第三話 顧客を意識したストーリーって、なに?

 作業は難航なんこうした。

 というか、船出ふなですらままならなかった。

 全ての土台となるべき企画書が、一向に完成しなかったからだ。


 企画書、プロット。

 それは設計図であり羅針盤なのだと彼は言った。

 これから出立しゅったつする航海で迷わないためのそなえなのだと。

 同時に、諸々の発注をかけるためには絶対必要な見積もりでもあって。

 それが、書けないというのだ。


 あれから一週間、梁井くんはタイプライターと向き合い続けている。

 だが、作業工程は書いては消し、消しては書いての繰り返し。

 タイトル以上のものは出力されない。

 遅々として何も進まないままだ。


 私はクリエーターとしての価値観が解らない。

 素人スーツアクターとして、怪獣演技のノウハウは学んできたが、それはあくまで表現者としてのもの。

 無から一を生み出すという苦しみを味わったことはない。


 けれど、学校で見かけたときも、土蔵に来てからも、あるいは彼の家でも。

 ずっとしかめっつらで執筆を続けている梁井くんを見ていると、どうにも放っておけない気持ちがわき上がってくる。

 おそらくこれは、連帯感によるものだろう。

 同じチームの一員として無視できないのだ。


 だからその日。

 私は思いきって彼を、もう一度屋上へと誘った。


「風に当たりなさい」


 屋上に来てまで携帯端末で作業をしようとする彼に、釘を刺す。

 根を詰めすぎてもいいことはないし、行き詰まっているなら発想の転換が必要だ。


「書けないのですか?」


 無遠慮にそう切り込めば、


「話の構想はあるんだ……」


 と、普段からは想像も出来ないほど弱々しい声が返ってくる。

 うん、これは重傷だ。

 なんとかしなければならない。


「聞かせて」

「え?」

「頭の中にあるものを、まず話して。共有してくれないと、なにも解らないから」


 彼は数秒迷ったようにしたあと、訥々とつとつと語り始めた。


「……怪獣映画である以上、見せ場は怪獣が暴れるシーンだ」

「続けて」

「シルバーエックスは版権上出せないし、そもそも実相寺先輩は今回裏方だ。アクターが秕海しかいないなら、プラティガ-二代目が町を破壊するシーンを描くしかない」


 なんだ、思ったよりも出来ているじゃないか。

 そこまで固まっているのに、なにを迷うことがあるのだろう?

 首をかしげている間にも、彼は続ける。


「破壊の限りを尽くされる町並み、大迫力の特撮カット。怪獣が去った後、人々は嵐に耐え抜いた後のように立ち上がり、復興へと全力を尽くす」


 そしてまたたく間に修復される街の様子こそを描くべきではないかと、彼は言う。


「怪獣の遺物、ティガーライト。これによって、破壊される前よりも発展していく世の中。立ち上がれ永崎! そんなメッセージ性の込められた映像が……たぶん正しい」


 つまり。


「納得いっていないわけですか、君は、自分の案に」

「……ぼくだって目をそらしているわけじゃない。多くの人達にとって、怪獣が恐ろしい脅威で、トラウマであることは解ってるつもりなんだ」


 偽りようのない事実である。

 でなければ、特別生物対策室に超法規的な権限など与えられない。

 今日まで続くカウンセリングこそが、この街に住む人間へプラティガ-が与えた心的影響をなによりも如実に物語っていた。


 怪獣は理不尽で災害。

 芹ヶ野の言葉が、脳裏で甦る。


「誰かに見せる映像である以上、実相寺先輩の姪さんたちが喜ぶような作品にしなきゃいけない以上、怪獣を善なるものとして書くことは難しい」


 ぼく自身、怪獣を善性の塊だとは認識していないと彼は告げ。


「ちがう、ごめん……」


 ハッと顔を跳ね上げてこちらを見遣り、そのまま頭を下げた。

 まったく忙しいひとだ。


「気にしてないから、続けて」

「……ぼくにとって、怪獣は救いだった。プラティガーがいなかったら、きっと今日を今のようには生きられなかった。そんな存在を、ざまに書くことは出来なくて」


 だから脚本も、企画書も作れていないのだと、彼は弱音を吐く。


「つまりは矛盾を抱え込んでしまっているわけね?」

「……うん」


 俯く彼からは、普段の陽気さが感じられない。

 きっといま、私は彼の心の柔らかな部分に触れているのだろう。

 人間ならここで躊躇するのだろうか。

 足踏みしてしまうのだろうか。

 けれど私は、怪獣だから。


「なら、教えてください」


 私は、彼の手を取り。

 ゆっくりと上がってきた眼差しを真っ直ぐに受け止めながら、訊ねた。


「梁井玲司にとって、怪獣って、なに?」

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