第35話 欲しいもの
邪竜を封印した翌日、俺はエルドラーベにある宿の部屋でぐったりと休んでいた。昨日は色々と大変だった。今日はもう動く気がしない。というか昨日は邪竜を封印した記念として兵や街の住民たちに酒が振る舞われて宴となっていた。そのこともあって疲れている。
マリーはせっかくエルドラーベに来たのだからと、温泉巡りに行ってしまった。この街は多くの酒場の他、数々の温泉も有名らしい。俺も疲れが取れたら、この宿以外の温泉を楽しんで回りたいと思う。
ノワにはクローバーの相手を任せた。その他、彼女は彼女でやることが多いようだ。戦の後でドラーベ王国から色々と減ったものの注文を受けたり、リリウムへの手紙を書いたりしているようだ。
そうだな。ひと眠りしたらノワにちょっと相談したいことがある。せっかくアドバイザーとして、ついてきてもらっているのだ。彼女の意見を聞きたい。
まだ昼間で、部屋にはカーテン越しの日光が差し込んでいる。昼間だが、目を閉じて、まどろみの中に意識を落とした。
一瞬意識が暗転したような感覚だったが、結構時間が経っているようだった。すでに外には夕日が出ているみたいだ。マリーはもう帰って来ただろうか。
……ちょっとだけ動こう。
俺はベッドから起き、部屋を出て、ノワの元を尋ねた。
ノワは部屋で書類を書いているところで、部屋の隅にはクローバーとマリーの姿が確認できた。マリーはクローバーの体毛をくしでといてやっていた。彼は気持ちよさそうに目を細めながら尻尾を振っている。
マリーが俺の方を見た。心なしか彼女の肌はいつもよりツヤツヤしているように見えた。彼女は笑顔で言う。
「あら、ナオト。疲れは取れまして?」
「昼寝したけどまだ体の節々が痛いよ」
「回復魔法はかけたのですけれど……ポーションも飲みます?」
「あるなら欲しい」
マリーが俺のところに来て鞄から取り出したポーションをくれた。そういやポーションって飲むのは初めてだな。回復薬なんだろうけど。
ぐいっと一口飲んでみた。体の痛みが……心なしか和らいだような気がする。その味はスポーツ飲料に似ていた。
空になった瓶をマリーに返す。
「ありがとう」
「どういたしまして。それで、わたくしに用があったのですか? それともノワ?」
「ノワにちょっと相談したいことがあって。良いかな、ノワ」
名前を呼びながら、作業中の彼女を見ると、彼女は手を止めてこちらを向いていた。俺の言葉が続くのを待っているようだ。
「えっとな。昨日、王様に何でも欲しいものをやると言ってもらって、それで俺は考える時間が欲しいと答えたわけだけど、一応考えが無いわけじゃないんだ」
ノワは頷いた。俺は話を続ける。
「実はな、酒場を開きたいと思ってるんだ」
俺の言葉に対し、ノワの目が丸くなった。それから彼女は穏やかに笑って頷く。
「良いと思いますよ。ただ、どこにお店を出して、どういうお店にするのか、その辺りのことは考えていますか?」
「いや、実はそこをまだ考えてなくてな。その辺も含めて君の意見を聞きたい」
「なるほど……」
ノワは口元に指を当てて考えているようだった。ほどなくして彼女は「私の出番ですね」と言う。
「酒場を出すことを、王様は認めてくれるでしょう。ナオトさまは邪竜を封印した英雄ですから。ならば問題はどこにどのような店を出すかです」
英雄とは照れくさいが。
「……そうだな」
「そこで、私がナオトさまの補助をします。リリウムさまはこういう状況を見越して、私をナオトさまたちに同行させたのかもしれませんね」
まさか、そこまで見越してはいないと思うが……いや、でもあのリリウムだからな。
ノワは俺のやっりたいことを手伝うが、まだ色々と仕事が残っているとも言っていた。彼女一人に仕事をやらせていると大変そうだな。
「リリウムに送る手紙とかがあるなら渡してこようか? 転異魔法を使えばすぐだ」
その言葉にノワは嬉しそうな顔をした。
「それは助かります。お願いします」
「任せておけ」
「商人ギルドで私の名前を出せば、職員がリリウムさまに手紙を渡してくれると思いますので、明日にでもお願いできますか? 今日はもう遅いですから」
「ああ、任せてくれ」
「これで仕事が大分はかどります。ドラーベ王国からエルパルスにある商人ギルドへ商品の発注などもありますから、助かります」
そうして、その日は休息をとり、翌日。
俺はエルパルスへ転異魔法を使って移動した。商人ギルドへ行き、そこで手紙を職員に渡して任された仕事は終了、とはならなかった。そこで職員に止められ、応接室に通され十分ほど待っているとリリウムがやってきたのだ。
「おはようございます。ナオトさん」
「ええ、おはようございます。リリウムさん」
彼女はいつか見た執事の少年を連れていた。彼女も席に着き、少年が紅茶を淹れる。
「手紙は確認しました。オベリスクを無事に運んでくれたようですね。荒れがどういう物だったかも、ノワが教えてくれました。まずはそのことについてナオトさんにお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「どうも」
「それで、ノワの手紙にも書かれていたドラーベ王国からの注文はこちらから準備させてもらいます。ああ、この仕事についてはナオトさんの手は必要ありません。それよりも、あなたには行ってもらいたい場所がある」
「行ってもらいたい場所? そこはどこです?」
尋ねると彼女は頷いた。そして言う。
「エルパルス王城には中庭がありますが、そこに一枚の石板が置かれていることは知っていますか?」
「いや、知りません」
そう答えると彼女は「でしょうね」と言って微笑んだ。
「これはパルス王家と一部の者のみが知る言い伝えなのですが」
部屋には俺と彼女と執事しか居ない。だが、彼女は他の誰にも聞こえないように声を潜めた。
「かつて、はるか昔のパルス王国には、空間魔法を使う王宮魔術師が居たそうです。彼女はいつか未来に空間魔法の使い手が現れた時、その人物を中庭の石板まで案内するように言ったそうです」
「なるほど」
話は分かった。だが、それなら。
「それならオベリスクを運ぶ前に、俺をそこへ案内してくれても良かったのでは?」
その言葉に対し、リリウムはいたずらっぽく笑った。
「オベリスクを運んでもらうのは、できるだけ先にやってもらいたかったのです。あなたを石板の元まで案内した結果、何が起こるかも分かりませんしね」
何が起こるか分からないって、怖いことを言ってくれるなあ。
「あなたが石板の元へ行くかどうかは、私たちの仕事には関係ありませんからね。行くかどうかを決めるのはあなたです。しかし、今の話を聞いて、あなたは石板の元へ行って何が起こるのか確かめてみたいのではないでしょうか?」
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