第6話 魔法の基礎

 村の散策も終わり、俺たちは宿に戻った。


「今日はまだ何かやりたいことはあるかしら?」


 マリーに言われて俺は彼女にあることを教えてもらおうと考えた。たぶん、今日はそれで一日が終わるだろう。


「魔法について色々教わりたい。俺は魔法についてはほとんど何も知らないから」


 俺の返事を聞いて彼女は「なら、部屋で色々教えますわ」と答えてくれた。


 彼女が泊る部屋に俺は来ている。最低限の家具が置かれたシンプルな部屋だ。俺が泊るほうの部屋もこんな感じだ。


 彼女はベッドに座り、俺は部屋の椅子を使わせてもらうことにした。


「では、魔法についての授業を始めましょう。とはいえ、まずは何を話しましょうか」

「できるだけ初歩の初歩から頼むよ。それでいて、分かりやすく説明してくれると助かる」

「なるほど」


 しばらくマリーは口元に指を当てて考えていた。それから、彼女は頷く。


「そうですわね……では、魔法の源となる魔石について。まずはそこからですの」

「ああ、頼む」


 彼女の言う魔石とはどのようなものだろうか。俺が持つ魔法の書には宝石がついていたが、あれと関係があるのだろうか。


「わたくしたちの世界では昆虫などを除いて多くの生物が体内に魔石をもっています」

「君の体内にも?」

「ええ、あなたの体内にも魔石はありますの?」

「いや、俺の世界では生物の体内に魔石なんてものはない」


 俺が答えると彼女は「そういうことですのね」と納得した様子だ。


「なにか納得した様子だけど、俺にはさっぱり分からない」

「では説明しますわ。わたくしたちは体内の魔石を失えば、魔法を使うための力、魔力を失います。魔道具の補助があれば体内の魔石なしでも魔法は使えますけどね」


 彼女は学校の授業のように説明を続ける。


「基本的に魔法は体内の魔石から魔力を消費しなければ使えません。ですから、教会で調べた時にあなたから魔力を測定できなかったのは、そういうことですの」

「えっと……俺の体内に魔石が無いから、魔力もない。そういうこと?」

「ええ」


 彼女は頷いた。なるほどねえ。魔石ってのがこの世界での魔法の源ってわけだ。


「じゃあなんで君と会った遺跡では俺にも魔法が使えたんだ? 体内の魔石なしでは魔法が使えないんだろう? なら、君に見せた魔法も使えなかったはずだけど」

「その理由は言いましたわよ。魔道具の補助、それがあれば、あなたにも魔法は使えます。魔道具に取り付けられた魔石から魔力を借りることで、その力を使えるということですの」

「ああ……なるほど」


 納得した。魔法の書が俺の補助をしてくれてたのだ。あれについていたダイヤモンドのような宝石は魔石だったのか。つまりあれは魔道具のひとつってわけだ。


「俺の本を君が持てば、ああいう魔法を君も使えるのかい?」

「おそらく……ちょっと本を貸してもらってもよろしくて」

「うーん……」


 悩む。まあ、彼女が俺の本を悪用することはないと思うし……出会ったばかりの間柄だが、なんとなく彼女の人柄は信用できる……気がする。


「ちょっと読んでみてくれ」

「すぐに返しますわ」


 彼女は俺から魔法の書を受け取り、難しい顔をした。


「……むむむ」


 なにが「むむむ」なんだろうと思っていると、彼女は難しい顔のまま呪文を唱えることなく俺に返してきた。


「わたくしにはこの魔導書は使えないようです」

「使えない? どうして? 魔導書についてる魔石から魔力が無くなってるとかそういう感じ?」


 今日はあの本で何度も魔法を使ったからな。MP切れかもしれない。


「いえ、魔石内の魔力は時間が経てば補充されますし、その本は魔力が満ちている状態のようです。ですが、わたくしには本に書かれている文字が読めない。これはナオトの世界の言葉ではなくて?」


 む、彼女には魔法の書の文字が読めないのか。


「俺の世界の言葉でも無いと思う。というか、文字の感じは君たちの使っているものに似た雰囲気を覚えるけど」


 なんとなく、魔法の書の文字と、村の看板などで見た文字は似ているように思えるのだ。だが、彼女が読めないということは違う文字……もしくは同じ言語でも時代が違いすぎて何を書いてるか分からない……というような感じなのだろうか?


「ふむ。であればわたくしたちの世界の古い言葉なのでしょうか。少なくとも、わたくしは百年以上生きていますが、その本の文字は読めません。こればかりは調べてみなくては」

「じゃあ、そのことは、おいおい考えよう」

「そうですわね。今は、あなたに魔法のことを教える時間ですもの」


 少し話が脱線してしまったかもしれない。話は魔法についてのものに戻る。


「さて、魔石についてもう少し話しておくことがありますわ。これも魔法学の基礎ですの」

「それはどういうものなんだい?」

「魔石は五つの種類に分かれますの。火属性、風属性、土属性、水属性、無属性といった分類ですわ。ナオトの本についている魔石は無属性のものですわね。かなり高価な物に見えます」


 へえ。無属性で高価値なのか。


「火とか風とかの属性がついているものの方が価値があるように思えるけど」

「確かに、魔石はそれぞれの属性に対応する魔法を使うための力の源となりますし、属性付きの魔石は無属性の物より高価になりやすいです。ただ」

「ただ?」


 それから彼女は俺に警告するようにこう言った。


「その本にとりつけられている魔石は並の物よりかなり高い品質を持っているように見えます。わたくしには魔石の詳しい鑑定はできませんが、素人目に見ても高価なものだとは分かります。ですから、ナオト。さっき本を貸してもらっておいて言うものでもないのかもしれませんが、それは人に触らせる時も、そうでない時も気を付けて扱うべきです」


 マリーの警告を聞いて思う。


「君は……良い奴だな」

「別に良い奴ではありませんわ。気を付けるべきことを教えただけです」


 そういうところが、良い奴なんだと思うけどね。


「とまあ、ここまでの復習をしましょう。わたくしたちは魔石内の魔力を使って魔法を使っている。魔石にはそれぞれ属性があり、その属性に対応したものと無属性の魔法を使うことができる。それだけおさえておけば魔法学の基礎は完璧です」

「思ってたより魔法ってのはシンプルだね」

「そうでもありませんわ。今わたくしが話したのは基礎の基礎ですもの。魔法は真剣に学べば奥深いものですわ」


 その日はマリーから魔法について色々教わった。残念ながら魔力のない俺では魔道具の補助なしで魔法は使えないようで、だからこそ……この世界では魔法の書が俺の切り札になるだろう。

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