第五章 怪獣を撮った日
第一話 ファン一号って、なに?
実相寺先輩が屋上へと乱入してきた日は、散々だった。
結局話題はディープな特撮関係のものとなってしまったし、梁井くんは先輩に独占されてしまった。
わりと許せない。
とはいえ、人間への理解が進んだいまなら、先輩の語りたがりも解る。
この街では怪獣の話をするとき、平和や抑止力など様々な思想が付随する。してしまう。
だから気兼ねなく話せる相手を、先輩はずっと探していたのだろう。
私の連絡先を求めてきたのも、隠しきれない〝怪獣〟オーラを見破ったからだと言っていた。
……もちろん特撮オタクだと勘違いしてのことだ。
如何に優秀な先輩でも、私の正体までは看破できていない。
「ところで乙女ちゃん。一つ頼みたいことがある。姪と会ってやってはくれないか」
屋上から教室へ戻るとき。
神妙な顔をした実相寺先輩は、次のような話をした。
幼稚園でのショーを見て、姪っ子さんが、プラティガー二代目に興味を持ったらしい。
シルバーエックスとライバル関係にある存在として認知されたようだ。
その上で、二代目に〝変身〟する人と会ってみたいと、その子は言い出したのだという。
「変身って、なに?」
「俺がシルバーエックスの姿に変わっていることを、姪は知っている。だから自然な発想として、怪獣も人間が姿を変えているのだと思っているのだ」
「ライブ方式か……」
「さすが先生、その通りだ」
二人はなんらかの共通認識を持っているらしいが、私にしてみればこどもらしい発想だな程度にしか思えない。
いや、問題は別にある。
私がこどもとの接触を避けたいと考えている点だ。
「どうして? 秕海は小さい子が苦手?」
「苦手というか、怖いんです」
梁井くんへ、私は正直に答えた。
「
「人間の強度なんて大差ないと思うけど……」
「たしかに姪は
まったく理解できない先輩の注釈はともかく。
怪獣としては、あまり壊れやすいものに近づきたくはない。
ないのだが……。
「そこを曲げて頼む! 姪は乙女ちゃんにぞっこんLOVEなのだ!」
平身低頭頭してくる茶髪先輩。
それを見て、梁井くんまでも同情を顔に浮かべ始めた。
「秕海」
なんだその捨てられた子犬みたいな顔は。
「む、むむ……」
悩む。大いに悩む。
「秕海ぃ」
「乙女ちゃん」
「ええい、解った、解りました!」
結局、私は押し切られてしまい。
そして今日――
「初めまして。私が秕海乙女。プラティガ-二代目です。本日は何卒よろしくお願いします」
ファミレスで幼女に向かって敬語で喋る怪獣がいた。
というか、私だった。
男二人がドン引きしているのが伝わってくるが、こちらは取り扱い要注意の危険物を相手にしているのだから、もう少し察して欲しい。
さて、実相寺先輩の姪っ子さんは、私のことをマジマジと見詰めている。
人――というか怪獣だが――に会うということで、目一杯におめかしをしてきてくれたのだろう。
オレンジ色をベースにしたアンダーウェアと、羽織ったジャケット。スカートはしっかりとプリーツが利いたものといった出で立ちの幼女は、しばらくしてハッと我に返ったようで、
「アタシ、
と、元気よく名乗った。
「いつも
「はっはっは、俺は許嫁じゃないぞぉ?」
静々と頭を下げてみせる姪っ子さんと、
このふたり、距離感がおかしい。
困惑している間に、由々実がゆっくりと顔を上げた。
そうして、切々と訴えかけてくる。
「えっと、こんな美人なお姉さんだと知らなくて、進治郎ちゃんのことだから変な男友達か、浮ついた感じの女かと思ってて、だったら追い返してやろうと準備してたんだけど……」
そんなこと考えていたのか
すごいな、この子。
将来有望である。
「でもしっかりしてる感じの人が出てきて」
「出てきて?」
「……びっくりしちゃったの」
そうか、びっくりしたのか。
怪獣でも解るシリーズ、人間は親類の交友関係を決めつけがち。
類友とも言うのだけれど。
「それで……秕海お姉さんは、進治郎ちゃんとどんな関係? 恋人だったらこの場で別れて」
「後輩と先輩というだけです。それ以上のことは何もありません」
「でも怪獣に変身できるんでしょう? 相棒とかじゃ……」
「……極めて一部、事実ではあります」
だって私は怪獣だから。
……とは、当然言えない。
ただでさえか弱い生物との対話は苦手なので、内心テンパっていると、梁井くんが助け船を出してくれた。
「実相寺先輩とは仲良くさせてもらっているんだ。みんな怪獣とか特撮が好きでね。由々実ちゃんは怪獣、好き?」
「あんた誰?」
「……えっと、超邪悪円盤怪獣ノーメンの」
「ああ、あの
名状しがたい顔をする梁井くん。
割と内心でダメージを受けていそうな彼は、しかし即座にリカバリー。
笑顔で首肯する。
「そう、シルバーエックスとプラティガ-二代目には負けちゃったんだけど」
「かっこよくない怪獣はきらい」
「……逆説的に、秕海のことは好きなのかな?」
由々実が頬を赤くした。
小さく、幼女が顎を引く。
「はじめは怖かったの。でも、そのあと悪い雑魚をやっつけてくれたし、進治郎ちゃんと一緒に戦ってくれたから、すてきだって思って。でも、正妻はアタシっていうか」
どうやら、悪感情を抱かれているわけではなかったらしい。
小さく息を吐き出し安堵していると、由々実はこう切り出した。
「秕海さんが進治郎ちゃんとなんでもないのは解ったわ。それで、秕海さんは……」
私は?
「次はいつ……プラティガー二代目に変身してくれるの?」
§§
「と言うわけで! 本格的に特撮映像作品を作ってみる気はないか? というか作ってもらえないと姪が泣くかもしれんのだ!」
頼むぞ先生、そして乙女ちゃんと、実相寺先輩は頭を下げた。
実相寺姪こと由々実と会食をした翌日のことである。
勝手に土蔵へとやってきた実相寺は、そのようなことを言い出した。
正直に言えば、あまり興味がない。
私は元々怪獣であり、外見との差異をなくすことこそが、このスーツ開発の目的だ。
別段映像記録を残したいわけではない。
しかし。
「いいんじゃないかな」
梁井くんは、前向きだった。
彼は改修中の怪獣スーツをいじりながら、楽しそうに答える。
「ぼくも、特撮の撮影技法には興味があったし、スーツがあるのに腐らせておくのは
「でも、梁井くん」
「うん。秕海の思ってることは解る。意味のないことなんてやりたくない、だろう?」
……筒抜けである。
なんとも落ち着かない気持ちでいると、彼は思案げに顎を撫でた。
「だから、有意義な理由があればいいと思うんだ。というか、ある」
「あるの?」
「ある」
頷く彼へ、それは? と問えば、答えはすぐに返ってきた。
「他人の目にどう映るかは、演者の実力次第。つまり、特撮知識という固定観念の
それは。
私が、真に迫れているかと言うこと。
本当に、怪獣になれているかという試金石。
……なるほど、試されているわけだ。
格付け姫が、今度は大衆に。
「やりましょう」
びっくりするほどスムーズに、口から了承の言葉は滑り出た。
理由は単純。
売られた喧嘩は買う。
怪獣とは、そういうものだから。
「私たちで、一つの映像作品を作ります」
「スポンサー様の決定なら、ぼくに異論はない」
「無論、俺は願ったり叶ったりだ。しかし、そうなればスーツアクターは乙女ちゃん、美術は俺。特撮や編集、監督は先生に任せるとして……脚本や音楽は、誰がやる?」
先輩の言葉に、梁井くんは難しい顔をした。
え、まさか、出来ないの?
「……脚本はともかく、音楽の才能がぼくはからっきしで……」
「おやおやー? ひょっとしてお困りかなー?」
全員が黙りこくったとき、土蔵へ四人目の声が響いた。
私は、眼をぱちくりとする。
なぜなら、そこにいたのは。
「音楽、劇伴、目に見えない情緒! そういったものは、あたしにお任せだよー」
野上靖子が、とびきりに愉快そうな表情で立っていたからである。
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