第32話 現れた竜の群れ
「アドミト!」
俺が魔法を唱えるのと同時にエレベート山の雪崩が異空間に消えてなくなった。
俺たちは無事、その場に立っていた。雪崩に飲み込まれた者は居ない。
迫りくる雪崩の驚異は無くなり、混乱していたドワーフたちも次第に落ち着きを取り戻し始めた。やがて、ドワーフたちから歓声が上がる。
アルド王が俺の元へ来て「よくやった!」という。
直後、新たな驚異が俺たちの前に現れた。
墳墓の底から地を割るように、黒く巨大な竜が出現した。同時に、人ほどの大きさの竜たちが群れとなって現れたのだ。小型や中型の竜がどんどん、どんどん出て来る。
「全員、迎撃態勢を取れ!」
先程は雪崩に焦っていたドワーフたちも、今度は冷静に戦闘態勢をとっていた。逆に俺は今現れた竜の群れの方に焦ってしまう。
「群れなのかよ!? てっきり邪竜っていうのは単体だと思っていたのに!」
「ナオト、落ち着いて。わたくしがついていますし、ドワーフたちも居ます。あの雪崩を止めてみせた、あなたなら落ち着けるはずです」
「お、おう。分かった。頑張って落ち着く」
「その調子ですわ」
状況を眺めながら、自身が落ち着くのを待つ。
現れた竜たちは三種類に分けられるだろう。親玉と思われる黒く巨大な竜と、その周りを護衛のように飛び回る小型の飛竜。そして俺たちに向かって進んでくる中型の地を這う竜たち。あれはさしずめ歩兵といったところか。
アルド王が叫ぶ。
「皆、怯むでないぞ! あの竜たちを倒さねば、ドラーベの国に深刻な被害が出るのだ!」
彼の言う通りだ。竜の群れを倒さなければ俺たちだけでなくドラーベ国中の人たちが危ないだろう。それだけではない。ユーロン大陸中の危機と言っても良いかもしれない。
王に応えるようにドワーフの戦士たちが雄たけびを上げる。そんな彼らに竜の先兵たちが迫る。そして両者は激突し、戦闘が始まった。
地上でも、空でも、竜とドワーフたちの戦闘が繰り広げられている。アルド王が叫ぶ。
「砲兵隊。どうなっておる。まだ、あの巨大な竜を撃ち抜く準備ができていないのか!」
大砲を撃つために待機中のドワーフから一人が王様に向かって叫び返した。
「あの黒い竜を狙おうにも竜の群れが邪魔なのだ。オベリスクが一つしかない以上、撃つのは最も効果的なタイミングを狙わねばならんのだ! 王様!」
たしかに、空を飛ぶ小型の龍はかなりの数だ。正直、そいつが多すぎて壁のようになっている。今、壁の向こうの黒竜を大砲の一撃で撃ち抜けるかは分からない。
まずは小型の飛竜たちをなんとかしなければならない。
地上の戦いはお互いに一進一退といった感じだが、空の戦いはそうもいかないようだ。グリフォン騎兵の数が圧倒的に足りない。ちょっとやそっとの攻撃では飛竜たちに効果は薄いように思える。
戦いは長い時間続く。やがて一時間ほどは経った頃だろうか。
どうするべきか。考えているうちに地上部隊も少しずつ押され始めた。じりじりと戦線が下がっていると伝令がアルド王に伝える。王は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……まずいな」
そうつぶやく王を見ながら、俺はある作戦を思いついた。たぶん、悪くない作戦だ。やってみる価値はある。戦場を観察しているうちにだいぶ落ち着きも取り戻せてきていた。
「恐れながらアルド王。私に作戦があります」
アルド王は俺を見て逡巡する様子を見せる。その後、俺の顔を見た。
「どのような作戦だ。申してみよ」
「私が先程消した雪崩があります。あれを高所から竜たちに落とすのです」
「高所から雪崩を? ふむ、確かにそれは効果があるかもしれん」
俺の作戦を聞いて王はすぐに動いた。近くの者に命令する。
「作戦参謀を呼べ、どのようにすれば効果的に竜に雪を落とせるか、すみやかに考えさせるのだ!」
それから短い時間で戦闘のプロたちが集まり話し合う。彼らは俺のアイデアを実際に使える形まで昇華してくれる。残念ながら俺に軍の動かし方は分からない。それは彼らに任せるしかない。
ほどなくしてアルド王から俺に命が出た。
「先程グリフォン騎兵隊の隊長が戻ってきたところだ。彼女にお前を運ばせる。彼女が合図をしたらお前は魔法の力で竜たちに雪崩を落とすのだ。できるな?」
「任せてください」
ここまで来たら乗りかかった舟だ。俺もできる限りのことをするぞ!
俺はすぐに騎兵隊長の元へ行き、彼女と共にグリフォンに乗る。そこへ巨大化したクローバーに乗るマリーがやってきた。
「ナオト。私とクローバーは地上の部隊を援護しに向かいます。あなたも気を付けて」
「気をつける。君も気をつけてくれ」
「もちろんですわ。後で合いましょう」
「ああ、また後で」
お互いに健闘を祈り、俺は空へ、マリーとクローバーは地上に展開する部隊の元へ急ぐ。
「隊長。よろしく頼みます」
「あいよ! しっかりグリフォンに掴まってな! あんたの命は私が預かった」
「はい、ですが俺も戦えます。できる限りのことをさせてください」
「死ななければ何でもやりな。今はそれが必要だ」
隊長の力強い返事を聞き俺は頷いた。そして魔法の書を片手に呪文を唱える。
「チョイス」
そうして取り出したのはエルパレスの街でホオジロウから貰ったファイアーボールの杖だ。ホオジロウ、君の力を貸してくれ。
上昇する俺たちを狙って小型の飛竜が迫って来る。その一体に俺は杖を向けた。
「ファイアーボール!」
杖の先から放たれた火球が飛竜に直撃した。それは火だるまになって墜落していく。大した威力だ。
更に別方向から飛竜が迫ってきた。
速い! 杖を構えて狙う余裕がない。みるみるうちに飛竜が迫り、血しぶきが上がった。
「あんた、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
迫りくる飛竜を隊長がハルバードで迎撃したのだ。槍と斧が組み合わさったような武器を、片手で軽々と扱う彼女は頼もしい守り手だ。
「礼は良い。あんたを無事に運ぶのが今の私の仕事だ」
「はい」
なんとか目的の場所まで行けるだろうか。そう考えていた時だった。
「おいおいまじかよ」
隊長が舌打ちした。見ると、俺たちを飛竜の群れが追いかけてきていた。数にして百は居そうだ。
「あんた、これからあの群れと追いかけっこになるよ」
「あの群れに追いつかれたらどうなります?」
「きっとグリフォンがやられて落下する」
それは……絶対に逃げ切らないといけないな。
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