第30話 フェンリルの牙
「一つ訊かせてください。なぜシールディアのオベリスクを砲弾として利用する必要があったんですか? 同じくらい巨大な金属柱なら、あなたたちの技術があれば作れたはず」
俺の問いに対し、アルド王はにやりと笑った。
「金属柱……金属柱か。お前はこの柱がどんなものによって作られたのかを知らないようだな」
「はい」
「ならば教えてやろう」
彼の言葉に周囲がざわつく。彼を止めたがっている者も居たが、相手が王であるため、結局は止めることができない。
「それはな……かつて古代の文明を滅ぼした大魔獣フェンリルの牙を加工して作ったものなのだ」
その言葉は意外なものだった。俺はクローバーと建造中の巨大な大砲を見比べる。
「あまりに……フェンリルハウンドとはサイズ感が違うように思いますが」
アルド王は「がはは」と笑って答える。
「フェンリルハウンドではな……だがフェンリルは違う!」
彼は熱のこもった声で続ける。
「我が王家に伝わる文献によれば、はるか昔に存在したフェンリルはエレベート山のように巨大な生物だったと言われている。そして、その牙を加工し邪竜を倒すための矢として作られたものがオベリスクの正体だ。長い歴史の中で、それはパルス王国に移されてしまったが、今こうして戻ってきた!」
彼の言葉が終わると共にドワーフたちから雄たけびのような声が上がる。
「おう!」
「そうだ!」
「竜を倒すための矢だ」
興奮するものが居る一方で、困ったような顔をしている者や、ため息をついている者も居た。部外者にここまで教える必要はないと思っているのだろう。アルド王は、そんな者たちには構わず俺へ手を差し出す。
「ナオト。お前さえ良ければ、余たちの作戦に加わらないか? 実際、パルス王国に事情を話していては、オベリスクの譲渡にかなり不利な条件をつけられたうえで大きな借りを作っていただろう。余はお前に感謝しているし、その能力を高く評価しておる」
その言葉に周囲が再びざわつく。
建造中の巨大大砲は今、複数のパーツに分かれている。だが、そのパーツの一つ一つが大きく、運ぶのは魔法を使っても大変なんだろうと思う。俺の収納魔法を使えば話は違うのだろうが。
俺はマリーを見る。彼女は黙って何も言わない。
「俺が、決めても良いのか?」
尋ねると彼女は頷いた。俺はアルド王に向き直り、彼に応える。
「ええ、行きましょう」
「そう来なくてはな!」
アルド王はにっと笑い「では出発だ! 準備せよ!」と力強い号令を発する。ドワーフたちは雄たけびを上げた。
「え、もう出発するんですか!?」
「時は一刻を争う。とはいえ準備に少し時間がかかる。ナオトたちは休憩室で休んでおれ。長旅で疲れておるのだろう」
「はい。それでは少し休憩をさせてもらいます」
それから俺とマリー、クローバーは工房の休憩室に移動した。部屋にはいくつかベッドもあり、仮眠することもできるようだった。部屋には今俺たちだけでドワーフの姿は無い。静かだ。
俺はベッドに腰かける。クローバーが寄って来たので頭を撫でてやる。すると彼は嬉しそうに目を細め尻尾を振った。
「……しかし、オベリスクの正体がフェンリルの牙だったなんてな。王様の言葉が正しければだけど」
「ナオトは疑ってますの?」
そう訊いてくるマリーに俺は首を振って応える。
「今は信じるよ。ただ、あまりにもスケールの大きな話過ぎて現実感が無いだけさ」
天井を眺めながら、かつてこの世界に存在したフェンリルの姿を想像する。山のように巨大な狼、その牙だけで二十メートルはあり、ドラゴンをも容易く捕食する姿をイメージした。そんな怪獣のような奴がいったいどうして死んだのだろう? 寿命かな。そうだと思う。圧倒的な強さの怪獣も非常に長い時の中で少しづつ弱っていき、死んだのだと思う。
マリーは俺の隣のベッドに腰かけた。
「ナオト。少し休んだ方が良いと思いますわ。時間になればわたくしが起こしてあげますから」
「君は寝なくて良いのかい?」
「わたくし、動こうと思えば一週間は眠らなくても動けますのよ。それはクローバーも同じですわ」
「ウォン!」
それはなんとも頼もしい。なら、ここは彼女を信頼して仮眠をとらせてもらうとしよう。
俺はベッドで横になり、少しづつ眠りの世界に落ちていく。
あ、そういえば。
遺跡を見て回った時に二回、本に魔法が増えたはずだ。
確認しようかと思ったが、すでにだいぶ眠い。確かめるのは、起きた後でも良いかな。
そうして、気が付けば暗闇の中に居た。暗闇の中にふわふわと浮いていて、たぶんこれは夢なんだと思う。
「ナオト……ナオトや。聞こえるかい」
それは随分としわがれたお婆さんの声だった。彼女に応えようとして、言葉が発せないのに気付いた。夢の中だからかな。
「ナオト……もうすぐ邪竜が目覚めるよ。お前は急がないといけないよ」
邪竜が!? 慌てて目覚めようと思っても、なかなか目が覚めることはない。
「慌てる出ないよ。ナオト、これからお前には簡単な魔法の手ほどきをするから、それをよくお聞き」
しわがれ声が説明をしてくれる。
「お前はこの町で二つの魔法を覚えた。まずはエルドラーベポート。この魔法の力は言わなくても分かるだろう。この街へ転移する魔法さ。肝心なのはここからさね」
俺はしわがれ声に意識を集中する。その話をしっかりと聞いておかなければいけないと思ったからだ。
「もうひとつの覚えた魔法はアセンブル。これは異空間に収納した物を組み立てる魔法だよ。お前はドワーフたちが作ってる巨大大砲を収納して、異空間の中で組み立てるんだ。大丈夫、正しく材料がそろっていれば、お前に知識がなくとも、それはあるべき姿に組み立てられるからね」
ここまでの話は分かった。だが、まだ話には続きがあるようだった。
「それと、これは一番重要な話だから、よくお聞き。邪竜を弱らせた後で、お前は封印の魔法を使わなければいけないよ。封印の魔法は知っているね。シールの魔法を使えばまた数千年は邪竜を封印することができる。そうすることで、やっとお前はここに来た役目を果たしたことになるんだよ」
役目とはなんだ? そう聞こうと思っても口は動かない。
「最後に、役目を果たしたら、エルパルスの城にある中庭まで来なさい。私はそこでお前を待っているよ」
声が遠ざかっていく。いったいこの、しわがれ声の主は何者だったのか。そう考えているうちに目が覚めた。
「あら、お目覚めですのね。ナオト」
目が覚めた時、俺を覗き込むようにマリーが立っていた。そして視界にはクローバーと、ノワの姿があった。
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