第11話 バリオスの召喚

 翌朝、市場で壺スープなるものを購入した。壺にスープが入ったもの……まんまだな。平原亭で朝の食事はとっているのでこれは昼食用。昼には冷めるんじゃないかとマリーが言っていたが、これで良い。ちょっとした実験だ。


 朝の市場をあとにして、なるべく急いで城門の外へ。平原でなるべく人の邪魔にならないところを探し、そこで魔法を試してみる。


「それじゃあ、魔法の実験をするぞ」


 言いながら、鞄から取り出した魔法の書を開く。


「どんな結果になるか楽しみですの」

「ウォン」


 まずは、近くに落ちている石に対してこの魔法。


「アドミト」


 石が消えた。では、次は。


「チョイス」


 俺の手元に石が出てきた。もう一度「アドミト」を唱え石を収納する。


「良い調子ですわ」

「ここまでは準備運動みたいなものさ」


 そう、ここからが本番だ。新しく覚えた魔法を唱えてみよう。


 俺は人のいない方向へ手を伸ばし、魔法を唱える。


「カタパルト」


 手を伸ばした先に石が出現し、勢いよく飛んでいった。


「なるほどねえ」

「何がなるほど、ですの?」

「この魔法があれば、俺も自衛くらいはできそうだ」


 戦闘の心得は無いが、攻撃手段は手に入った。


「今みたいに石を飛ばしても良いし」


 石を飛ばすだけではない。


「カタパルト」


 今度は売れ残りの武器を出現させて射出した。飛ばすものによってはかなり凶悪な魔法になりそうだ。


「こうやって武器を射出させても良い」

「なるほど。チョイスが物を手元に出現させる魔法なのに対して、カタパルトは物を射出する魔法なのですね。物の大きさや重さも関係なく遠くへ飛ばせるなら……ちょっと怖いですわね」


 マリーは身震いした。彼女は一体どんなものを想像しているのだろう。ひょっとすると俺よりもえげつない使い方を考えているかもしれない。


 射出した武器は遠くの地面に刺さっている。俺はその武器に向かって手を伸ばした。俺の手は当然、武器までは届かない。だが、これならどうかな。


「アドミト」


 すると俺の魔法により遠くの武器が消えた。


「チョイス」


 武器を取り出す。ある程度なら遠くの物も回収できるようだ。予想だが、俺の視界内の物なら『アドミト』の魔法で収納できるのだと思う。あれ、この魔法強くね? もしかしたら、野盗に襲われた時もこの魔法だけで武装解除できたかもしれないな。まあ、過ぎたことだが。


「アドミト」


 再び武器を収納する。


「まだまだ本の魔力には余裕がありそうですのね」

「俺にはそこのところがよく分からないが」

「人や物に宿った魔力を探知する。これは魔力が無くても訓練でできるはずですわ。ぜひ覚えるべき技術です」


 確かに、それは覚えておいて損はなさそうだ。


「できれば、その訓練を手伝ってもらえると嬉しいんだけど」

「よろしくてよ。お金はとらないので御安心なさい」

「助かるよ」


 今後の目標が一つ増えたな。さて、次はいよいよ『サモンドバリオス』の呪文を試すとしよう。これが予想通りに召喚魔法だとしたら……わくわくするな。


「サモンドバリオス」


 呪文を唱えた直後、地面に魔法陣が浮かび上がる。そして、魔法陣から一体の大きな馬が現れた。黒くて強そうなかっこいい馬だ。


「おお……君はドバリオス?」

「ブルル」


 黒馬は首を振った。違うのか?


「じゃあ……バリオス?」

「ヒヒン!」


 今度は嬉しそうに応える黒馬。なるほど、君はバリオスか!


 馬のバリオスというとギリシャ神話に出てくる英雄アキレウスの愛馬だが、そう思うとこの黒馬もなんだか神秘的な雰囲気をまとっているような気がする。バリオスと対になる馬のクサントスが居ないのは寂しい。


「よし、バリオス。俺を乗せてくれるかい?」

「ヒヒーン!」


 バリオスは嬉しそうにして俺を背中に乗せてくれた。それから少し歩かせてみる。そうしているうちに気づいたのだが、彼は気性が穏やかだ。でも、なんとなく走らせたら、彼はとんでもなく速いのではないかと想像できた。


 バリオスの背から降り、遅くなったがマリーとクローバーを紹介する。


「あなた凄く強そうですのね。これからよろしくお願いしますわ!」

「ウォン!」


 なんとなくマリーとクローバーのテンションが上がっているように思える。彼女は召喚魔法と聞いた時から興味津々だったようだしおかしくはないか。クローバーも動物同士で何か感じるものがあるのだろう。


「ヒヒン!」


 バリオスはマリーたちに嬉しそうに応えた。良かった。召喚者にしか懐かないとかいうことはなさそうだ。


 マリーは俺を見てもじもじしている。どうした?


「何だ? 言ってみて」

「その、わたくしもバリオスの背に乗せてはもらえないでしょうか」


 なるほど。その気持ちはよくわかる。かっこいい馬には乗ってみたいよな。


「バリオス、彼女を背に乗せてもらえないかな?」

「ヒヒン!」


 どうやら了承してもらえたようだ。


 それからしばらく、俺とマリーは交代でバリオスの背に乗せてもらった。クローバーもバリオスと遊びたがって、気付けば太陽が中天に昇っていた。もう昼だ。


「ありがとうバリオス。楽しかった」


 えっと、戻す時はどうするんだ。そんなことを考えていると。


「ヒヒーン!」


 バリオスがいななき、霧のようになって消えていく。時間の経過か、俺が彼を戻すことを考えたからか、彼は霧に隠れるように見えなくなってしまった。あとには俺とマリー、そしてクローバーが残された。


 また召喚したら出てきてくれるかな? 頼もしい仲間が増えたようでうれしい。


「さて、いったん街に戻ろうか」

「ええ」

「ウォン」


 もう一つ試したい魔法がある。


「マリー、俺の手に触れてくれないか」

「かまいませんわ」

「クローバーも、こっちに来てくれ」

「ウォン」


 俺たちはお互いに触れあう。予想が正しければ、これから俺が唱える魔法は、俺が触れている物に効果が及ぶのではないだろうか。試してみよう。


「じゃあ……呪文を唱えるぞ」


 深呼吸をして、呪文を唱える。


「エルパルスポート」


 俺たちの周囲の景色がぐるぐると回り出した。そしてすぐ、俺とマリーとクローバーはエルパルス広場に居た。魔法の呪文は俺が思った通りの効果を発揮したようだ。


 辺りを見回す。今は周囲に人は居ないようだ。


「実験は成功だな」

「転異魔法を体験してしまいましたわ!」

「ウォン!」


 マリーとクローバーは興奮した様子だ。さて、ではもうひとつの実験の結果を見てみるとしますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る