第2話 魔法の書と空間魔法
「あなたの持っている本……光ってません?」
「光ってるな」
ほどなくして本が放つ光はおさまった。
「ちょっと失礼。本を確認するよ」
「ええ、そうするべきだと思いますわ」
本を開いて確認する。それが光っているところを見られたのだし、マリーに隠れて本の確認をおこなう必要はないだろう。
表紙には変化なし。ページを巡ると、始めの方に文章が増えていた。増えたのは『アドミト』と『チョイス』の二つだ。おそらく『タムリアポート』のような魔法の呪文だろう。
「新しい呪文が書かれている」
「呪文が……まさか魔導書なのですか!?」
「いや、これは魔法の書だが……」
ああ……魔法の書っていうのは本のタイトルで、この本の分類は魔導書っていうことかね。なんかややこしいな。
「ど、どんな魔法が書かれているんですの!?」
「ウォン! ウォン!」
マリーは興奮した様子でキラキラした視線を向けて来るし彼女の側でクローバーも催促するように吠える。うーん、妙に期待されてるがどうするか。たぶんこの文章……というか呪文を唱えたら何かが起こるのだろうが、何が起こるのかも分からないし。
「もしかしたら危険な魔法かもしれない。それに、君たちに魔法を見せるべきかの判断もつかない」
「でしたら私に魔法を見せてくだされば金貨一枚を出しますわ。魔法を見せるだけで一万ガルド金貨一枚。悪い話ではないと思いますが」
きっとこの世界でも金は必要になる。そう考えると彼女の提案は悪い話ではないようにも思える。しかし呪文を唱えるのが危険なのではないかという不安は残る。
「もしかしたら君に危害が及ぶかも」
「それは大丈夫ですわ」
マリーはにっこりと笑う。
「わたくし、これでもかなり強いんですの。自分の身は守れますのよ」
「ふむ……」
ならば、魔法を唱えてみよう。金貨のためだ。やってみよう。
本に書かれた呪文を唱える。その時、俺の目線はたまたま――本当にたまたま彼女の大きな胸へ動いてしまった。
「アドミト」
呪文を唱えた。だが、何も起こらない。ように見えた。
「あれ? 何も起こらないな」
俺は最初、魔法が失敗したのだと思った。だが、マリーは何かに気づいたようにハッとした顔になり、その豊満な胸を触りだした。彼女の顔がみるみる紅くなっていく。彼女はわなわなと震えながら俺を見た。
「わたくしの……」
「わたくしの?」
「ブラジャーが無くなってますわー! どこにやりましたのー!?」
「えぇ!?」
「どうにかしないとぶっ殺しますわよ!」
彼女は怒っている。殴りかかってきたりはしないが、とても怒っている。早くこの状況をなんとかしなければならないだろう。しかし、どうやって?
ここで俺は考える。本に増えた呪文は『アドミト』と『チョイス』だ。もし二つの魔法が、二つで一つの使い方を前提とするものなら、合わせて使うことが前提のものだとしたら、そう考えて俺は行動を起こす。危険かもしれないが、このまま何もしなくてもマリーに殺されてしまうからだ。
「チョイス」
呪文を唱え、俺が予想した通りの現象が起こった。
俺の手元に黒いブラジャーが出現したのだ。わあ、大きい。
「そ、それはわたくしのブラジャーですわ! 早く返してくださいまし!」
マリーは勢いよくこちらに迫り、俺が持っていたブラジャーを素早く奪い取った。
「ちょっと待ってなさい。金貨はその後ですわ!」
彼女はブラジャーを手に持って、遺跡の石柱の裏に隠れてしまった。これは、彼女の後は追わないほうが良いだろう。女性の着替えを覗くほど落ちぶれてはいない。
少しして、彼女は顔を紅くしたまま戻ってきた。恥ずかしそうな顔をしているが、もう怒ってはいないように見える。
「悪かった。ブラジャーをとったのは故意ではないんだ」
「故意だったら、ぶっ殺してますわよ」
「ウォン!」
でしょうね。でも、故意ではないと信じてくれたようだ。
「……これ以上は怒りません。魔法を見せてほしいと言ったのはわたくしですもの」
そう言いながらマリーは腰の鞄から革の袋を取り出した。彼女はそこから二枚の金貨を取り出し、俺に近づいてくる。彼女は俺の前に立ち、手を重ねるようにして二枚の金貨をくれた。
「金貨は一枚じゃ?」
「アドミトとチョイス。魔法を二つ見せてくれたのですから、金貨は二枚ですわ」
「なるほど」
金貨はありがたく貰っておく。日本に戻る方法が分からない以上、こっちのお金はあったほうが良い……あ、そうだ。
「もうひとつ、この本に書かれたもので、唱えたい呪文がある」
「あら、まだ魔法を見せてくれますの。金貨をもう一枚出しましょうか」
「この呪文を唱えて俺が消えたままならお金は要らない」
「なにか、特殊な魔法のようですわね。これまで見せてくれたものも特殊な物でしたが」
俺の予想は二つある。こっちの世界へ来るときに唱えた呪文は『タムリアポート』だ。もしかしたらこれを唱えれば日本に戻れるかもしれない。だが、もう一つの可能性も考えられる。その場合、俺は日本には戻れない。
「少し、俺から離れてくれ」
「わかりましたわ」
「ウォン」
マリーとクローバーが俺から距離をとる。そして、俺は本を持ったまま呪文を唱える。
「タムリアポート」
すると俺の視界がぐるぐると回り始めた。視界の回転は加速していき、視界が一瞬真っ白になった。そして。
「……実家ではないな」
俺の目線の先にはマリーとクローバーが居た。
「マリー、君には俺がどのように見えた?」
「一瞬消えて、それから同じ場所に出てきたように見えましたわ」
「そうか、ならこっちの予想で決定だな」
「なにが決定なんですの?」
彼女に応える前に確認しておくべきことがある。
「あーあと一応、この辺の土地が何と呼ばれてるか教えてくれ。国の名前とかじゃなくて、この辺の土地の名前だ」
マリーは不思議そうな顔をしながらも答えてくれる。
「この辺りは昔からタムリアと呼ばれていますわ。この近くにある村の名前はタムリアですし、遺跡の名前もタムリアです」
「やっぱりそうか」
「やっぱりってなんですの?」
「今唱えた魔法はおそらく、このタムリア遺跡に移動する魔法だ」
「ということは……」
マリーは考え込むようにして数秒間黙っていた。ほどなくして彼女は確信した顔で言う。
「ナオトはその魔法で遠い場所から、ここに転移してきたというわけですね」
その通りだ。理解力が高くて助かる。流石に異世界人とは思わないだろうと思っていたのだが。
「もしかして、ナオトは異世界人という存在なのでは?」
俺はぎくりとした。ここで肯定するべきか否定するべきか悩む。そうして黙っていると、マリーの顔が好奇心いっぱいの子どものようになった。
「ナオト、あなたはとても興味深いですわ! そして、あなたには異世界の案内役が必要ではなくて?」
マリーからの提案は思いがけないものだった。
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