第9話 新たな魔法
「それじゃあな。また縁があれば、うちの料理を食わせてやるよ」
朝になり、城門の先で俺たちはじゃがいも売りの少女と別れる。彼女のサンドイッチは美味しかったな。それに彼女が俺の売り物の宣伝をしてくれたこともあってか結構懐も潤った。
「またな」
「ぜひ、また会いましょう」
「ウォン!」
少女は嬉しそうな顔をしながら鼻の下を擦った。
「へへ……またな」
彼女は最期にそう言って、去っていった。
彼女の姿が見えなくなってから、大変なことに気付いた。
「あ!」
「どうしましたの?」
「あの子の名前、聞いてなかったな」
「あら、ああいう子が好みですの?」
「そういうわけじゃないけど」
仲良くなった相手の名前くらいは知っておくべきだった。と、思うのだ。
「また会うことがあれば、その時に名前を訊けば良いですの」
「……そうだな。じゃ、俺たちも行こう」
「ウォン」
エルパルスの街を進んでいく。城門の近くには鍛冶屋があり、カンカンと金属を叩く音が街路まで聞こえてくる。気にしている人はほとんどいないようで、その音がここの住民にとって自然なものだと感じられる。鍛冶屋もちょっと気になるが、今は特に用事はない。
俺たちがまず向かうのは、この通りを進んだ先にある古代の遺跡だ。公園のようになっていて誰でも入れるらしい。そう言うわけで石畳の通りを進んでいく。
「どうです。エルパルスは?」
「まだ来たばかりだよ」
「それでも街の雰囲気は感じ取れるものではなくて?」
「そういうものかな。うん……活気のある街だと思うよ。人が多いし、建物も屋根がカラフルで明るい気にさせてくれる」
タムリアの村で見た漆喰と藁の屋根の建物に比べ、こちらの建物は屋根瓦がカラフルでかわいらしい。壁が漆喰なのは同じようだが、屋根が違うだけでこんなに印象が変わるんだなあ。
そうこうしているうちに目的地へ到着した。入り口の看板にはエルパルス広場と書かれている。石柱がいくつも立つ広場だ。俺の地元の陸上競技場くらい広い。
マリーが俺の前に出てきた。彼女は「えぇ」と声を調整するように言ってから、話し始める。
「先にも説明しましたが、ここはエルパルス広場と言います。この都市が建設されたころ……だいたい四千年ほど前には、ここに神殿があったと言われていて、この広場はその名残だそうです。数千年というとエルフでも、なかなか生き続けている者は居ませんし、長い時の流れを感じますわね」
へえ、この世界のエルフでも数千年生きている者はなかなか居ないのか。
「ナオト、この遺跡についてから魔導書に変化はありますか?」
俺は鞄から魔法の書を取り出し、確認してみる。特に変化は起きていない。
「ふむぅ。もう少し遺跡の奥へ行ってみましょうか」
「ウォン」
「そうだな。行ってみよう」
エルパルス広場の奥へ進んでいく。それなりに人がいて、皆が思い思いに過ごしている。離れたところに円盤投げや槍投げの練習をしている人間の姿も見えた。心なしかクローバーが楽しそうに彼らを見ている……気がする。彼らの邪魔にはならないようにしよう。
「円盤投げとか槍投げとか運動競技って人気あるの?」
「ええ、スポーツの競技会はなかなかに賑わいますわ。今は競技会をやっている時期ではないですが」
「じゃあ、競技場とかも存在するんだ」
「興味があるなら案内しましょうか」
「それは面白そうだね」
「あとは……娯楽なら競馬場の戦車競技や、舞台の演劇も外せませんわね。あ、チェスというゲームは知っていますか。わたくし、多少の心得はありましてよ」
この世界にはチェスもあるのか。世界が違っても人間は似たようなゲームを考えるってことだろうか。もしくは異世界人の影響か?
それに競馬場に演劇……よくある異世界ものだと異世界の人は娯楽に飢えているという展開は多いが、ここではそういうことは無さそうだな。
そんな話をしているうちに広場の中ほどまでやってきた。広場に居る人たちからは柱の陰で見えない位置だ。俺が持っていた本に変化が起きる。
「おっ変化ありだ」
本が光り出した。それは数秒で終わる。俺は本のページをめくってみた。ページの始めの方に文字が増えている。
「新しい呪文が増えたみたいだ」
「古代遺跡に寄ることで本に変化が起きるという予想は正しかったようですのね」
「ああ」
増えた呪文は『エルパルスポート』だ。おそらく『タムリアポート』のような転異魔法ではないかと思う。あとで試してみよう。
これまで手に入れた魔法の感じからして、この本の魔法には法則性があるように思える。例えば空間魔法で統一されているとか。もしかするとそうかもしれない。
空間魔法の書か。かっこいいな。
「これから何日かはこの街に滞在しようと思う。というわけで、だ。宿を紹介してほしい」
「分かりましたわ。ついてきてくださいまし」
「ウォン」
俺たちはエルパルス広場を後にする。それから歩くことしばらく、丁度街の中央辺りという場所でマリーは一件の宿を紹介してくれた。
「ここは平原亭といいます。代々宿をやっていて、今の主人は三代目だそうです」
「へえ、なかなか古い宿なんだね」
「ですが良い宿ですのよ。宿泊費も手ごろですしね」
宿に入る。入り口からすぐのところにあるカウンターで金髪の少女がうとうとしていた。
「彼女がここの主人?」
「いえ、彼女はご主人の娘さんです。ここの主人はクマみたいな男の方ですの」
「クマかあ」
怖い人だったらやだなあ。なんて考えているとクローバーがカウンターに寄っていく。
「ウォン!」
そしてクローバーが吠えた。少女がびっくりしたように目を覚ます。
「はわあっ!?」
「ウォン!」
「ごきげんよう。アダ」
「あ、マリーさん。お久しぶりです。クローバーも」
それから彼女は俺に目を留めた。珍しいものを見るような視線を向けられる。
「マリーさんのお連れさんですか?」
「そんなところですわ」
「俺はナオト。彼女にこの辺りのガイドを頼んでいるんだ」
「なるほど。旅の方ですね。チェックインをしに来たのですか?」
「ああ、頼むよ」
「では用紙にサインをお願いしますね」
眠りから覚めた彼女はてきぱきと手続きをこなしてくれた。最期に部屋の鍵を受け取る。
「支払いはチェックアウト時、もしくは一週間に一度お願いします。食堂での食事は朝と夜の決まった時間にお出しします。それでは、ごゆっくり」
昼の食事は各自で用意してくれという話だった。まだ昼までは時間があるが……この後はどう過ごしていくかな。遺跡をめぐってもいいし、他にも見て回りたいものは色々ある。
俺はマリーに視線を向けた。
「この後はどこに行こうか」
彼女は自身の腰に手を当てて言う。
「どこへでも、あなたの行きたいところに案内しますわ」
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