第7話 河見山
翌朝早くから俺たちはタムリア村を出発した。目指すはグラン王国の首都エルパルスだ。
マリーが俺に元気よく言う。
「今日は山を一つ越えますわよ。山越えとはいえ標高は低いですし、道もある程度は整備されているので、それほど大変な登山ではありません」
彼女は大したことではないかのように言っているが。
「そうは言ってもな。俺は山を登った経験なんて人生で数えるほどしかないぞ」
「とはいえ、山を超えなければ目的地までだいぶ遠回りになります。山を越えるべきです」
「了解、頑張るよ」
「その意気ですわ」
「ウォン!」
彼女だけでなく、クローバーも俺を応援してくれているようだ。なら、その応援に応えないといけないよな。
「じゃあ、行こうか!」
「ええ!」
「ワオォー!」
俺たちは村を出て山を上り始める。
「この山はパルスの人々には河見山と呼ばれていますの」
「へえ。名前の由来は?」
「はっきりこれだ。というものは分かりませんけれど、よく言われているのは、この山を超えた先にある平原と運河の眺めが素晴らしいことからだそうですの」
「なるほど。山の上からの景色が楽しみだ」
「そうですの。北のネビス山や南のエレベート山なら、もっと素晴らしい景色を眺められますけどね。あれらの山はこの大陸でも一、二を争うほどに高いですから」
そのネビス山とかエレベート山とやらにはあまり上りたくないものだね。
俺たちは河見山を上っていく。よく人が通るのか、道は舗装されているようだ。どこかで鳥がさえずり、背の高い木々が並び、空気が美味しく感じられる。思っていたより気持ちの良い旅だ。
「ピクニックみたいでしょう? この道を通るのはいつも気分が良いものです」
「そうだなあ。のんびり山を上るのも良いものだなあ」
「ウォン!」
しばらく、俺たちは問題なく進んでいた……のだが。
「これは……」
山をだいぶ登ったあたり、草木が減り、ごつごつとした岩が多く見られる崖路でのことだ。落ちたらただではすまないだろう崖路で、俺たちの行く手を土砂が遮っていた。そう、何メートルもの土砂の山だ。
「土砂が道を塞いでしまっていますわね。土の魔法によるものでしょうか。ドワーフの仕業かしら?」
「クウゥーン」
「土砂も気になるが……何か臭うな」
「スメルロックの臭いです。この山にはよく転がってます。クローバーには辛いでしょうが、彼には我慢してもらうしかありませんわね」
「クゥン……」
スメルロック……岩が臭うのか。なんか変な感じ。まあ、臭いはともかくとして、土砂の山はどうしたものか。
「迂回路はあるかい?」
「ありますが……山を一度降りなくてはなりませんわね」
「それは面倒だな」
「ええ、面倒ですの」
それにしても、どうして土砂が道を塞いでいるのだろう。マリーが言うように誰かの魔法の仕業なのだろうか。
そんな考えを巡らせていた時。
「今だ。かかれ! 殺しちまえー!」
周囲に男の声が響き、十人ほどの男たちが後方から走って来ていた。なんとなく分かったぞ。この土砂はおそらくあの男たちが道を塞ぐために用意したもので、こうやって旅人の逃げ道を塞ぐというわけか。たぶん彼らは崖路の手前にでも隠れていたのだろう。
「なるほど。野盗というわけか」
マリーを見る。もしや、彼女――俺をこの状況にはめたのか!?
彼女は肩をすくめて笑う。
「面倒なことになりましたわね。大丈夫。あなたは、わたくしたちが守ります」
彼女は俺にウインクしてから野盗たちの方を向いた。
「クローバー! 容赦は要りません! あの男たちを噛み殺してしまいなさい!」
「ウォン!」
あっと言う間に戦闘へ突入した。クローバーが男たちに向かって走り出す。
「相手はたった三人。こっち十人だ。負けるわけ――ぐぎゃああ!?」
野盗たちは数の力に任せて襲いかかって来たのだが、マリーとクローバーは彼らを簡単に倒していく。
「わたくしも容赦しませんわ! ウィンドショット!」
「ウオォー!」
マリーの魔法が野盗の胴体を撃ち抜き、クローバーが野盗の頭を噛み砕く。小さな子には見せられないゴア描写だ。そんな光景を見ながら、俺は安心していた。
彼女たちが強くて、野盗にやられる心配はなさそうだと思ったのがひとつ。そしてもうひとつ――野盗が出てきた時に俺は一瞬、彼女が野盗とグルなのかと疑ってしまったのだが、それが杞憂ですんだため、安心することができたのだ。
彼女を疑ってしまったことを恥ずかしく思う。そして、今度こそ心に決めた。彼女たちを疑うのはもうやめよう。
ほどなくして野盗たちは全滅した。彼らは物言わぬ死体となり、俺たちへの脅威は去った。この世界にキリスト教があるかは知らないが胸の前で十字をきっておく。
「えっと、彼らの遺体はどうする?」
「あなたの良心がとがめなければ身ぐるみを剥ぎましょうか。彼らにはもう必要のない物ですし、わたくしたちの役には立つでしょう」
「それには賛成だ」
「彼らの魔石もほじくり出しますの」
「……まじですか」
野盗たちから奪ったものは、とりあえず俺の預かりということになった。空間魔法が使えるのなら、それで収納したほうが便利だからな。というわけで。
「アドミト」
俺の魔法により、野盗たちの残した物は全て回収できた。
「改めて、便利な魔法ですのね」
「俺もそう思う」
「ウォン!」
「クローバーもそうだそうだと言っていますわ」
「そうなのか」
残った遺体は道から崖下へ蹴り落とした。それで、あとは野生の魔獣たちが遺体を処理してくれるとマリーは言った。それなら彼らのために墓を用意してやる必要はないだろう。こちらを殺す気で襲いかかって来たのだから、仕方が無い結果だ。
さて、野盗たちの問題は片付いたが。
「問題はまだ残っていますわ」
「そうだね」
おそらく野盗たちの仕業であろう大量の土砂が道を塞いでいる。このままでは道を通れない。
「十中八九、これはあの男たちの仕業でしょう。面倒なものを残してくれましたわ」
「まあ、大丈夫だと思う。俺に考えがある」
その言葉にマリーから期待のこもった視線が向けられる。
「どんな考えですの?」
「簡単なことさ」
俺は土砂へ手を伸ばす。あの魔法を初めて使った時、俺の視線はマリーの胸に向いていた。だからあの時は彼女のブラジャーを採る結果になったのだろう。ならば。
「アドミト」
魔法の力により、一瞬にして道を塞いでいた土砂は消えてなくなった。道を塞ぐほどの土砂を問題なく収納できたあたり『アドミト』の魔法はかなりの収納力を持っているようだ。もしかしたら無限に物が収納できるかもしれない。
「流石ですわ! ナオト!」
「ウォン!」
「どういたしまして。さあ、進もう」
そこから少し進んだところで、俺の視界にそれが映った。
遠くに大きな街が見える。美しい平原と運河。雄大な自然はそれだけで美しいが、更に美しいものが大自然の中に佇んでいる。
白く美しい壁が、色とりどりの建物を囲んでいるのが分かる。遠くから眺めると、その街は宝石箱のようだった。
「綺麗な街だ」
「でしょう」
マリーは俺に満面の笑みを向けながら言った。
「あれがパルス王国の首都、エルパルスですわ!」
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