第4話 雑貨屋での売買

 森を抜けタムリア村へ到着した。思ってた以上に村までは近く、移動を開始して十分もかかっていないと思う。


 緑色の世界から金色の世界に変わる。麦畑が広がる景色は豊かさと美しさを感じさせる。


 村には複数の民家や農地が確認できる。また人の姿も確認できる。彼らはこちらに気がつくとのんびりと手を振ってくれた。こちらも手を振っておく。


「のどかな村だな」

「そうですわね」


 村には舗装された道が通っている。そこまでクローバーに運んでもらって、俺は彼の背から降りた。道もない森の中より足場はかなりましだ。ここからなら裸足でも我慢して進める。


「ありがとうな。クローバー」

「ウォン!」


 クローバーは吠え、体が縮んでいく。元の大きさに戻った彼を撫でてやる。モフモフの毛は触っていて気持ち良い。


「クローバーはあなたのことを気に入ったようですね」

「そうなのか?」

「ええ、気持ちよさそうな顔をしていますわ」


 そうかな。と思いながらクローバーの顔を見る。気持ちよさそうに……しているようにも見える。柔らかく目を閉じているようだ。


「まずは雑貨屋に向かいましょうか。あなたの靴を手に入れませんと」

「案内を頼むよ」

「お任せなさい」


 舗装された道を進みながら、俺はマリーから説明を受ける。


「それで、このタムリア村をガイドしますが、ここは小教会を取り囲むように五十件ほどの民家が並んでいまして、雑貨屋と、居酒屋を兼ねた宿屋が一件ありますの」

「雑貨屋と居酒屋意外にお店は無いの?」

「ありませんの。あとは行商人がやって来るくらいですわね。村の人々は主に塩や香辛料を買っているみたいですわ」


 へえ。その情報は商売をするのに役立ちそうだ。そんなことを思っているうちに雑貨屋の前に到着した。


「ここがタムリア村の雑貨屋ですわ」

「そうなんだね」


 見た感じは他の民家と同じように漆喰の壁と藁の屋根だ。【雑貨屋】の看板がないとお店だとは気付けそうにない。そして、看板の文字も読むことができる辺り、俺はこの世界で使われている文字を理解できると考えて良さそうだ。


「お邪魔しますわー」

「お邪魔します」


 雑貨屋に入ってみると、思った通りの小さなお店だ。カウンターの奥に棚が一つ置かれ、そこに色々と物が積まれている。とくに服とかズボンが置かれているのが分かった。茶色いものが多いな。


 店主のお姉さんが俺たちを笑顔で出迎える。長い茶髪の女性で、胸が大きい。美人だな。


「いらっしゃい。今日はどんな御用かしら」

「ケイトさん。彼はナオト。彼の足に合う靴を用意できるかしら?」

「あら、靴を?」


 ケイトさんの視線が一瞬俺の足元へ向く。彼女は俺が履いているジーンズに強く興味を持っているように思えた。彼女の視線の動きからして、そんな気がする。ちょっと恥ずかしく思いながら俺は頷く。


「ええ、俺の脚に合う靴があると良いんですけど」

「じゃあ、ちょっと探してみましょう。足のサイズは何センチかしら?」


 何センチ……この世界でも長さの基準にセンチメートルを使うのか。偶然の一致か……それともマリーが異世界人の存在を知っていた辺り、かつてこの世界にやってきた異世界人が、センチメートルという単位を広めた可能性はある……かもしれない。


「二十七センチです」

「二十七センチね。それならたぶんあると思うわ」


 ケイトさんは棚を調べる。ほどなくして彼女は二足の革靴を持ってきてくれた。


「試しに履いてみて。足に合うと良いんだけど」

「じゃあ、失礼します」


 汚れた足で履いていいのだろうか。そんなことを思いつつも靴を履いてみる。お、これは良い感じだ。


「サイズ、良い感じです」

「それは良かったわ。じゃあ、その靴。買うわよね。二千ガルドになるわ」


 う、圧を感じる。だが、俺にもちょっと考えがあるのだ。


「それなんですが、ちょっと相談できませんかね」

「相談?」


 彼女の眉がぴくりと動いた。少し警戒されているようだ。


「ケイトさん、俺のジーンズ……俺が履いているズボンになら、いくら払えますか?」

「あら、そういう相談ね。なら……」


 ケイトさんは少しの間、黙って考える。そして指を二本立てた。


「金貨二枚。二万ガルドで買い取るわ」


 それから彼女はもう一本指を立てる。


「そのシャツも売ってくれるなら合計で三万ガルド出すわ。どう?」


 ふむ。日本では合計六千円の上下セットが売れば三万ガルドか。革靴が二千ガルドで買えることから考えて、悪い取引ではないはずだ。


「じゃあ俺のシャツとズボンを売る代わりに、この店に置いてある衣類を売ってください。なるべく目立たないものが欲しくて、あとは鞄とか、他にも旅に必要な物を用意してもらえると嬉しいです」

「いいわよ。取引成立ね」

「了解、取引成立です」


 さて、そうなると着替える必要があるわけだが。


「ケイトさん。ここ試着室とかあります?」

「無いわ」


 きっぱりと言われてしまった。


「無いですか」

「私はあなたが目の前で着替えていても気にしないわよ」

「……そうですか」


 そこまで話したところでマリーが「あの」と言う。彼女の方を向くと顔を赤らめていた。


「わたくし、ちょっと外に出ていますわ。ナオトは今から着替えるのでしょう?」

「あ、ああ。そうだな」


 ここ試着室とかないからな。シャツとズボンを売ったらパンツだけになってしまう。その姿をマリーに見せるのはちょっと恥ずかしいし、彼女も恥ずかしいだろう。


「じゃあ、ちょっと外に出ていてくれ」

「そうします」


 マリーが部屋を出ていき、俺はケイトさんの方を向く。彼女はにやにやと楽しそうに笑っていた。


「私、男の体を見るのは好きよ」

「そうですか」

「だから私のことは気にせずに着替えてね」

「そう言われると気にしちゃいますねえ」


 それから替えの服を出してもらうのに数分、着替えるのに数分。


 着替える途中、ケイトさんは俺の体を見ながら「良い筋肉してるわねえ」などと言ってきたが軽く流した。


「……よし」


 着替えを終えて、ケイトさんから差額分のおつりを貰う。ケイトさんから買い取った服は合計で一万ガルド。他にも必要な物を揃えてもらった分が一万ガルド。買った合計が二万ガルドで、プラス一万ガルドの収支だ。


「ケイトさん。ありがとうございました」

「また用事があったら寄ってね」

「その時はよろしく頼みます」


 俺は店を出る。建物のすぐ外でマリーとクローバーが待っていた。


「あら、随分地味な感じになりましたわね」

「ウォン」

「服装のせいで辺に目立ったりはしたくないからな」


 日本では目立たないシャツとジーンズの服装もこの世界ではだいぶ目立つ。その辺りのことも考えて、服は着替えておきたかった。


「茶色だぜ。かっこいいだろ?」

「旅をするには良い服だと思いますわ」

「だろ?」


 そして俺たちは雑貨屋を後にした。

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