第33話 空からの一撃

 飛竜の群れに追われるというのは生きた気がしない。俺たちの後をつけてくる無数の竜は明らかにこちらを狙っている。


「竜を振り切れませんか!?」

「こっちは全速力だ」


 隊長はグリフォンを全力で飛ばしてくれているようだが、飛竜たちを振り切れない。


「クソッ飛竜どもめ!」


 隊長が悪態をついた。旋回するように飛び回るグリフォンを飛竜の群れは離さない。


 俺は飛竜の群れに向かって杖を構えた。


「ファイアーボール!」


 杖から勢いよく火球が発射され、飛竜の一体に直撃。火だるまが数体の飛竜を巻き込みながら落ちていく。だが、焼け石に水だ。とてもではないが杖に込められた魔力では飛竜の群れを倒しきれないだろう。先に魔力切れを起こしそうだ。


 このままではいけない。俺は考え、隊長に伝える。


「隊長さん、上昇してください!」

「上昇か!? 速度が落ちるぞ!」

「目的の高度ではありませんが、ここから雪崩を落とします!」


 隊長は逡巡する様子を見せた。彼女はすぐに判断した。


「分かった!」


 彼女はグリフォンを操りながら発煙筒を着火した。派手に赤い煙を出す魔法の発煙筒だ。さっきグリフォンに乗る前に彼女から説明を受けている。それが空から地上へ向かって投げ落とされる。これが下への雪崩攻撃の合図だ。


「行くぞ! 私にしっかり掴まってろ!」

「了解、アドミト!」


 ファイアーボールの杖を収納し、隊長にしっかりと掴まる。


 グリフォンが上昇を開始した。飛竜の群れも俺たちの後をつけてくる。だが、これで狙い通りだ。飛竜の群れが俺たちの下に集まった。


「チョイス」


 俺は下方に向けて、異空間から雪崩を出現させた。それは飛竜の群れを呑み込み、勢いよく地上へ向かって落ちていく。雪崩の直撃を受けた竜たちにはなすすべがなかった。


「俺の攻撃が上手く竜たちに効けば良いが」

「利いてもらわなくちゃ困る。下降するぞ」

「はい!」


 隊長は落下していく雪崩を追ってグリフォンを下降させる。硬度が下がっていき、地上が近づき、そして、地上には雪崩に飲み込まれた多くの竜たちの姿があった。ドワーフの軍団は……うまく雪崩を回避できたようだ!


 竜の群れの大部分は無力化することができた。黒色の巨大な竜も、雪崩の攻撃を受けて動きが鈍っている。


 俺と隊長は空中で待機する。ドワーフたちが動き出した。弩兵隊から大量の矢が竜たちに降り注ぐ。小型や中型の竜にはかなり効いているように見えた。だが。黒竜の表皮は矢の攻撃を弾く。黒竜には矢の攻撃がまるで効いていない。


 そこで、後方に待機していた巨大大砲が動き出した。大砲が黒竜へ狙いを定めているのが分かる。そして、大砲から勢いよく、二十メートルの砲弾が発射された。


 その一撃は黒竜を貫くかと思われた。しかし。


「なにぃ!?」


 隊長が叫ぶ。黒竜はその手に砲弾を握っていた。攻撃を手で止めやがった!


 黒竜が咆哮する。その巨体が立ち上がり、ドワーフたちへ砲弾を投げ返そうとしているのが分かった。でもな、そうはさせるか!


「アドミト!」


 巨大な手に握られていた砲弾が消える。これでドワーフたちへの攻撃は止められた。が、安心している余裕はなさそうだ。黒竜が俺と隊長の乗るグリフォンをめがけて火炎の息を放ってきたのだ。


「アドミト!」


 炎による攻撃を一瞬消すことはできたが、消し続けることはできない。次々に吐き出される火炎の息を俺の魔法だけでは止めきれない。


 隊長が咄嗟に判断し、グリフォンを操ることで、続く炎を回避することができた。火炎の息を避け続けるのは至難の業だ。隊長の皮膚に汗がにじむ。


「「「ナオトたちを助けろおおおおおおお!」」」


 その時、地上からドワーフたちの雄たけびが聞こえてきた。彼らは黒竜に向かって大量の矢を飛ばし、黒竜の意識を逸らそうとしているようだった。だが、彼らの矢では黒竜の意識を逸らすことすらできない。


 どうすればいい。どうするのが正解だ。考えているうちにグリフォンが羽に炎を浴びてしまった。グリフォンが悲鳴を上げ、隊長が叫んだ。


「不時着するぞおおおお!」


 グリフォンが落下し始め、地面が迫る。そして、俺たちは地面に叩きつけられた。


 一瞬だろうか、意識が暗転した。目覚めた時には、俺の身体は雪の上に投げ出されたのだとわかった。先に落とした雪がクッションになってくれたようだ。しかし。


 呼吸が苦しいし、なんだか胸もズキズキ痛む。


「おい、しっかりしろ。ナオト、立てるか!?」


 その声は隊長のものだと分かった。彼女が俺に呼びかけていた。


「……だ、大丈夫……」


 息苦しいが、何とか喋ることができた。気力を振り絞り、体を起こす。だが、すぐに膝をついてしまった。


「じょ……状況はどうなっていますか?」

「あとは黒い竜だけだが、決定打を与えられない。軍団の攻撃も、効いていない」


 遠くを見るとドワーフの歩兵隊が黒竜へ突撃していた。彼らは蟻のように黒竜に群がっている。だが、彼らの攻撃は黒竜に効いていない。


 俺は再び立ち上がろうとして、また膝をついてしまった。思った以上にダメージは深刻なようだ。


「クソッ! 回復魔法を使える奴が居れば良いんだが。私も片脚をやられちまった」


 悔しそうに言う隊長に俺ができることはない。俺には回復魔法は使えない。


 そんな俺たちの元へ、ドスッドスッと足音が迫ってきた。まさか竜の生き残りが他にも残っていたのか!? 覚悟をしてそちらに顔を向けると、こちらへ走ってきているのが敵ではなく、味方だと分かった。


「ナオト! 生きていますの!?」

「ウォン!」


 俺たちの元へ駆けつけて来てくれたのはマリーとクローバーだ。


「き……君たちも、ぶ……無事だったか」


 そこまで言ったところで俺の口から血が漏れた。あ、これ思った以上にやばい。そう思った時には、俺の体は前へと倒れ始めていた。


「ナオト!」


 倒れそうになっていた俺の体を受け止めてくれたのはマリーだった。


「ま、マリー……すまない。死にそうだ」


 最後の言葉を考えようと思っていた時、彼女の声が聞こえた。


「ヒーリング」


 暖かい光が俺の体を包んだ。光が消えた時には、胸の痛みも、息苦しさも、無くなっていた。


「あれ? 平気になった」

「回復魔法を使いました。もう大丈夫ですのよ」


 見上げると、マリーがにっこり笑っていた。


「おい、こっちも頼む。私も脚をやられてるんだ」


 隊長がマリーにそう言った直後。


 強い風が起こった。遠くの黒竜が羽ばたきを始めたのだ。黒竜に群がっていたドワーフたちが吹き飛ばされる。


 このままだと良くないぞ。あの竜、逃げる気だ。


 そうはさせるかよ。

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