幕間 梁井玲司視点

閑話 特撮から学んだこと(1)

 梁井はりい玲司れいじ

 なんとも仰々ぎょうぎょうしい名前だとは思うが、これがぼくの本名だ。

 病弱で、運動音痴で、怪獣オタクのコミュ障。

 まったくもって名前負けもいいところである。


 理解のある両親と、誰に似たのか破天荒極まる妹に囲まれて、ぼくは自由奔放に成長した。

 ひねくれていた部分はあるし、いろいろとなかったことにしたい歴史もあるけれど、それでも今日まで生きてきたんだ。


 十一年前に起きた怪獣災害。

 そこで出逢ったプラティガーが、ぼくの人生を変えてくれたから。


 理不尽に翻弄されて生きることが難しくなるなら。

 その理不尽など打ち砕いてしまえばいい。

 ぼくが人生と同価値だと思っている絶望は、たったその程度のものなのだと、怪獣皇帝は教えてくれた。


 ぼくは全力で生きてきた、あの日から今日までずっと。

 好きなことを隠すことなく。

 誰かを傷つけてしまわないように。


 そうして巡り会った、あの夜、運命に。


 秕海乙女。

 もうひとりの大怪獣。


 顔合わせこそ荒唐無稽で、お互いに滅茶苦茶だと思ったに違いないが、それでもぼくらは仲良くなれた。

 同じ目標を持てたからだ。

 ぼくが作って、彼女が着る。

 怪獣スーツが、ぼくらを繋いでくれた。


 彼女は怪獣だ。

 けれど、その在り方に悩む普通の少女でもある。

 口出しするつもりなんて毛頭ない。

 彼女が自分自身で、答えを出さなければ意味の無い問題だろうから。


 だから、せめてぼくは彼女の傍でその答えを見守りたかった。

 できる限りの手伝いをしたかったんだ。

 それは、野上に釘を刺されてからも変わらない。


 よき友人であれればと、願った。


 でも、現実というのは上手くいかないものだ。

 よくよく思い知っていたつもりでも、こうやって失敗する。

 自分の無能さに腹が立つ。


 実相寺先輩が秕海に告白したとき。

 野上がぼくへ告白したとき。


 正直、冷静じゃいられなかった。

 どうしてそんなことをするんだと叫び出したかったし、こうなる前に行動できなかった己を呪った。

 だって、先輩が秕海に好意を抱いていたことぐらい、初めの初めから解っていたじゃないか。


 野上だってそうだ。

 彼女がぼくを――秕海の横にいるぼくを特別だと感じてくれたこと自体は嬉しい。

 だからってあれはないだろう。

 秕海が、かわいそうだ。


 ……怪獣をかわいそうだなんて、ぼくはいったい何様だろうか?

 でも、彼女が困った顔をするのをぼくは見たくなかった。

 見たくなかったから、行動した。

 野上に普段通り振る舞ってもらうようにせ。

 実相寺先輩にも、頭を下げた。


 ふたりがすごくいいやつだったから、ぼくの懇願こんがんを聞いてくれたし。

 今日みたいに、未だに友達として一緒に行動してくれる。


「お、そろそろだぞ先生」


 実相寺先輩が、由々実ちゃんの手をしっかりと握りながら、語りかけてきた。

 駅前――というか駅と一体型の大型商業施設が、本日改築を終えて新装開店することになっていたのだ。


 ぼくらは連れ立って、この施設を訪ねていた。

 なぜなら今日この場で、永崎の誇るゆるキャラ〝ティガーくん〟の限定グッズが配布され、店内では怪獣にちなんだ商品や限定メニューも並ぶ予定だったからだ。


 見逃すことなど出来ない。

 実相寺先輩も同じ気持ちだったらしい。

 彼は姪っ子の由々実ちゃんを連れてきた。


 由々実ちゃんは先輩のことを心からしたっており、進治郎ちゃんと呼ぶ。仲がいいことは良いことだ。

 由々実ちゃんも特撮に興味を持ってくれており――その入り口が実相寺先輩であることは間違いない――このイベントを楽しみにしてくれていたそうだ。


 入場待ちの行列に並んで一時間近くになるが、まだ順番待ちの人は増え続けている。

 すでに百人や二百人ではきかないだろう。


 大勢というと、どうしても粗悪品ティガーライトの一件が気になった。

 既に結構な量が流通しているらしく、人が集まれば誤作動の確率も上がる。

 ティガーライトを使用した全ての機器が影響を受けるわけではないだろうけれど、用心は必要だ。


 ぼくはカバンの中に入れておいたインカムが、問題なく作動するかを確認チェック

 これは実家のPCとも無線で繋がっており、携帯端末の情報を随時フィードバックしてくれている。

 旧式であるためティガーライトが使われておらず、影響を受ける可能性はとても低い。

 このインカムが生きている限りは、万が一電話が壊れても迎えを呼ぶことぐらいは出来るはずだ。


 怪獣スーツも絶対壊れてはいけない部分を旧製品に変えている。

 時勢に対応するというのも、スーツ作りでは重要なことだ。


「進治郎ちゃん、まだー?」

「もう少し……いや、入場開始だ」


 二人の会話で意識を行列へ戻す。

 駅前の巨大スクリーンに三秒前というカウントダウンが浮かび、やがて無数のクラッカーが鳴り、くす玉が割れる。

 リニューアルされた本館入り口が開いて、そこへ人々が吸い込まれていく。

 ぼくらも流れのまま入り口へと向かえば。

 そこに、本命がいた。


 丸っこいデザインの二足歩行型恐竜的ななにか。

 永崎復興に一役買った功労者、ゆるきゃらの〝ティガーくん〟が、ぼくらを歓迎してくれた。


『てぃがてぃが!』

「わー、ほんものだー!」


 テンションが上がる由々実ちゃん。


「うおー、ティガーくんの本物だぞ先生!」

「三年前にバージョンアップした第三世代ティガーくん! ようやく間近で拝めるとは……!」


 幼女以上にテンション爆発しているぼくら。

 はい、大人げないですね。


「どうぞー、記念品でーす」


 ティガーくんの横で係員さんが限定グッズを配布している。

 なんと通常のティガーくんとは色違いの、蛍光色ソフビだ。

 背中にはショッピングモールのロゴマーク。

 今日この場所でしかゲットできない激レア品。


「最高だ!」


 非常に上機嫌になりながら、ぼくらは入館する。

 三人でわいわいガヤガヤ言いながら怪獣グッズを買いあさり、予算の都合で断念し、やっぱり諦めきれずにうろついたりして。


 ぼくと先輩はいつまでも元気だったが、一時間ほどもひやかしていると由々実ちゃんは疲れてしまった。

 丁度フードコートにさしかかったので、軽食を取ることにする。


 怪獣皇帝焼きという名の大判焼きと、ティガーくん味のジュース(ライムソーダ味)を三つ買って席へ着く。

 幼女は机に突っ伏していた。


「ごめんね、疲れちゃったよね由々実ちゃん?」

「んーん、進治郎ちゃんと一緒だから平気」


 なんとも健気な幼女である。

 先輩を見遣れば「自慢の姪だからな」と力強い返事をもらった。

 ふたりの信頼が伝わってきて、勝手に口元が緩む。


 信頼。

 ぼくは、秕海との間にそれを築くことが出来ただろうか?

 気になることがあるのだ。

 昨晩、また廃墟街で怪獣が現れたという噂をぼくは耳にしていた。

 ひょっとすると彼女かもしれない。

 だとすれば、どうして……。


「玲司先生に言っておかねばならんことがある」


 先輩が、急に真剣な顔つきになった。

 どうしたのかときょとんとしていると、彼はいきなり頭を下げる。

 額がぶつかって、ごつんと、テーブルが音を立てた。


「すまなかったな!」


 え、なにが?


「気を遣ってくれなくてもよい。俺が乙女ちゃんを口説くどいたことだ」

「進治郎ちゃん、アタシというものがありながら他の女に手を出したの!?」

「待て、誤解だ、未遂である」

「きー!」


 歯ぎしりしながら先輩へと掴みかかる姪っ子さん。

 いきなり脱線する話。

 困っていると、由々実ちゃんを膝の上に載せながら先輩が筋道を戻してくれた。


「楽しかったのだ、乙女ちゃんと話をする日々が。一緒にショーをやったことが。俺には、すべてが心地よかった」

「…………」

「だが、告白して解った。それは彼女だけに感じていたことではない。先生……玲司後輩と、靖子後輩、乙女ちゃん。全員で遊ぶのが楽しかったのだ。俺はこれを履き違えて、もう少しで全てを台無しにしてしまうところだった」


 だから、すまないと彼は頭を垂れる。

 謝られるようなことではない。

 むしろぼくこそ、反省すべきなのだ。

 だって、ぼくは。


「先輩が、秕海へ告ったとき、ぼくは」


 身体が震える。

 その先を言葉にすることが恐ろしくて。

 けれど、彼の誠意を踏みにじることは出来ない。

 ぼくは精一杯の勇気とともに、心の奥底の思いを吐露しようとして。

 そして。


 


 のちに怪獣二次災害にカテゴライズされる大事件。

 永崎駅炎上は、こうして幕を開けたのである。

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