第36話 中庭の石板

 俺が頷くとリリウムはにっこりと笑った。


「実はパルス王家にはあなたのことを話しているのです。あなたを中庭へ通す許可も貰っています」


 それは……話が速いな。


「では、見に行こうと思えばすぐにその石板を見に行けるんですか?」


 俺の問いに対しリリウムは頷く。


「早速行かれますか? 今からなら、私もご一緒しましょう」

「良いんですか?」

「ええ」


 こうして話は意外な方向に進んだ。


 俺たちは話をそこそこにエルパルスのお城に向かう。リリウムには執事の少年がついてきていた。


 しばらく歩いて城に到着。リリウムが居たため顔パスで城内へ入ることができた。彼女の権力は凄いなあ。


 城内を進み、城の中庭に出る。青や赤、白など鮮やかな色の花々が咲く中庭の中央には、古そうな石板が設置されていた。俺の身長よりも高い石板はなかなかの存在感を周囲に放っている。


 そこで俺の鞄から光が漏れているのに気付いた。確認してみると本が光り、新たな呪文が記されているようだった。


「新たな呪文か」

「ほほう、あなたの本に呪文が増える時、そのようになるんですね」


 リリウムが興味津々といった感じで俺を見てくる。こういう知らないものに対して興味を示すところはマリーに似てるんだよな。


 魔法の書に増えた呪文を確認してみると『オープン』と書かれていた。俺はその呪文を唱えてみる。


「オープン」


 すると目の前の石板に変化が現れた。


 石板が扉のように動き、奥に空間が現れたのだ。まるで魔法使いのアトリエのように見える。回り込んでみると、アトリエのような空間は見えない。城の中庭があるだけだ。


「入ってみるか」

「私たちもご一緒してよろしいでしょうか?」


 尋ねてくるリリウムにどう答えるか、数秒間考える。彼女の協力が無ければここに入ることは難しかっただろう。その点を考えて俺は答える。


「ええ、一緒に来てください」


 そうして俺たちは三人で魔法使いのアトリエに入っていく。あおこは様々な薬品や鍋が並び、一番大きな鍋の側には安楽椅子が置かれていた。部屋を眺めていると背後で扉が閉まるような音がした。振り返ってみると、そこには壁があるだけだった。


「お前たち、よく来たね」


 それはつい先日聞いた、しわがれ声だった。


 声がした方を見ると、安楽椅子に座る老婆の姿があった。あれ? さっきまで椅子には誰も座っていなかったはずでは?


 老婆は手元の編み物を編みながら俺の顔を見た。真っ黒な瞳は深い闇を連想させる。


「ナオト、お前は邪竜を封印できたようだね。よくやった」

「どうも」

「私はもうこのアトリエの外に出る力を残していないからね。お前がやるしかなかった。私の子孫であるお前にしか出来ない使命だったんだよ」


 彼女の言うことが自分でも意外なほどにすんなりと受け入れることができた。


「ナオトの他にやってきた者も居るが、まあ良いだろう。私はナオトに選択をしてもらうだけだからね」

「選択? いや、その前に訊きたいことがあります」

「ふむ。私に答えられる範囲のことであれば答えるよ」


 俺は頷き、一度リリウムの方を見た。


「えっと……」

「私は黙っていますし、ここで見聞きしたとことは口外しません。それは執事も同じです」

「分かりました」


 ここはリリウムを信用しよう。俺は老婆へ向き直り、気になっていたことを尋ねる。


「まず、あなたは数千年前に邪竜を封印した魔法使い……ということで良いんですよね」

「そうだよ。あまりに一人で長く行き過ぎて自分の名前も忘れてしまったような老人ではあるが、かつて邪竜を封印したことは確かに覚えているよ」

「そして今回、俺はドラーベ王国で復活した邪竜を封印しました。その封印は、どの程度の時間持つのでしょうか?」

「また数千年は封印の力が持つだろうね。その時にはお前のように、また選ばれた人間が邪竜の封印をおこなうことになる」

「なるほど」


 気になることはそれだけではない。俺はシールディアの町である文章を見た時から気になっていたことがある。


「あなたは、俺の先祖のようだ。だが、あなたはなぜ別世界に魔法の書を残したんです?

そして何故、この世界で無く別世界の人間に邪竜の封印なんて大役を任せたんです?」

「ああ、それはね……」


 老婆は遠い目をした。そして言う。


「かつて、私には息子が居た。孫も居たよ。あの子も空間魔法の使い手だった。そして、あの子は、私が封印した邪竜がいつか復活した時の為、さらに別次元の知識を求めていた。この世界での魔法だけでは邪竜を封印することしかできない。だけど、別の世界になら可能性があるんじゃないかと」


 そうして、あの子は孫を連れて私の元を去った。そして、お前の世界にたどり着いたのだろう。と老婆は言った。しかし、そうだとしたら彼は魔法すら存在しない世界にやって来たのだ。彼は何を思ったのだろう。それとも、彼には何かの可能性が見えていたのだろうか。


「あの子が私の元を離れる時、私は孫に魔法の書を渡しておいた。私にも考えがあったんだよ。あの子はきっと何も見つけることができないと思っていた。だから、もしあの子が別次元で何も残すことができなかった時、孫や、その子孫が邪竜を封印できるように手を貸したのさ。何代先の先祖が魔法の書を手にしても良いように、翻訳の魔法をかけてね」


 翻訳の魔法……それでか。俺がこの世界の言葉を簡単に理解できたのは。


「ではなぜ、魔法を一度に覚えられないようにしたんですか。各地の遺跡を尋ねて新たな魔法を得ていくより、最初から全ての魔法を覚えていたほうが良かったのでは?」


 俺の質問に対し老婆は「それではつまらないだろう」と笑った。


「良いかい。なんの努力もなく、いきなり大きすぎる力を与えられると人間というものは腐ってしまうんだよ。だから、世界各地の遺跡を回って魔法を得られるようにした。それでも正しい方法で魔法を学ぶよりはだいぶ簡単な方法になったけれどね」


 彼女は「それに」といって続ける。


「この世界の遺跡を回っているうちに、お前はこの世界に愛着というものを持ってくれたのではないかい? なら、遺跡を巡る旅は無駄ではなかっただろう?」

「確かに、そうですね」


 俺は頷いた。老婆は「もう質問は無いかね?」と訊いてきた。俺が再び頷くと、彼女は「そうかい」と応えた。


「なら、今度は私からお前に問う番だ。良いかい。ナオト、これは大事な選択だからね」

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