第16話 商人ギルド

 手紙を受け取った次の日、昼過ぎに俺たちは商人ギルドを訪れていた。


 大理石の建物は広く、立派な印象を受ける。それでいて装飾が過剰というわけではなく、程よい緊張感が空間に満ちていた。


 今日はここでマリーの知り合いに商売のことで相談をしてもらうんだけど、相談の準備は今の状態で大丈夫かな。準備できるものは準備したが、それで話が上手くいってほしい。相談とはいえ、何もわからないんで何かを教えてくださいでは話にならないからな。


 ギルドの職員に話をすると応接室に案内された。ソファーに浅く座りながら、俺は隣のマリーに尋ねる。


「俺、緊張してきたんだが」

「どっしり構えていれば平気でしてよ。見なさい。ソファーの横でくつろぐクローバーを。緊張とは無縁ですわ」

「フアァー」


 クローバーは呑気に欠伸をしていた。いくらなんでも緊張感が無さすぎではないだろうか。彼は大物だな。


 少しして、部屋に二人の人物が入ってきた。一人は身なりが良いエルフの女の子。もう一人は燕尾服を着た人間の男の子だった。見た目はどちらも十六歳くらいに見えるものの、エルフちゃんは俺よりずっと年上なんだろうな。


 立ち上がってお互いに挨拶する。


「お待たせしましたマリーお姉さま。あなたのギルドマスター。リリウム・ホワイトです」

「小倉ナオトです。よろしくお願いします」

「今日はよろしくね。リリウム」


 マリーが話してた伝手がギルドマスターとは聞いてないよ!? 挨拶をした時も思わず真面目モードになってしまった。


 リリウムはマリーに笑顔を向けた後、俺に対してはすっと表情が消えた。これ……俺はあまり彼女に良く思われてないのでは。彼女の白い瞳はちょっと怖い。というか髪も肌も瞳も白いのだ。彼女は神秘的であり、恐ろしさも感じられた。


 リリウムと一緒に入ってきた男の子もなんだか人を寄せ付けない雰囲気をまとっている。燕尾服がまるで戦闘服のように見えた。彼は無駄のない動きでテーブルに紅茶を用意した。


 再びリリウムへ視線を戻すと、彼女の体がわなわなと震えていた。これ怒ってるの!? これ怒ってるよね!?


「あなたがナオトさまですね。正直、私はあなたがとても羨ましい。常にお姉さまの側に居られるのは幸せなことですよ。うぅ恨めしい。そして羨ましい」

「リリウムったら。良くない感情が漏れていますわよ」


 マリーに注意されたリリウムは「失礼」と言って瞳を閉じた。それからすぐに彼女は目を開き、無駄のない動きで席に着く。俺たちも席に着いた。


「ナオトさまは私に話があるそうですね。商売のことで相談したいとか。ですが、私も忙しい身でありますから、特に重要な内容でなければ、あまり時間をとることはできません。必要であれば、手の空いている職員を紹介しましょう」


 これは……つまりは話す価値を感じられなければすぐにでも話を切り上げようとしているな。だがこれはチャンスだ。相手は商人ギルドのギルドマスター。こちらの価値を彼女に示せば、あちらも話に乗って来るだろう。つまり……これは相談ではなく商談になったのだ。


 リリウムからの敵意が消えた。いや、違う……敵意を隠したのだ。今の彼女は己の感情を相手に見せない。それが怖い。ともあれだ。俺は彼女に話を切り出す。


「正直なところ、私は行商を始めたいと思っているが、色々なものが足りない。そこで、あなたに相談したい」


 リリウムは頷いた。彼女は静かに俺の目を見ている。


 気圧されてはいけない。マリーが言っていたようにどっしりと構えなくては彼女に圧倒されてしまう。ここは心の強さが試されるところだぞ。ナオト。


「私は商売のためのアドバイザーを求めてます。ある商品を、どの土地で売るべきかを知りたい」

「ある商品? それはどのようなものですか?」

「はい。今から出すものを私は売りたいと思っている」


 俺は鞄から魔法の書を取り出した。それを見てリリウムの眉がピクリと動く。


 これから、俺は彼女に空間魔法を見せる。先日マリーから相談され、話し合った。すでに彼女の手紙で俺が特別な魔法を使えることはリリウムに伝わっている。俺は手の内を晒し、リリウムにとって相談をする価値のある人間であることを示す。


 そこまでするのは、俺がリリウムを信頼しているからではない。彼女を信頼するマリーを信じているからだ。


「チョイス」


 魔法によって何も無い場所から冷えた筒が取り出される。いくつもの冷えた筒を机に並べ、俺はその蓋を開けた。中にはアイスクリームが詰まっている。


「砂糖、牛乳、卵黄、生クリームを混ぜて冷やした食べ物です。私はそれを、そのままの状態でどこにでも運ぶことができる。どれだけの量でもです」


 その時、リリウムの瞳が少し大きくなった。感情を隠しているつもりだろうが、俺と商品に興味を惹かれたな。


「私は『転移の魔法』『収納の魔法』『取り出しの魔法』を使うことができます。この三つの魔法があれば、どこへでも求められる商品を運ぶことができる」


 今の言葉には、ハッタリがある。俺の転異魔法はまだ二カ所の遺跡にしか対応していない。他にも使える魔法のことも話してはいない。だが今は口にした三つの魔法に注目させるのが大事だ。商人であるリリウムにとって気になるであろう魔法を強調する。


 どこへでも大量の物をそのままの状態ですぐに運べる。こんな能力を欲しがらない商人が居るものか。


 リリウムは俺の目をじっと見て、静かに訪ねてきた。


「あなたの魔法はどの程度の人物に認知されていますか?」


 その言葉は彼女がはっきりと俺の魔法に興味を持った証拠だ。その問いに俺はしっかりと答えた。


「リリウムさんと私たちだけです」


 俺の言葉を聞いてリリウムの表情が大きく変わった。彼女は楽しそうな笑みを浮かべたのだ。それが彼女の本当の感情かは分からないが、目に見えて分かる大きな変化だった。


「ナオトさま」


 彼女は楽しそうな笑みのまま、言う。


「あなたは想像以上に面白い人物のようですね。あなたが並べたアイスクリームという物にも興味を惹かれます」

「興味を持ってもらえたようで嬉しく思います」

「ナオトさまは我々に何を求めているのですか?」

「言ったでしょう。アドバイザーですよ」


 その言葉を聞いたリリウムは「それじゃあ足りない」と言って表情を緩めた。


「私のギルドはナオトさまの活動を支援することができます。あなたの魔法は商品の流通に革命を起こすでしょう。そのための手伝いを私たちにさせてほしいのです。私たち商人ギルドはあなたへのアドバイスだけでなく、必要な物を全て用意しましょう」

「それで、リリウムさんは見返りに何を求めるんですか?」


 相手は商人ギルドのマスターだ。無条件で手を貸してくれるというわけではないだろう。どんな要求をされるか、想像し緊張する。


「そうですね……」


 しばらくの間を置いてリリウムから出た言葉は意外なものだった。


「我々には必要のない柱をドワーフの王へ届けてはくれませんか?」

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