第八話 ゼロ号スーツって、なに?
梁井くんがまず取り組んだのは、3Dモデル――そのひな形となるイメージボードを作ることだった。
しかし、このデザイン会議は
「背びれは必須だ、先端が丸みを帯びている形状にしよう」
「待ちなさい。前も言いましたが、尖っているほうがいいに決まっています。具体的には装甲板貫けるぐらいの鋭さ、
「つまり……ハリウッド製の怪獣皇帝みたいに?」
「王冠って言い出したのはそっちでしょ?」
「ぐぬぬぬ……」
などという口論は序章に過ぎなかった。
「角をつけましょう、前頭部から斜めに伸びる角、半透明で蛍光色に光る!」
「ナンセンスだ秕海! 一対の牙こそプラティガーの象徴。トレンドマークが多すぎるとデザインがぼやける」
「これは二代目。私が着るの。選ぶ権利は私にあります」
「この強権スポンサー様がよ!」
怒りに顔を真っ赤にしながら、それでも彼は何パターンも、何パターンもデザインの試作を続け。
ようやく一つの、完成を見る。
「次! これを3Dに起こして、
出来上がったマケットは、小さくて可愛らしいサイズだった。
私は紙を切り抜いてマケットの胴回りに貼り付け、剥がす。
被服事業でいうところの型紙だ。
「これを拡大して本番用の型紙を作るわけですね。しかし、最初から3Dで出力すれば手間が
「もちろんできる。問題はそのための機材を購入し、この土蔵へ運び込まなきゃいけないってことだが」
「やりましょう。予算はおいくらです?」
「この金満スポンサー様がよ!」
かくして、私たちは来る日も来る日も怪獣スーツの作成へと打ち込んだ。
充実していく設備。
比例したように混沌を極める梁井くんのデスク。
どうやら私物を持ち込んでいるらしい。
ティガーくんぬいぐるみや劇場限定のロゴ入りマグカップ、そして例の名前が書かれたソフビなんかが置かれていく。
「マグカップは使ってもいいものなの? コレクションでは?」
「こっちは実用品だからな。保存用は別にある」
「なら……お茶にしましょう」
母屋からティーセットを持ってきた私は、彼とお茶を楽しんだ。
カップを並べて二つ置くと、彼の方が背が高くて。
それがどうにも我慢ならず、より大きなマグカップを準備して次のお茶会に備えたりもした。
怪獣は、大きいものだから。
机の上こそごちゃごちゃとしていたが、梁井くんが有能であることに変わりはない。
とくに、デザインや機械には滅法強かった。
放課後、土蔵へ辿り着くと、彼はまず荷物からヘッドセットのようなものを取り出す。
「それはなに?」
「インカムだよ」
どうやら通信用の機器であるらしい。
かなり旧式のもので、ティガーライトを使用していない骨董品だとか。
それで外部と連絡を取るつもりかと訊ねれば、自分のPCに電波を飛ばしていると返答が返ってくる。
「簡単なAIを自作したことがあるんだ。人工知能といえるほど優秀でもないが、発注数や工数の整理ぐらいは任せられるからね」
とのこと。
常に持ち歩いているのは、思いついたことを片っ端から音声データで録音するためらしい。
なかなかに奇天烈な人間である。
だが、怪獣に向けられる熱量は凄まじかった。
デザインを担当しているとき、彼は呼吸すら惜しいというほどに集中していたから。
何がそこまで梁井くんを駆り立てるのか?
簡単だと彼は笑う。
「好きなもののためなら、人間はどこまでだって努力できる。もっとも、スーツアクターになる夢は、貧弱すぎて
自嘲しながらも、彼は消して手を休めない。
図面を直接出力できるようになってからは、作業効率がさらに向上していく。
切り抜いた型紙に難燃性樹脂などを貼り付けて切り取り、それを縫い合わせてパーツを作る。
腰回りを作り、尻尾を作り、足を片方ずつ作り、腕を、頭部を作り。
作って、作って、作って。
完成が間近に迫ったとき、彼が奇妙な質問をした。
「秕海は、怪獣になってよかったことってあるか」
ちょうど、スーツのサイズを確認するため試着をしているときだった。
私は足回りを身につけながら、指折り数える。
「太らない。スキンケアが要らない。あと病気にならない」
「病気にならない?」
「というよりも、注射器の針も刺さらないから検査のしようがないの」
そりゃあいいと、彼は口笛を吹く。
「注射ってやつがぼくは死ぬほど苦手でさ、だから怪獣皇帝VSシリーズで『薬ってのは口から飲むのに限るぜ!』ってセリフが出てきたときは心底共感したものだよ」
「梁井くんなのに?」
「よく言われた」
苦笑いする彼。
……あ。
「怪獣でも解る失言シリーズ……ごめんなさい、気遣いのない言葉でした」
「なんで謝るのさ? 気にしてないよ」
あっけらかんと言う彼だったが、私ですら、それが建前なことは理解できる。
けれど、梁井くんはお人好しだった。
見るに見かねたように、話題の筋道を戻したのだ。
「つまり、おまえにとって怪獣であることは当たり前なんだな」
「……ええ。人間だったときのことも、覚えてはいるけど」
「その上で、完璧な怪獣になりたいって思いは消えないのか」
消えない。
というよりも、日増しに強くなる。
いまだって、怪獣としての衝動は、身体の奥底でうずいているんだから。
「なら、急がなきゃだな」
それっきり彼は黙って、私も口を開かなかった。
ただ黙々と作業を続けて。
そして――
「「できた!」」
私たちは思わずハイタッチを決める。
力を込めすぎたのか、梁井くんはよろめいてしまったけれど。
それでも、彼の顔には強い達成感があった。
私たちの前に、怪獣がいた。
全高2.25メートル。
重量不明。
雄大な尻尾と、鋭い王冠のような背びれを持ち、恐竜のような下顎からは天を衝く一対の牙が伸びる。
前頭部からは、刃のような半透明の角。
そして、足の指は四本。
手の指は。
「四本。これは」
「はいはい、その界隈では常識なんでしょ?」
「おう!」
彼ははしゃいだ様子でインカムを再度装着、ゴーグルをかぶる。
それから携帯端末を手に取り、操作。
純正品のティガーライトを内蔵した高トルク動力源が起動。
着ぐるみの口が、大きく開いた。
「悪くないですね」
こだわりのギミックだ。
鳴き声こそないものの、首を回しながら空へ向かって口を開ける様は、確かに生きているように見えて。
私は、もう我慢ならなかった。
「梁井くん、着てみます」
「そうだ、それが主目的だった。すぐに準備しよう」
彼に手伝ってもらい、私は着ぐるみを身に纏っていく。
「スーツはいわば一張羅。材質上殺菌なんて出来ないから、本来は人間の方をギリギリまで消毒する。でも」
「私には必要ありません。汗なんてほとんどかかないですから」
「だろうな。それでもおまじないみたいなものだ。
関節を守るためのサポーター、スーツの頭部を固定するためにあるヘッドギア。
段階的に取り付けられていくパーツが、否が応でも変質を実感させる。
ぎっちりとまとわりついてくる樹脂の重量感。
自らが骨組みとなり、筋肉となってスーツと同化。
これは儀式だ。
一体感を、強く感じた。
背中のファスナーが上げられると、真っ暗闇に包まれる。
自分の心音と息づかいだけが響く世界。
ああ、いま産まれるんだ。
私が生まれ直すんだ。
今度こそ、怪獣の姿で!
眼を、開く。
「…………あれ?」
ん?
んん?
「梁井くん」
「どうした、秕海」
事前に取り付けてもらったインカム越しに、私は彼へと言葉を投げつける。
「視界がゼロなんですけど?」
「そんなわけ……呼吸用の空気穴は見えないところに移設したけど、代わりに視界確保用のレンズは喉元に取り付けたはずで」
「というか、動きにくい……」
関節は、僅かに動かすだけギチギチと鳴る。
それ以前に、姿勢を変えられない。
前屈みにもなれないし、背筋も伸ばせない。
なんか、すごく
「ちょっと、動かしてみましょうか」
「待て、秕海。すごく嫌な予感が――」
「えい」
気合いを入れて一歩を踏み出した。
その刹那だった。
パーン……!
大きな音を立て、各所から圧迫感が消滅。
あの夜のように、冷たい外気が流れ込んでくる。
同時に、全身の自由が復活。
ボトボトと、何かが床へと落ちる音が聞こえ。
「…………」
私は無言で、頭部を外した。
見遣ると、足下には散らばる怪獣スーツだったものの破片。
これは、つまり。
「秕海、たいへん言いにくいんだが」
「一言でお願い」
「失敗した」
「…………」
私は大きく息を吸い込み。
『ギャゴォオオオオオオオオ――!!』
行き場のない怒りのままに、叫び声を上げたのだった。
かくしてゼロ号スーツは完成し、そして壊れた。
形あるもの必ず壊れる。
怪獣スーツ作成は前途多難で、まだまだはじまったばかりなのだった。
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