魔法の書を手にした俺は『空間魔法』を集めながら行商の旅を楽しむ

あげあげぱん

第1話 異世界転移

 梅雨が終わり、蒸し暑い日々を感じる季節。


 大学を卒業して四か月が経った。勤めていた会社が倒産した。


 突然のことに俺も困惑した。現実を疑っても、それは間違いなく起こったこと。今の俺は無職だ。


 これからどうしよう。そんなことを考えて、当面の生活費その他諸々を得るために父の遺品を売ることにした。


 俺の両親はすでに他界し、金銭面で頼れる友人はいなかった。だが、父が残してくれた古物の数々が家には残っている。それをどうにか売れば生活の助けになるだろう。


 そんなわけで、今は実家の物置部屋に居る。ひとつひとつの価値は分からないが、壺や掛け軸などが保管されていた。まずは何がどれだけあるのかを、しっかり確認しなければ。


 あるものが目に映り、気になった。


「本か」


 それは古そうな本だった。手に取って眺めてみる。こっちは裏面かな?


 本をひっくり返してみて驚く。たぶんこっちが表面――そこにはダイヤモンドのような宝石がとりつけられていた。高く売れたら嬉しい!


「見たことのない文字だが」


 表紙に書かれた文字は間違いなく始めて見たものだった。だが不思議なことに俺はその文字を読むことができた。


【魔法の書】


 この本がとても気になってきた。適当なページを開いてみる。


 開いたページは白紙だ。パラパラとめくってみたが白紙が続いている。最期まで白紙だった。


 最初のページに戻ってみると、そこには短い文章が記されている。表紙に書かれていた文字と同じく、知らないはずの文字だ。だが読むことはできる。


 えーと、なになに?


「タムリアポート」


 そう口にした瞬間だった。視界がぐるぐると回り出す。


「なんだこれ!?」


 視界の回転は加速し、一瞬だけ辺りが真っ白になった。続いて視界に色が付き回転が鈍化していく。


 ……え?


 目に映っているものに対し困惑してしまう。だって……俺はさっきまで家の物置に居たはずなのに、今はどこか知らない場所に居た。


 外だ。


 俺の身長の倍以上もある石柱が、俺を囲むように並んでいる。まるでイギリスの有名な古代遺跡だ!


「遺跡……ストーンヘンジか?」


 ストーンヘンジのように岩が並んでいるが、その周囲は青々と茂った森だ。木々の緑葉の隙間から日光が差し込む。日本の蒸し暑さとは違う、カラッとした暑さを感じることができた。


「未発見のストーンヘンジか? イギリスにでも飛んできちゃったってのか?」


 そんなことはあり得ないと思うが、でも現実に俺はどこかへ移動してしまったようだ。こういう時、まずはどうすれば良いんだ? 家の中だったこともあってスマホなんかも持っていない。スマホがあれば少なくとも地球のどの辺にいるかは把握できるかと思ったが。持っているのは衣服と魔法の書だけだ。


 不意に背後からガサゴソという音が聞こえてきた。俺は振り返り、音のしたほうに注目する。クマだったりしたらどうするか。目を合わせながらゆっくり離れるんだっけか?


 緊張する俺の前に、草むらをかき分けて姿を表したのは――耳の長い少女だった。金髪で明るい緑色の瞳をしている。あと胸が大きい――じゃなくて、彼女が着ている服はなんだか現代っぽくない。街で見る服とは違い、登山者が着る服のようにも見えない。なんというか、ファンタジー作品の旅人が着るような服だ。中世ヨーロッパ風の世界が似合うような感じ……コスプレか?


 お互いに見つめ合って何も言わずにいたが、ふと彼女が微笑んだ。


「穴場のスポットだと思っていたのですけど、先客が居ましたのね」

「先客?」

「ええ、古代の遺跡を見に来たのではなくて?」

「ここは古代の遺跡なのか?」

「あら、その反応からすると、ここに偶然、迷い込んでしまったということかしら」


 そこで、俺はあることに気付いた。彼女が話しているのは日本語ではない。それなのになぜか意味が理解できる。それだけでなく、俺は彼女が話す言語でコミュニケーションをとれている。これはいったいどういうことだ?


 考えているうちに彼女の後ろでまたガサゴソと音が鳴った。そしてぬっと姿を表したのは、一メートルはありそうな大型犬だった。モフモフした毛の色は白い。犬種はハスキーっぽい気はするが……どうだろう?


「……えっと、その子は君の愛犬かい?」


 尋ねてみると彼女は嬉しそうに頷いた。


「ええ、そうよ。この子はクローバー。私の相棒ですわ」

「ウォン!」


 彼女に名前を呼ばれてクローバーは嬉しそうに吠えた。


「それと、わたくしも自己紹介をしておきましょうか。わたくしの名はマリーと言いますの。気楽にマリーと呼んでほしいのですわ」


 どうも彼女からは高貴なオーラのようなものを感じるのだが……彼女自身が気楽に名前を呼んでくれと話しているし、そこはあまり気にしないほうがいいかもしれない。それはともかく、名前を呼ばれたのなら、こちらも名乗るべきだろう。


「俺の名はナオトだ」

「ナオトね。黒髪黒目でその名前だと、イース島の出身かしら?」

「いや、出身は日本だが」

「日本……聞いたことがありませんわね。かなり遠くの方かしら」

「日本を知らない?」

「ええ」


 まあ、彼女外国人っぽいし、ここ外国っぽいし、それなら彼女が日本を知らないということもあるのか? いや、さっきからうっすらと可能性が浮かんではいるのだが、もしかして……もしかするのか?


「ちなみに、ここはなんという国なんだ?」

「変なことを聞きますのね。ここはパルス王国でしょう」

「それともうひとつ、ここはなんという大陸、もしくは島なのかな?」

「本当に変なことを聞きますわね。ここはユーロン大陸でしょう」


 やっぱりそうか。彼女が嘘をついていないという前提ではあるが、ここまでの情報から考えると……ここは異世界と考えるしかない。つまり俺は異世界転移という現象に巻き込まれてしまったのだ。


「……なんてこった! 最高かよ!」


 俺はわざとらしいくらいの動きで額に手を当て、感情を表現した。マリーはそんな俺を見て不思議そうにしている。


「あなた、なんでそんな急に興奮してますの?」


 彼女から不審者を見るような視線を向けられた。おっと、落ち着かないとな。でも興奮するさ! ファンタジーの世界には子どものころから憧れてたんだ!


「大丈夫、落ち着いた……ちょっとした発作なんだ。気にしないでくれ」

「難儀ですわね……あら?」


 彼女が不思議そうな表情をした。その視線の先には魔法の書があり、なぜかそれは、ぼんやりと光を放っていた。

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