第18話 契約更新

 リリウムとの話し合いの後、俺たちは商人ギルドを後にした。うーん、疲れたあ。彼女は「後日、こちらで作った契約書に書名をしてもらいます」と言っていた。契約書の内容に納得できれば、後はそれに署名をして契約完了だ。


「今日はもう宿に戻って休むよ」


 マリーにそう言うと、彼女は「お疲れ様ですの」と言って続ける。


「わたくしとクローバーもご一緒しますわ。それと……ナオト。後で大事な話があります」

「大事な話って?」

「わたくしとあなたの、ガイドの契約のことですわ。わたくしたち、もう出会って一週間になりましてよ」

「ああ、もうそんなに時間が経っていたのか」


 一週間、色々あったな。楽しくてわくわくするような時間だった。


「今後の契約をどうするかについて、詳しくは後で話し合いましょう」

「俺は今後も君にガイドを頼みたいと思ってるよ。できれば、しばらくの間」


 その言葉に対しマリーは嬉しそうに微笑んだ。


「そう言ってもらえると嬉しいですわ。でも、そう言ってくれることは予測ができていましたの」

「ウォン」

「クローバーも嬉しいと言っています」


 彼女の言葉は、実際そうなのだろう。俺から彼女への好意は見抜かれているだろうし、クローバーは俺を見上げて尻尾を振っていた。


 詳しいことはまた後で話し合おう。といっても、俺から彼女に今後のガイドを頼めば、それで終わりではないだろうか?


 宿に戻り、自室で休憩する。夕食の前に、俺はマリーの部屋を尋ねた。


「来たぞ」

「ええ、いらっしゃい。準備は出来ていましてよ」

「ウォン」


 準備とはなんだろう。クローバーを撫でながら考える。その答えはすぐにマリーから渡された。二枚の上質な紙。


「……契約書か」

「ええ、契約書ですの。冒険者ギルドで作ってもらいましたわ」

「いつの間に」

「私からリリウムへ……アポをとっていた時、ついでに」


 なるほど。仕事が早いな。


「君も契約書を使うんだね」

「一応、こういうものがあったほうが良いと思いましたの。取り決めを形にしておくことは大事なことでしてよ。それに、あなたはこれからしばらくの間わたくしと契約をしておきたいのでしょう。なら、契約書は必要ですわ」


 それはそうだ。口約束だけの関係でいるよりは、こうしたほうが良いと思う。


「契約書を読んでも良いかい?」

「もちろん」


 契約書に書かれていることを確かめてみる。契約中は俺からマリーへ一週間ごとに金貨を一枚支払うこと。俺が彼女のガイドを必要としなくなったらいつでも契約を破棄出来ること。彼女は俺を可能な限り危険から守ること。などと、いくらかの契約内容が書かれていた。


 それと契約書に記された内容から彼女が一級冒険者であることが分かった。たぶん上位の冒険者なのだろう。


「……俺から意見することは無いよ。この契約内容で良いなら、契約する」

「わたくしの署名はすでに済ませています。あとはナオトの書名をするだけです」

「ペンはあるかい?」

「もちろんですわ」


 マリーからペンを借り、インクを付けたそれで契約書に署名した。一枚はマリーへと、一枚は俺へと。


 俺は鞄から魔法の書を取り出す。


「アドミト」


 契約書はちゃんと保管しておく。無くさないよう、必要のない時は外に出さないようにしよう。


「わたくしのほうでも契約書は保管しておきますわ。よろしくお願いいたします」

「俺からもよろしくお願いするよ」

「ウォン!」


 こうして、俺とマリーは契約を更新した。夕食時になり、食堂へ向かう。


 食堂にはホオジロウの姿があった。


「やあ、お二人さん。今日も仲が良いね」


 ホオジロウに声をかけられ、彼の元へ向かう。


「やあ、ホオジロウ。同じテーブルで食事をしても良いかい?」

「もちろん構わないさ」


 その日の夕食はトマトソースのパスタだった。この世界にもパスタはあるのか。商品の案として考えておこう。


 食事の後、テーブルを挟んでホオジロウと話をする。彼は昼に観光をして、夜は杖を作っているという。今は俺が撃った魔石の分、杖を製作中のようだ。


「完成しそうかい?」

「いくつかは完成してるよ。半分くらいかな。後は火の魔石が五個余っている」


 そんな感じの会話をしているうち彼はこちらに尋ねてきた。


「君たちはあとどれくらいこの街に滞在しているつもりだい? 僕はあと、三日ほど滞在をするつもりだが、次に向かうならどこが良いかな?」

「何日滞在するかは決めてない。必要なことが終わったら南へ向かうつもりだ」

「南か、ドラーベ王国の首都には立ち寄るべきだよ。あそこは職人の街だ。きっと面白いものが見つかるだろう。つい最近に行った時も賑わってた」


 彼はつい最近まで南の方に行っていたのか。


「じゃあ、今度は北に向かってみるといいよ。河見山を越えたところにあるタムリア村はのどかで良いところだった」

「タムリア村か。あそこは落ち着けて良いところだ。そうだな……今度はずっと北にあるグラヌスの街を目指してみよう。あっちは夏じゃないと寒くて辛い場所だしね」

「へえ、俺もそのうち行ってみたいな」


 その後も話はしばらく続き、ホオジロウは先に席を立った。彼が居なくなった後で俺とマリーだけが残される。


「リリウムの準備が終わるまでの数日間、どのように過ごすつもりですか?」

「異世界から元の世界に戻る方法について、あとはこっちの世界に来た異世界人について、何か分からないか調べてみようと思うんだ」


 俺がそう言うとマリーは寂しそうな顔をした。


「一応だよ。一応、元の世界に戻る方法も調べておこうと思っただけさ。それに元の世界に戻ったとして、俺は魔法の書の力で簡単にこっちへ戻ってくることができる。もし二つの世界を自由に行き来できたら面白そうだと思わないかい?」

「それはそうかもしれませんが……」


 彼女は少しの間、迷うようにしてから俺の目を見た。


「ナオトが故郷に帰ったとして、もし戻ってこなかったら寂しいですの」

「マリー、俺は今とても充実しているんだ。この世界に来てからだ。だから君が不安に思うようなことにはならないさ。俺がどこかに行ってそのまま戻ってこないなんてことは無いよ」


 彼女は何も言わなかったが、俺の言葉に納得し、安心したようだった。


「そういうわけで、明日は調べものをする。とりあえず、明日からはアルマ図書館で調べものをしてみようと思ってる。君が前に案内してくれたところだ」

「……あそこはこの街でも一番に本の多いところですからね。調べものをするには良い場所です。よければわたくしも調べものを手伝いますわ」

「ああ、よろしく頼む」


 翌日から、俺たちはアルマ図書館で調べものを始めた。

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