第七話 社長令嬢って、なに?

 梁井くんに気が付いたらしいパパが、眼鏡の奥の瞳を一度大きくして。

 それからやわらかく語りかける。


「初めまして、僕は秕海藤介とうすけ。君は、乙女の友達かな?」

「え、あー……そうです」

「違う、友達じゃない」


 私は即座に否定する。


「彼は梁井玲司くん。私のビジネスパートナー」

「乙女はやっぱり不思議な言い方をするね?」


 パパは可笑しそうに眼を細め、蔵の中を一瞥いちべつ

 小さく頷いた。


「自由に使える広い場所が欲しいなんて、突然言い出したから何事かと思ったが……なるほど、君のためだったか」

「パパ」

「誰かのためじゃないと言うんだね? 解っているとも。しかし……梁井くん、だったね? 君はここで、なにをするんだい?」

「はい!」


 パパの問い掛けに彼は。

 屈指の特撮バカは。

 目を輝かせて答えた。


「ここで、怪獣を作ります!」

「ははは、怪獣か。それはいい」


 大笑いするパパ。


「怒らないんですか?」


 面食らったような顔をする梁井くん。

 額を押さえる私。


「いや、失敬失敬」


 パパは茶目っ気たっぷりに、種明かしをするようにウインクを決める。


「じつは僕、社長なんてものをやっていてね。我が社ではティガーライトを扱っているんだ。だから、怪獣とは縁が深いんだよ。なので、怒ったりなんてしないとも」


 まさかという顔をする梁井くんに、私は小声で耳打ちをする。


「秕海重工はうちの会社。名前ぐらい知ってるでしょ?」

「マジか」


 マジもマジ、大マジである。

 秕海重工。

 怪獣災害が起きた後、特別生物対策部隊と共同でティガーライトを開発。

 この街を復興へと導いた大企業。

 それが我が家の生業なりわいなのだ。


「黙っていたつもりは、ないのですが……」

「いや、気が付かなかったぼくのほうがどうかしてた。そうか、おまえマジモンのお嬢様だった訳か」


 実際、姫という渾名は、この辺も関係がある。

 梁井くんも思うところがあったのだろう、指折り数えながらパパの功績を列挙していく。


「建築業からエネルギー関連機器、交通システムまで一手に担う大企業。焼け野原になった永崎に、工業という働き口を作った大恩人。なにより、ティガーライト普及の第一人者」


 そんなに褒められると困ってしまうなぁととぼけるパパ。

 あれはちっとも困っていないし、もっと言って欲しいという顔だ。

 そのくらいは、怪獣でも解る。

 事実だからこそ、褒めそやして欲しいのだ。


 私たちが普段使いする携帯端末も、企業が使うコンピューターも、なんなら日常家電や車でさえ、いまはティガーライト無しには立ちゆかない。

 秕海重工はそれだけの企業で、パパはそのトップにいるのだから。


「あれ? でも確か、秕海重工は駅前ショッピングモールの入札で……」

「よく勉強しているね、さすが愛娘のビジネスパートナーだ。あれはうちの会社がやっている仕事じゃない。企業へプロポーザル――事業提案を行ったのだが、競合他社に随分と口達者がいてね、格安で持って行かれてしまった」

「秕海重工以上に安く……?」


 それは奇妙だと梁井くんは首をかしげる。

 たしかに、うちより安く提案するということは、うちよりも企業的体力があるということになるわけだが。

 パパを見遣ると、少しだけ困った表情をしていた。


「手抜き工事にだけは、ならないといいのだけど」

「ぼくは、それも含めて意外だと思ったんだよ」


 梁井くんが首をかしげ、こんなことを言い出す。


「秕海重工の社長が、こんな時間から家にいるなんて不思議だって」

「不思議って」


 確かに帰りが遅いときも多いし、最近はその傾向が強いけど。


「何って……いまはかかりきりのはずだろ?」


 だから、なにが。


「市井へ不正流通し始めている、ティガーライトの粗製そせい濫造品らんぞうひんを取り締まるためにさ」

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