第5話 村の散策

 今日はタムリア村に滞在することにした。そういうわけで俺たちは村の宿にやってきている。宿の名前は【若草亭】というようだ。


 宿は一部屋一泊食事付きで二千ガルド。チェックインは済ませ、今は食堂で昼食が出てくるのを待っているところだ。


 食堂にはいくつか丸テーブルがあるが、今使われているのは一つだけだ。俺とマリーの他には客の姿は見えない。いつもこうなのか、それともたまたま静かなタイミングなのだろうか。まあ、人が少ない方が色々と話はしやすいかもしれない。


 料理の前に出てきた水を一口飲み、それからマリーに相談する。彼女は側のクローバーを撫でるのをやめて俺の方を見た。


「これからどこに向かうか。それを決めたいと思う」

「そうですわね。ナオトはどういうところへ向かいたいんですの?」

「とりあえず人の多そうなところ。後は君と会ったところのような遺跡があれば、そこにも寄っておきたい」

「遺跡に? それはどういう理由です?」


 そうだな。その説明が必要だ。


「なんでかっていうと、俺があの遺跡に着いたタイミングで魔法の書に呪文が増えたように思えたからだ。もしかしたらあのような遺跡へ行くことが魔法の書へ新たな呪文を増やす条件なんじゃないかと俺は考えてる」


 俺の説明を聞いてマリーは納得したように頷いた。


「そういうことですのね。わかりました。わたくし、この大陸の遺跡には心当たりがありますの」

「案内してもらえると助かるよ」

「お任せになって。そうですわね。そういうことでしたら、まずはパルス王国の首都へと足を運ぶべきですわ」

「パルス王国の首都」


 マリーは「ええ」と言って説明をしてくれる。


「わたくしたちの現在地、タムリア村ですが、ここはパルス王国の首都から山を一つ越え、平原を進んだところにありますの」

「思っていたよりも首都に近いな」

「そうでしてよ。それで、王国の首都エルパルスですが、首都というだけあって人が多いですし、歴史のある場所なので都市内にいくつかの古代遺跡がありますわ」

「なるほどな。行ってみる価値はありそうだ。よし、明日の朝からエルパルスへ向かおう」


 明日の予定が決まった。そんなタイミングで宿の主人が料理を運んできてくれた。彼は調理場の方へ戻っていく。


 テーブルに並べられたのはコーンスープとスクランブルエッグ、ベーコンにふかふかの白パン。昼食というよりは朝食っぽいメニューだが、思ってた以上に美味しそうなメニューが出てきた。こういうファンタジー世界の食事はもっと粗末なものが出てくるかもしれないと覚悟していたから、これは嬉しい。


「冷めないうちに食べちゃうか」

「ええ、そうしましょう」


 ほどなくして宿の主人がクローバーのために肉の塊をもってきてくれた。彼はすぐテーブルから離れていった。


 クローバーに用意されたのは何の肉だろうか。この辺でとれる獣の肉ではないかと思うが……ともあれ、俺たちは食事を開始した。


 昼食をとりながら、マリーにこの世界のことを色々と聞く。さっき説明を聞けずにいたフェンリルハウンドという魔獣についても教えてもらえた。本当かどうかは定かではないが、この魔獣はかつて古の文明を滅ぼした大魔獣フェンリルの血を受け継いでいるのだという。ただの獣というよりは幻獣という存在に近いそうだ。


「クローバーとわたくしはもう百年以上の付き合いなんですの。故郷を飛び出してからは五十年くらい一緒に旅をしているかしら」

「え……百年?」


 ちょっと待て、じゃあこの子は今何歳なんだ?


 困惑する俺に対しマリーはいたずらぽく笑う。


「さて、わたくしは今何歳でしょう?」

「え、いや何歳って……」


 答えられずにいる俺を見ながらマリーは楽しそうにしていた。


「……ふふっ。時間切れですわ。ナオトはエルフを見るのは初めてかしら」

「エルフ……君はエルフなのか?」


 ファンタジー世界の住人で耳が長いって時点でそういう気もしていたが……しかしエルフ……そうかエルフか。


「ええ、わたくしエルフでしてよ」

「そうか。いや、納得したよ」


 ファンタジー世界で耳が長いもんな。そりゃエルフといわれても納得する。


「それでわたくしの実際の歳ですが……エルフにしては若い。とだけ言っておきますわ」

「エルフにしては、か」

「エルフにしては、ですわ」


 何歳なんだろうね。ファンタジーのエルフって平気で千年や二千年生きたりするしな。でも若いって言ってるし案外二百歳とかその辺かもしれない。


「まあいいや。他にも色々と聞きたいことがある。教えてくれ」

「構いませんわ。会話をしながらの食事というものは楽しものですしね」


 この世界ではどこで何が売れてそうだとか、そういう話を色々と教えてもらった。ただ、マリーは商人ではないから、知り合いの中でも商売に詳しい人物を紹介してくれるという話になった。


「……彼女、商人としてはうまくやっていますの。きっとあなたの助けになってくれると思いましてよ」

「それは、ぜひとも助言をもらいたいものだ」


 そうして色々と話をしているうちに皿の上の料理は空になった。皿を取りに来た主人に「美味しかった」と言うと、彼は「また食べに来てくれ」と嬉しそうに言ってくれた。


 さて、腹も膨れたことだし、ちょっと辺りを散策してくるかな。そう考えてマリーを誘うと、彼女は「よろこんで」と言って同行してくれた。


 昼食の後で村を見て回ったのだが、すぐに見るべきものはなくなってしまった。この村には民家と農地の他、あるものは雑貨屋と宿と教会だけだ。


 教会で神様に祈るなんてこともないだろう。そう思っていたが、マリーがこんなことを言う。


「ナオト、せっかくですし教会であなたの魔力を測定してみませんか? 教会の人に言えば無料で測定器を出してくれると思いますの」

「魔力の測定? そんなことができるの?」


 その話題に俺は内心テンションが上がる。きっとあれだ。魔力を測定したら、測定器の限界を越えて装置を破壊しちゃうとか、異世界人ってすぐそういうことしちゃう。俺は詳しいんだ。


「それは面白い。いっちょやってみようぜ!」

「善は急げですわ!」


 うおー待ってろ測定器! 俺の異常なパラメーターを発覚させてやるぜー!


 そう考えていたのだが……教会の測定器で検査した結果、俺は魔力無しの判定を受けるのだった。


 落ち込みはしたが、同時に疑問が生じた。


 俺に魔力が無いのなら、マリーに見せた魔法はどうして発動できていたんだ?

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