その言葉を聞いて彼女の表情が変わった。元気が取り柄の少女から、商人の顔になった。


「ほう、ビジネスの話か。まずは詳しく聞かせてくれ」

「乗り気だな」

「うちが乗り気になるかどうかは、ナオトの話次第だ」

「ああ、それじゃあ聞いてくれ」


 俺たちは近くの木陰に移動した。そこに腰を降ろし、お互いに向き合う。


「まずは単刀直入に、俺はエルドラーベで酒場を開く。そこでの料理人を探している」

「ほほう」


 彼女には腹を割って話すことにした。俺が空間魔法を使えることや、パルス王国の商人ギルドから特別な仕事を受けたこと、ドラーベ王国での邪竜退治や、その褒美として王に酒場を開くことを認めてもらったこと。それらの話をフレアは真剣に聞いてくれた。


「なるほど。大冒険だったんだなあ。それにしてもナオトが珍しい魔法を使えるとはな。そのことにも驚かされたよ」

「自分で言っといてなんだが、俺の話を疑わないのか?」

「ナオト、あんたはうちに嘘をついてるのか?」


 そんなことはないと首を振ると、彼女は「だろうな」と言って頷いた。


「ナオト。あんたに特別な力があるように、うちにも特別な力があるんだ」

「特別な力って?」

「うちは昔から、相手が嘘をつけばそれが分かる。なんとなく、相手の目を見れば、相手が嘘をついているかどうかが分かっちゃうんだな。うん」

「それは凄い力だな」

「だろう。だから、うちはナオトのことを信じるよ。それにしても……」


 彼女はあごの下に指を当てて考える。「どうしたもんかな」と独り言を呟いた。


「……ナオト、あんたの酒場で料理人をやっても良いが、条件がある」

「可能な条件なら呑むよ」


 俺の返事を聞いて彼女は「うん」と頷き、「なら」と言って続ける。


「うちは料理の店を出すのが夢だった。それはうちがこの大陸の各地を歩き集めたレシピで、お客さんに色々な料理を知ってもらいたいからだ。だから」


 彼女は真剣な瞳を俺に向けてきた。彼女の要求は一つだった。


「酒場で出す料理は、うちに決めさせてほしい。出す酒は……ナオトが決めていい。うち意外にどんな人間を入れるか、どんな店にするかは全部ナオトが決めてくれ。でも、出す料理はうちが決める。料理だけは、うちの領分だ。そう言う条件でなら、うちはあんたの店で働く」


 なるほど。そうきたか。


 俺は考える。酒場の料理というものは、そこで出す酒と同じくらいに、いや……酒以上に大事な要素と言えるかもしれない。その全てを彼女に任せるというのは、大きな判断になる。彼女の出した条件を呑むか、これは重大な決断だ。


「フレア。俺は……君が出してくれた料理を美味しいと思った。それは簡単な料理だったけど、とても気に入ったんだ。そして君を信用のできる人間だと思ってる。だから俺は、ここまで君をスカウトに来たんだ」

「だろうな」

「そこでだ。君が出した条件を呑む前に、こちらからも一つ提案をしたい」

「ほう」


 ここは大事な場面だ。慎重に動きつつ、こちらの要求を通したい。考えろ。言葉を選べ。


「フレア。ここで俺たちが再開した時のことを覚えてるかい?」

「つい最近のことじゃないか。覚えてる」

「俺は君に簡単な芋料理を提案したね?」

「ああ」


 彼女が頷き、俺も頷く。


「芋のチップス。あれ意外にも、俺が知ってる料理を君に提案することができると思ってるんだ」

「それは……確かにそうだろうな」

「他にも、俺から提案できるものはあると思う。料理のことで、最終的な決定権は君の方にあって良い。だけど、俺からの提案を一度考えてみてはくれないかい。俺の提案は、君の助けになるかもしれない。もしかしたら、だけど」

「なるほどな」


 彼女はまた「どうしたもんかな」と言って考えているようだった。少しの時間、俺たちの間には沈黙があって、やがて彼女が口を開いた。


「料理はあくまでうちの領分。ただし、ナオトからの提案があれば、それを採用するかをうちは一度考える。そうしたいんだな。ナオトは」

「ああ、俺はそうしたい……だめかな?」


 彼女は空を見上げて「うーん」と唸った。そして。


「うちの方からも結構なわがままを言わせてもらってるからな。ナオトの提案を聞かないのは流石に虫が良すぎるな。良いよ。その条件を呑もう。ただ、脚州的な決定権はこっちに委ねてくれるってことで、良いんだな?」


 念を押すように訊いてくるフレアに俺は頷いた。


「なら、決まりだ。よろしく頼むよナオト店長」

「ああ、こっちからもよろしく頼む。フレア料理長」


 そうして再び俺たちは握手を交わした。話し合いの結果、フレアが酒場の正式な料理人として決まった。


「ああ、そうだ」


 唐突に思い出したようにフレアが言った。


「芋のチップスを、もうちょっと厚く切って揚げてみたんだ」

「ああ、芋のフライだな。美味いよね」

「その反応は知ってるのか。まあ、フライの元にしたチップスがナオトが提案してくれた料理だったしな」

「芋の切り方で特徴を出せるね。また、この村の宿で厨房を借りて色々試してみようか」

「そうだな。それは面白そうだ」


 その後、村の宿屋の厨房を借り、色々と揚げ物の試作をしてみるのだった。宿の主人も興味津々で、時間はあっと言う間に経ち、気付けば夕方になっていた。

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