怪獣スーツ製作の合間

閑話 秕海乙女はお見舞いに行く

「これは極めて一般的な、社会性の確認としての質問なのですが……病床びょうしょうにある相手へのお見舞いとは、どうするべきでしょうか?」

「姫、相談する相手を間違えてるよー?」


 休み時間、私は思いきって靖子へと訊ねた。

 かなりの意志力を動員しての質問だったが、彼女は胡乱うろんなものを見るような目つきを向けてくるばかりで。


「待って、事情を説明させて」

「聞くよー、姫の話ならなんでもね」


 よし、さすが付き合いの長い友人だ。

 ことの起こりは梁井くんが欠席し続けていることにある。

 連絡を取ってみたところ、風邪を引いてしまったらしい。

 夜更かしのしすぎで免疫が弱ったのだろうとは彼の言葉だ。


 しかし、いまは怪獣スーツ作成にとって極めて重要な時期。

 出資者としては、長期休暇など認められない。

 そこで、せめて少しでも早くよくなるように、お見舞いに行こうと考えたのだ。


「ということなのです」

「……まさか、主語を全部伏せて説明されるとは思わなかったよねー」


 でもだいたい解ったと、彼女は眼鏡をクイリとやった。


「ビジネスパートナーが流行性りゅうこうせい感冒かんぼうにかかっていてー、姫はその進捗を問いただしたいし、さっさと復活するように圧をかけたいってわけだねー?」

「そう、あくまでこれはビジネスパートナーの話……」

「電話かメールでよくない?」


 普段ならここで同意する。

 というか、普通に考えればそうなる。

 なにせ相手は風邪を引いているのだ。

 人間であれば、自分も感染することを視野に入れるだろう。


 けれど私は怪獣。

 幼少期からただの一度も病気になどなったことは無い。

 対面は可能だ。


「なるほどねー、姫は免疫があると。うーん、よくわかんないけど、要するにこれは、姫が相手の顔を見たいって話?」


 私は大きく首を振った。横にだ。

 違う、そうじゃない。

 会いたいとか……そういう話ではない……たぶん。


「あくまでビジネスパートナーとして」

「それ聞いたー」


 ぐぬぬ……。

 そもそも、会いに行くのは確定している。

 主題は別だ。


「つまり?」

「万人が喜ぶお見舞品に、靖子は心当たりがない?」

「……姫はさ」


 友人は。

 すごく、すごく苦々しい顔をした後。

 やはり胡乱げな顔で、私を見詰めるのだった。


「アイドルかなにかに、会いに行くのかなー?」


§§


「よぉ、秕海。悪いな、寝たきりで」


 部屋に入ると、彼は力なくベッドに横たわっていた。

 梁井くんが風邪を引いたと聞いたのが昨日。

 実際に感染したのはそれ以前らしいが、顔色はあまりよくない。


 高熱が続いているらしく赤い顔。

 焦点の定まらない瞳に、口元を覆った厚手のマスク。

 とても息苦しそうである。


「これ、お見舞いの果物詰め合わせ」

「リンゴは好きだ。有り難い。その辺に置いておいてくれ」

「あと、コンビニで買ってきたプラティガ-一番クジのC章ストラップ」

「めっちゃ有り難い! 丁重に机の中へしまっておいて――げほごほ!?」


 急にテンションを上げすぎたからだろう、むせかえる梁井くん。

 ため息を吐きつつ、かごを置ける場所を探す。

 元からものを置く場所などない部屋なので難儀したが、なんとかスペースを確保。

 ストラップも収納しておく。


 それから、とりあえず彼の枕元にあったタオルを、これまた置いてあった氷水入りの洗面器へと浸ける。

 絞って、まだ熱っぽい彼の額へと載せた。


「……助かる。だいぶ気持ちいい」

「黙っていなさい、咳き込まれても困ります。質問に〝はい〟か〝いいえ〟で、頷くか首を振るかしてくれればいいから」


 こくりと頷く梁井くん。

 聞き分けがよくて大変よろしい。


「ご家族は?」


 首を横に振る彼。

 事前に聞いていたとおり外出中らしい。

 家の鍵を開けてくれた梁井くん似の童女がいたが、あれが以前話に出てきた妹さんなのだろう。

 かなりきつい眼差しでにらまれた後、


あにーちゃんの寝込みを襲ったら許さないからね!」


 という、意味不明な言葉を投げつけられた。

 そんな彼女も、今は家にいない。

 夕食の買い出しに出かけたらしい。


「偉い妹さんね」


 微かに自慢げな様子で頷く彼。

 その妹さんから、私は託された。

 つまり彼女が戻るまでの間、梁井くんを介護することをだ。


 さて……改めて観察してみると、寝汗が酷い。

 体温を測ってみると、四十度近い。

 人間としてはまずい体温だ。


「身体を拭こうと思います。いいですか?」


 数秒の沈黙。


「梁井くん?」

「なんでここまでよくしてくれるんだ? ぼくたちはただの……」

「そう、ビジネスパートーナーですから。互いの仕事のために世話を焼くのは当然です」


 そうつのれば、彼は不承不承といった様子で頷く。

 いったん下の階へ降りて、キッチンでお湯を調達。

 彼の部屋へと戻り、身体を拭くための準備をする。

 パジャマに手をかけると、奇妙な視線を向けられた。


 何か言いたいことがあるらしいが、病人の戯言は無視。肌着を引っ剥がす。

 顕わになったのは、痩せぎすな身体だった。


 肉付きは悪く、骨も細く、筋肉と呼べるものも、脂肪と呼べるものも少ない。

 元よりこうだったのか、病によって急速に痩せ細ったのか。

 まあ、前者だろう。

 後者なら病院行きであることぐらい怪獣にも解る。


 かたく絞ったタオルで汗を拭い、身体が冷える前に服を着せる。

 そして、頭には氷タオル。


「……すげぇ恥ずかしい」

「発言の許可は与えてません」

「おまえがビジュアルコンプレックスを抱えているのと同じで、これがぼくの劣等感なんだよ」

「む」


 これは卑怯だ。

 劣等感の話を出されると、ちょっと無視できない。


「……無理のない範囲で発言を許します」

「ぼくは怪獣になりたかった」

「初めて会った夜も言っていましたね」

「けど、昔から病弱でさ、スーツアクターになるって言う、比較的現実的な夢も目指せなかった」


 だから、他のことは出来るようになりたかったのだと、彼は言う。


「スーツを作れるように。怪獣のデザインが出来るように。CGを動かせるように。特撮の技法を学べるように」


 努力に努力を重ねて。

 その研鑽けんさんがいま、私たちの怪獣スーツとして形を得ようとしている。


「そんな矢先にこれだ。情けないよ」


 そこまで言って、彼は大きく咳き込んだ。

 梁井くんの背中をさすりながら、私は思う。

 彼の、怪獣に対する情熱は度を超している。

 オタクだから、という理由だけでは収まりきれないなにかが、梁井玲司にはあるように思えてならない。


 そもそも、最初に顔を合わせた夜だって。

 廃墟街という危険地帯に、なぜ彼はいたのか。


「噂を聞いたんだ」


 私の心中を読んだように。

 もしくは……夢うつつのような眼差しで、彼は続ける。


「怪獣がでるって噂を。もう一度会いたかった。ぼくを救ってくれた、プラティガーに」


 そこまで語ったところで、彼の目蓋が震え始める。

 どうやら限界。

 私はそっと彼の頭を撫で、布団を着せ直す。


「でも、よかった」


 眠りに落ちる寸前。

 梁井玲司は、こう告げた。


「秕海に、出逢えたから」


 閉ざされる目蓋まぶた

 先ほどまでより、幾分と穏やかな寝息。

 まだ熱が残る彼の顔を見詰めながら。

 私は自分の頬をこする。


「どうして、そんなことが言えるわけ?」


 頬が上気していることを、なぜだか認めたくなかった。


 数日後、彼は学校へと顔を出せるぐらいに回復。

 私たちは再び――怪獣スーツを完成させるために、活動を始めるのだった。

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