第二話 怪獣でも解ることって、なに?

 無理だった。

 授業にまったく集中できない。

 秕海乙女という脅威を前にして、特撮オタクトークを猛然と披露し始めたあの社会不適合者が。

 この人間の学び舎でどんな生活を送っているのか、気になって仕方がない。


 なので昼休み、学友達と学食へ向かうついでに、彼のクラスの前を横切ることにした。

 チラリと中を覗くと、男子の視線がごっそりとこちらへ集中する。


「〝姫〟だ」

「やっば、超美人じゃん」

「でもよ、今月既に三人振ってるんだろ?」

「バカ、今朝のを合わせて四人だよ」

「じゃあ、なんの用で……まさか俺に告白を!?」

「ないない」


 至極どうでもいい雑音を聞き流しながら室内を見渡すと……いた。

 密閉容器に入ったウエハースを取りだして、もそもそとかじっている彼と視線が合う。


 ふむ。

 手の一つでも振りたいところだが、私と接点があるとなれば梁井くんは質問攻めに合うだろう。

 これは自意識過剰とかではなく純然たる事実。

 そうなると憐れだし、今後の彼の立場が危うい。


 うーん……なにか、私と彼だけに通じる合い言葉のようなものがあればいいのだけれど……。

 と考えて、秒で思いつく。


 私は両の手のひらを天井へと向けて、胸元に構える。

 それから彼を見下すように見詰め、声を出させずに「がおー」と吠えて見せた。

 教室が、いた。


「かわいい!」

「口ちっちゃい!」

「しかし、どういうポーズだ?」

「胸を強調している?」

「はっ! まさか俺に告白しているんじゃ――」

「ないない」


 やかましく男子連中が興奮している中、梁井くんは顎に手を当て冷静に、


「シン・怪獣皇帝SP」


 と、断言した。


 ……気付いてもらえた。

 こんなくだらないことなのに、ジャンプしそうな自分がいる。

 意図したことが伝わるだけで、こんなにも嬉しい。


 そうか、人間が同じ話題で盛り上がるのも、こんな気持ちを味わいたいからなのか。

 初めて、学友達に共感できたような気がした。


 そんな風に、私が内心の整理を付けている間も、彼はずっと語り続けていたらしい。

 誰も聞いていないにもかかわらずだ。


「今作において怪獣皇帝は118.5メートルの巨体で常に人間を見下ろし観察を続けている。そのとき、手のひらを常に空へと向けており、一説には作中人物の行動が全て怪獣皇帝の手のひらの内だからなのではと考察がされていた」

「梁井さぁー、空気読めって。怪獣の話なんか、誰も求めてないっての」

「そうそう、ないない」


 数人の男子がツッコミを入れると、教室は笑い声に包まれる。

 けれど彼はお構いなく、


「物語のハイライトは、八方塞はっぽうふさがりの状況を打破するため未来から送られてくるメールで――」


 と話を止めない。

 梁井くんは、迎合などしていない。

 己の好きを、信念を貫いている。


 私は即断する。

 忘れ物をしたと学友たちに断りを入れ、自分のクラスへ取って返す。

 机に寝そべり、携帯端末をいじっていた靖子を叩き起こすと、小声で〝情報〟を要求した。


「三組の男子全員分の連絡先を頂戴」

「姫ー? それは少し高くなるよー。実相寺先輩の分でしょうー?」

「違う。二年三組。対価として私のメールアドレス、十二時間限定で開放しますから」

「……だったらおつりが出るねー。今度チョコミント食べに行こうよ? おごるからさー」

「ありがとう、でも肉にして」


 靖子が端末をかざしてくるので、こちらも取り出す。

 一瞬でデータのやりとりが終わり、私の手には梁井くんのクラス男子全員分の連絡先が握られていた。


 人間は、不思議な習性を持っている。

 互いの人生と社会構造の中で手に入る情報を持ち札として、常に優劣を競ってマウントを取り合うのだ。


 彼女、野上のがみ靖子は、こういった情報戦の頂点に位置する。

 この学校で彼女が知らないことはない。

 ……私が、怪獣であること以外は。


 靖子にもう一度お礼を言って、私は早速メールを打つことにした。

 宛名あてなはもちろん、梁井玲司。

 要件は――


「放課後、話をしましょう――っと」


 返信は、思ったより早かった。


『ぼくの家で会おう』


 口元がつり上がりそうになるのを必死で我慢しながら、こう返答する。


「下心が見え透いてる」


 それは、怪獣でも解ると。

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