第31話 邪竜の封印されし地へ
「私は、ここに残ります」
ノワは俺の目を見ていった。
「私は竜相手にできることは、ほとんどありません。下手についていって足手まといになるくらいなら、ここに残るべきだと判断しました」
彼女を臆病だとは言わない。実際、彼女が邪竜対峙についてきても、やることはないと思う。それより、俺に万が一があった場合でも、オベリスクを無事にエルドラーベまで送り届けたことをリリウムに報告しなければならない。
「俺はアルド王たちについていくが、君は君のやるべきことをやるべきだろう」
ノワが頷いた。そこへマリーが話に入って来る。
「わたくしがついていますから、ナオトの無事は保証します」
そして彼女は声をひそめて、部屋の外に決して声が漏れないように注意するように言う。
「もし、邪竜退治が失敗しても、ナオトだけは無事に逃がしますから」
逃げるだけなら転異魔法を使えばすぐに逃げられるけどな。あえてそこをつっこんだりはしない。彼女の覚悟はしっかりと伝わってくる。
「そういうわけで、わたくしとナオトで大砲とかいうものを運びに行ってきますわ。何も起こらなければ戻ってきますし、それほど不安に思わなくても良いかもしれませんの」
「そのことなんだが……」
俺はここでさっき見た夢の話を二人にした。たかが夢と思われるかもしれないが、あの夢の話はちゃんとしておいた方が良い気がしたのだ。
マリーはあごの下に手を当てて考えだした。
「なるほど。夢……」
「夢だとどうなる?」
「いや、この話をドワーフたちにしても信じてはもらえないかもしれませんわね。流石に夢の話が現実に起こるとは信じにくいですもの」
「君たちは信じない?」
二人に尋ねるとノワは頷き、マリーは首を横に振った。クローバーは不思議そうに首をかしげている。
「流石に……夢の話を信じるのは私にも難しいです」
「わたくしは信じますわ。その方が面白そうですし」
信じてくれる理由はともかく、マリーの言葉には勇気づけられた。だが、ドワーフたちにこの話をするのは控えておこう。彼らの間に混乱を起こすという可能性もある……かもしれない。
それからほどなくして、俺たちは王の使いに呼ばれた。出発の時だ。
「ではお二人共、クローバーも気を付けて」
「ああ、無事に戻るよ」
「あなたは安心して待っていなさい。ノワ」
「ウォン!」
そうして俺たちはノワと別れる。
俺たちは邪竜が封印される地へ向かって移動することになった。王と話した後、大砲のパーツを『アドミト』の魔法で収納するとドワーフたちから驚きの声が上がった。
もし、俺の収納魔法が無かった場合、彼らは王宮の魔法使いを総動員して大砲のパーツを運ぶつもりだったらしい。その場合はかなり大変な作業になっただろうと聞いた。
移動する段階で驚いたのは、ドワーフたちが馬ではなくグリフォンを利用していたことだ。山の多いこの土地では馬よりもグリフォンの方が多いのだという。俺も騎兵隊長さんのグリフォンに乗せてもらった。
隊長は女性のドワーフで、小柄ながら鍛えられた体をしているのが分かった。彼女も他のドワーフと同じようにむすっとした顔をしていたが機嫌が悪いというわけではなさそうだ。
アルド王を含むグリフォン隊が先に目的地へ到着。そこはエレベート山の五合目の地点だという。木々は少なく、荒れた土地が広がっている。ここからさらに登っていくと氷雪地帯に入っていくのだそうだ。
多くのグリフォンが着地していく。荒れた大地に、古墳のような遺跡があった。鞄から光は漏れていない。魔法の書は反応していないみたいだ。
季節外れの肌寒さを感じながら、現地の部隊から用意してもらったコートを着る。人間サイズのコートもあるのは助かった。それらのコートのほとんどは王宮魔術師たちのための物だという。どうやらドワーフの国での王宮魔法使いは人間が多いようだ。
現地に着いてすぐ、アルド王の元へ一人の王宮魔術師がやってきた。
「王様、先程から封印地の魔力濃度が急激に高まっています。大砲の準備は間に合わないかもしれません」
悲観にくれた顔で報告する彼に対しアルド王も難しい顔をする。俺はここで夢の中で、しわがれ声に言われたことを思い起こす。そして王に提案してみる。
「王様。私の魔法なら……大砲をすぐに組み立てられると……思います」
「なに、それは本当か!?」
「はい」
その返事を聞いたアルド王は早速部下に言う。
「ナオトを大砲の設置予定地へ案内させよ」
ほどなくして予定地へ到着。俺は魔法の書を開いて、夢の中で言われたとおりに魔法を発動する。
「アセンブル」
すると頭の中に無数の収納物のイメージが浮かんできた。それは自然に選別され、巨大な大砲を作るためのパーツが残る。そしてイメージの中でパーツが組み合わされていき、大砲が組み上げられた。
「チョイス」
組み上げられた大砲を荒れ地に出現させた。その姿は列車を思わせる。それほどに巨大な大砲だ。
「おお、見事だ。ナオトよ」
驚きながらも感心している様子の王に言う。
「オベリスク……砲弾はすでに大砲に入っています。これで少なくとも大砲の組み立てと設置は完了です」
「うむ、砲兵隊。準備を進めよ。グリフォン隊は後方に待機、歩兵隊は邪竜の封印地への警戒を強め前方で待機せよ。弩兵隊は歩兵隊に続け」
邪竜の出現に備えて準備が進んでいく。先程俺たちとは別にエルドラーベから出発した歩兵と弩兵の増援部隊が集まれば戦闘準備は完了だ。アルド王たちの方でも邪竜の復活は近いものと考えて行動していたようだが、王は難しい顔をしている。
「……増援の部隊が間に合うかは、微妙なところだな」
アルド王がそうぽつりと呟いた時だった。
地面が大きく揺れる。これは!? 地震!?
地震はほどなくして治まった、のだが。
「うおおー! 退避ー! 退避しろー!」
グリフォン騎兵の隊長が叫んだ。彼女が指さす方向から、山の上から、雪崩がこちらを目指して動いていた。
白い波、白い津波だ。今、俺たちに大自然の猛威が迫っている。
遠くから猛烈な勢いで迫って来る大質量の雪。あんなものに飲み込まれればただでは済まない。ドワーフたちは混乱を起こしている。アルド王が号令を飛ばすが、それを正しく聞いていられる者は多くない。
混乱が広がっていく。その中で、俺はとるべき行動をとるために動き出していた。
魔法の書を開き、迫り来る白い波へ手を伸ばし呪文を唱えた。
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