第三話 醜いアヒルの子って、なに?

 放課後、学友連中を適当に誤魔化ごまかして、私は梁井家へと向かった。

 既に彼は帰途についており、いまから公共機関を使っても追いつくのは難しい。

 なので、屋根伝いに跳んで先回りをする。

 怪獣のみに許された快速移動手段だ。


 南一ツ星高校は、永崎の中心からいささか離れた位置にある。

 遊興あそび耽ろういこうと思えば、路面電車を乗り継ぐ必要があるかわりに、住宅街とは距離が近い。

 私の家が高台にあるように、梁井くんの家も高台――すなわちプラティガーによって破壊された中心地からは離れた位置にあった。


 庭と二階付きの一戸建て。

 新築でもないところを見ると、怪獣災害が起きる以前から立っているのだろうと、屋根の上に降り立ちながら想像をめぐらせる。


 永崎は現在急ピッチで復興が進んでおり、地価はすごいことになっている。

 有能極まりない県知事が、隣県の意見を完封し新幹線を誘致。

 台無しになった夜景に変わって、ゆるきゃらの〝ティガーくん〟を筆頭とした怪獣モチーフの産業で、一大観光都市の立て看板を再建したからだ。

 いまこの街の名物は、カステラでも鯨でもなくプラティガーなのである。


 そこに一枚噛ませてもらっている身分としては、市場原理バンザイと言ったところだろうか。

 経済は人間のいとなみなので、わりと勉強していたりする。


 と、そこまで考えたところで、彼が最寄りのバス停からのんびりと歩いてきた。

 玄関の鍵を開けようとしたところで、わざと音を立てながら背後に着地する。


「……おまえ」


 振り返った梁井くんは、なんとも言えない顔をした。


「どこからどうやって来た? まさか飛んできたって言うんじゃないだろうな?」

「安心して。怪獣でも解る人間知識。普段人は空を見上げない」

「親愛なる隣人じゃねーんだぞ」


 え、どうして額を押さえるわけ?

 そこは「うおおお! 怪獣サイコー!」って叫ぶはずじゃ?


「ぼくをなんだと思ってるんだ」

「重度の怪獣オタク?」

「悔しいことに正解だ。けどな、秕海。いまの情報化社会、監視カメラにでも映ったらどうする?」


 すぐさま拡散されてネットニュースのえさだぞと梁井くん。

 なるほど、それは考えていなかった。

 いや、おそらく特生対とくせいたいが情報をひねり潰してくれるとは思うのだけど。


「あと、ジャンプする怪獣はなぁ、格がなぁ……」

「そっちが本音でしょ、怪獣オタク」

「はっはっは」

「というか……驚かないのですか?」


 昨晩からしてそうだ。

 私はとっておきの秘密、自分が怪獣であることを打ち明けたというのに、梁井くんはまったく驚かなかった。


「普通、人型の生き物に怪獣を名乗られたら飛び上がるものじゃない?」

「いまどき普通だろ、人型の怪獣。界隈では常識の部類だ」

「嫌な界隈すぎる……」


 なんというか、張りがない。


「まあ、立ち話もなんだしな。とりあえず上がれよ」


 そう言って彼は、私を家へと招き入れてくれた。

 同年代の男子の家を訪ねるのは、なにげにこれが初めてである。


「梁井くんは独りでここに住んでいるのですか?」

「そんな金持ちに見えるか? 両親と妹が一緒だよ」

「妹さん?」

「今日はあいつと買い物に行く予定だったんだが、おまえが会いたいって言うんで断った。結果ブチギレて絶賛家出中だ。両親も朝まで帰らない」


 つまり、都合がいいわけか。


ぜんね。梁井くんの度量が試されています」

「どこで覚えたんだそんな知識」

「ネット」

「ですよねー」


 なんだかんだと言い合いつつ、案内をしてもらう。

 彼の部屋は二階にあった。


「ようこそ、ぼくの城へ」


 梁井くんが部屋の扉を開けた瞬間。

 私は、身を固くする。

 これは皮膚を硬化させたという意味ではなく、文字通り動けなくなったのだ。


 いや、いまさら男子の部屋が恐くなったとかではない。

 そんな人間らしい感情とは無縁だし、梁井くんなんて一発殴れば気絶するだろうから危険度判定が入らない。

 問題は、彼の部屋にずらりと並んでいたもののほう。


 怪獣グッズ。


 プラティガーや、私の知らない怪獣の玩具が。

 床や壁が見えないほど、所狭しと並べられ、一種の祭壇じみた空間を形成していたのだ。


「すごい量のフィギュア……」

「フィギュアだけじゃない。プラモ、ソフビ、変形玩具、実際の撮影で使われたプロップ、ガチャガチャの景品、公式ショップ限定のティガーくんアクスタもあるぞ」


 よく見ると、キラキラ光るシールの類いなんかも並んでいる。

 どうやら彼が昼食にしていたウエハースは、これの本体だったらしい。


「ウエハースがおまけだ。たこ焼き味だぞ? というか顔色が悪いな、大丈夫か?」

「……私の気持ちを当ててみて」

「急に人間の女性みたいなことを言い出したな……うーん、このメンツと怪獣大戦争がしたい!」

「醜いアヒルの子です」

「――――」


 彼が険しい顔つきになった。

 さすが怪獣オタクと言うことだろう。

 私の抱える問題を一瞬で理解したのだ。


「……秕海、つまりおまえは、自分が他の怪獣と違う姿であることにコンプレックスを感じているのか?」

「これだけお歴々が集まれば、なおさらにね」


 それだけ彼のコレクションがすごかったというだけの話だが……来るものはある。

 私は自分の容姿に自信がない。

 長く艶やかな黒髪も、二重ふたえでアーモンド形の眼も、メイクをせずとも赤い口唇くちびるも、頬も、誰かにとっては羨むべきものなのだろう。


 けれど、私には必要ない。

 私は怪獣だから。

 ゆえにこそ、いまの気分はかなり辛い。

 毛並みの品評会に裸で着たような心地だった。


「……怪獣は、いつだってぼくらの常識を破壊してきた」


 若干ナイーブになっていると、彼は棚の上から一つ、ソフトビニール人形を取って、そんなことを呟いた。

 とても年季の入った、ボロボロの怪獣。

 足の裏にはマジックで、『れいじ』の文字が刻まれている。

 ほかの人形とは違い、それだけが使い込まれていて、彼にとって思い入れのあるものなのだと一目で解った。

 ……なんだろう、見覚えがある気がする。


「そこに例外はない。特撮にNGなしとおんなじだ」


 ソフビを棚に戻し、代わりに大型端末を引っ張り出す梁井くん。

 彼は私へその端末を渡してきながら、こう告げた。


「秕海、おまえにとって怪獣ってなんだ?」

「私自身よ」

「じゃあ、怪獣ってなんだと思う? 今度は形状の話」


 それは……二足歩行して、尻尾があって、巨大で、光線を吐いて、世界を壊すもの……。


「プラティガーが広めたパブリックイメージはそれで間違いない。あのソフビだってそうだった。けど、怪獣は自由だ」


 端末を指差され、つられて視線を落とす。

 そこには、プリズムをいくつもくっつけたような結晶体が映っていて。


「これも怪獣だ。光が凝縮して物質化したもの」

「マジで言ってる?」

「むしろこの界隈では常識だ」


 なんなんだその界隈、謎すぎる。


「小さいやつ、無害なやつ、自然を修復するやつ、壊すやつ。夢の中にしかいないやつに、金食って暮らしてるやつ、虫、ヒトデ、餅つきのうす。なんだってありが怪獣なんだ。だから」


 彼が、微笑む。


「おまえみたいに、人間の姿をしている怪獣がいてもいいって、ぼくは思うよ。繰り返しになるが、界隈では珍しくもないんだ」


 ……そんなのは、詭弁きべんだ。

 現実に現れた怪獣は〝彼〟ただ一柱ひとはしら

 それがもたらしたのは破壊だけだと、梁井くんだって解っているはず。

 けれど。

 それでも不思議と。

 悪い気は、しなくて。


 私は大きく息をつき、彼の部屋を見渡す。

 無数の先達人形たちから注がれる眼差し。

 やっぱり劣等感はある。


「……自由ね」


 もちろん、こんなやりとりだけで飲み込めるような容易いコンプレックスじゃない。

 しかし私は、梁井くんと話せたから。


「落ち着いたか? じゃあ、とりあえずベッドにでも座ってくれ。いつまでも立ち話ってのもなんだしな」

「……そうね。他に座れる場所もないし、足の踏み場もありませんからね」

「おい」


 渋面を浮かべる彼を無視して。

 私はベッドへと、大の字で飛び込んだ。


「だから、おい」

「昨日寝てないの。少し仮眠させてください」

「ぼくだって寝てないよ。一晩中おまえのこと考えてた」


 ……え、マジ?

 ちょっとだけ心臓が跳ねる。


「たく、怪獣じゃなかったら怒鳴ってるところだぜ……」


 とかなんとか言いながら、彼もベッドへ腰掛けた。

 こちらを見下ろす彼。

 彼を見上げる私。

 怪獣と人間なら、本来逆のはずなのに。

 それが、なんだかおかしくて。


「本題に入ろう。昨日の話、覚えてるか?」


 彼の問いに私は頷く。

 朝までずっと考えていたのだから、忘れるわけがない。


「怪獣スーツを作る、でしょ?」

「それなんだが……」


 彼がこれまでで、一番真剣な顔になった。


「そもそもおまえがなりたい怪獣って、なんなんだ?」

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