第二話 埋め合わせって、なに?

「なぜ、靖子が?」

「酷いなー、姫に会いに来たんだよー。それとも、友達の家を訪ねるのに理由がいるー?」


 それは、まあ要らないだろうが。

 しかし彼女が我が家にやってきたことなどこれまで一度もない。

 前代未聞だ。

 困惑していると、靖子は近づいてきて私に耳打ちをした。


「この間はごめんねー。屋上でのことだよ。進治郎先輩が飛び入りしちゃうの止められなくて。だから今日は、埋め合わせに来たよー」


 埋め合わせ。

 人間関係を重要視する靖子だ。その言動は解るし一貫性を感じる。

 けれど、どうにもささくれだった違和感らしきものがぬぐえない。


「ひょっとして、別に用事があった?」


 そう問えば、靖子はバッと視線をらした。

 いや、いやいや。

 怪獣でも解る人間シリーズ。それは後ろめたいことがある人間の仕草だ。


「あははー、ちょっと会いたかっただけというか……まあ、そこは気にしないでいいよ。それより気をつけて欲しいのは……進治郎先輩のこと」


 靖子が真面目な顔で実相寺を見遣る。

 先輩は梁井くんと、なにやら特撮談義に花を咲かせているようだった。

 あれを警戒する?


「実相寺先輩は、梁井くんと好きなジャンルの話をしたいだけでしょう?」

「そうかもねー。でも、好きな人と好きな話をするのが一番楽しいじゃない? だから、まだ諦めてないかも……なーんて」


 ふむ。

 私は腕をつかねて考える。

 怪獣皇帝的頭脳が、真実の答えを導き出した。


「つまり……梁井くんと実相寺は〝いい仲〟ってこと……?」

「うーーーーーん、これは思ったより重症かなー。格付け姫がここまでポンの者になるなんてねー」


 なに、ポンの者って。


「……そもそも、協力するって、マジ?」


 私は雑談を切り上げ、話の筋道を戻した。

 実相寺が持ち込んだ怪獣特撮を撮影しようという計画。

 これに一枚噛みたいと言い出したのが靖子、という流れだったはずだ。


「野上、音楽が出来るって、本当か?」


 こちらが落ち着いたことを見て取ったのだろう、梁井くんが口を挟んでくる。

 靖子は問い掛けに、うんと頷いた。


「シンセサイザーとMIXを少々ねー。それと、純粋に演奏をやれる人の伝手つてがあるよ」

「ぼくらが求めている音楽は」

「オーケストラのような重厚で費用がかかるもの、だよねー? 大丈夫、一線級の楽団を連れてこいとかでなければ対応できるから。もちろん、お値打ち価格で」

「外堀が埋まってしまったな」


 嬉々とした表情で、梁井くんが私を見遣る。

 放たれたのは、真っ直ぐな問い掛け。


「主人公はおまえだ、秕海。おまえがやるっていうなら、ぼくは全力を尽くすぜ。逆に御免蒙ごめんこうむるっていうなら、ここではっきり言ってくれ」


 三人の視線が集中する。

 つまり、私の一存をもって、映像作品を作るかどうか決めると言っているのだ。

 プレッシャーのようなものはない。

 同時に、高揚感もない。


 当たり前だ。

 私が怪獣スーツを身につけるのは、己の二面性を解決し、衝動を打ち消すため。

 わざわざ誰かに見せるための撮影なんか必要ではない。


 ……けれど。

 彼と。

 彼らと、一緒に一つのことを成し遂げられるなら?


 甦るのは、先日行ったヒーローショー。

 そして実相寺姪が向けてくれた、憧憬の眼差し。

 スーツアクターは、誰かに見られることで完成する。


「やりましょう」


 気が付けば、私はそう告げていた。


「……決まりだな」


 梁井くんが大きく息を吸い。

 宣言する。


「これより、仮称:プラティガ-二代目映像化プロジェクトを開始する! みんな、ベストを尽くそう」


 真っ直ぐに伸ばされる彼の拳。


「えー? そういうノリなんだー」

「はっはー! 先生は要点を押さえているからなっ」


 靖子が、実相寺が、同じように拳を突き出す。

 彼らがもう一度こちらを見る。

 私はため息を吐き。

 同じように、右手を前に出した。


 打ち合わされる拳。

 あがるときの声。


 こうして私たちは、特撮映像作品を作ることになった。

 なったのだけれども……。


「……ところで、特撮、監督と脚本、全部ぼくが担当ってマジ?」

「プロットは二週間ぐらいでお願いねー。発注とかあるからー」

「必要なミニチュアの抜粋もだぞ。任せたからな、先生」


 ……どうしてだろう。

 先行きに不安しかなかった。

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