休日あれこれ
閑話 空想観光都市永崎(名所案内版)
よく晴れた空が印象的な休日。
パパの付き合いで会食に出かけた。
あわよくば政略結婚の前段階をと相手側が
らしいというのは、お互いが席へ座る前に、全てがお流れとなってしまったからだ。
大きなトラブルが起きたらしく、慌ただしく退席していく相手方。
ほくほく顔でそれを見届けるべく中座するパパ。
思えば、初めからお見合いなどさせる気もなかったのだろう。
あのひとは、その程度には子煩悩な父親である。
問題は、私がひとり中華街へ残されたことだ。
「まったく、どうしたものですか……ね?」
「お?」
さっさと帰るか、もしくは学友達の間で話題になっていたものだけでもチェックするかと思案していたところで、雑踏の中の人物と目があった。
梁井くんだ。
リュックを背負い、両手に紙袋をいくつも下げた彼が、驚いたような顔でこちらへとやってくる。
「奇遇だな、こんな場所で秕海に会うなんて」
「私がどこにいても勝手でしょう?」
「そりゃそうだが」
「梁井くんこそ、繁華街に来るようなキャラじゃないのでは?」
「来るさ、年に一度ぐらいは。それで、今日がその日だ」
彼は両手の紙袋を持ち上げて見せた。
中を覗くと、そこには大量の永崎銘菓が詰まっており。
「なに、これ?」
「怪獣皇帝商法」
「は?」
「特に大規模な行事がない今月は、永崎中で怪獣にまつわる土産物が安売りになるんだ。新商品だって一気に品出しされる」
別にプラティガーが上陸した記念日でもないのに?
ときどき人間の思考にはついて行けなくなる。
呆れていると、梁井くんが手を打った。
「ちょうどいいや。秕海、これからあちこち回らないか? どうにも人手が足らなくて困っていたんだ」
「それ、マジで言ってる?」
「もちろん本気だとも」
「……了解」
かくして、怪獣オタクの奇行がはじまった。
§§
「こっちが元祖・怪獣まんじゅう、向かいの店が本家・怪獣まんじゅう」
「一緒じゃない」
「ぜんぜん違う、皮に焼き印されている怪獣の柄が違うんだ」
「えー……」
極めて薄い皮の中に、これでもかとあんこが詰められた饅頭が、せいろの中で大量に蒸されていく。
繁華街から路面電車の駅を五つほど経由した先に、そのまんじゅう屋はあった。
わずか百メートルほどの距離に、二軒の店が向き合うように立って、我こそはと看板を掲げ、しのぎを削っている。
聞けば、以前から同様の商法をとっていたが、怪獣災害を契機にそれがヒートアップしたとのこと。
一個80円というリーズナブルさもあり、観光客には大変ウケているらしい。
「次はこっちだ。カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは五三焼きカステラ怪獣味」
「キワモノみたいな名前が出てきましたね……」
天下の文明の名を冠したカステラ直売所へと案内され、そこで私が目にしたのは、青緑色のカステラだった。
もともとこの店では、イチゴやチョコ、チーズ、
そこに県が推進する怪獣観光プロジェクトが一枚噛んで、この青緑色のカステラが出来上がったらしい。
「ちなみに五三焼きっていうのは、材料となる卵黄と卵白の比率が5対3になるように作られた極めて難しい製法で」
「そこは聞いていないです。それで、味は?」
「試食があるから、食べてみれば?」
示された方を見ると、カウンターの上に密閉容器が設置されており、なかには試食用の細切れカステラが入っていた。
店員さんに許可を取り、一つ取って食べる。
奇妙な風味。
なんだっけ、この、確実に味わったことがあるけどわざとらしい味付けは……。
「まさか」
「そう、プラティガーのプラズマ熱流にヒントを得たラムネ味だ」
「やめてしまえ、商売」
心中だけでそう呟く。
ビジネスを
梁井くんは直売店限定の爆安カステラの切れ端詰め合わせ(訳有り野菜のようなものだ)を次々に購入。
そのあとも、私を奇妙な場所にばかり連れ回す。
プラティガーを模したゆるきゃら、〝ティガーくん〟グッズを扱った直営店であるとか、当時の様子を記録した怪獣ミュージアム。
怪獣教会に怪獣慰霊堂
最後に訪れたのは、眼鏡橋だ。
「十一年前、奇跡的に焼け残ったこの橋は、補修工事が行われた。そのとき追加されたものがある。秕海は解るか?」
「ハートマークの石?」
「おしい」
彼は指を鳴らした。
「怪獣の足跡をかたどった石だ」
もとより経年劣化のある橋である。
定期的に保全工事は行われており、観光名所としての要素を増やされている。
以前は見つけると幸せになれる……あるいは恋人と結ばれるという噂付きのハート模様の石が、橋の中に組み込まれていた。
それが現代では、怪獣の足跡石へと変更されたわけである。
「うん、指の数は四本。ちゃんとしてる!」
嬉しそうに端末で写真を撮る彼。
周囲では同じように撮影をしているひとも多い。
人々が手に持っている携帯端末は、すべてティガーライトが利用されている。
エネルギー源、通信装置、半導体、様々な性質を帯びた新物質は、完全に日常へ溶け込んでいた。
一度はプラティガーによって破壊された永崎の町並みは、ほとんど復興したと言っていい。
そうしてこの地に住まう人類は、災害でしかなかった怪獣さえも踏み台にして生きている。
「なんとも商魂たくましいものね。少しだけ、感動すら覚えます」
「それが、生きていくための戦略だったからね」
写真を撮り終えた彼が、こちらを向く。
真面目な表情だった。
「戦略? 怪獣由来の物質を受け容れることが?」
「災害の爪痕さえ利用することがさ。ティガーライトだって、便利だからと考えるのはぼくらみたいな一派市民で、お偉いさんはもっと別なことを考えている」
事実、この国は工業大国として生まれ変わりつつあるのだと、彼は語った。
言わんとすることは解る。
復興の過程で、永崎にはいくつも工場が出来た。
秕海重工――我が家だってそれには関係している。
「なにせ、あれだけ他国へ溝を開けられていた半導体分野の特効薬が、無から生えてきたんだ。利用しない手はない」
確かにそうだろう。
本来、都市がいくつも滅ぶような災害があったとき、立て直せるほどこの国は強くなかった。
けれどもいま、本邦は諸外国と
すべてはティガーライトによるものだ。
それらを産みだし加工する重工業地帯が、国家を、人々の暮らしを支えている。
だが。
だからこそ。
「こう考えたことはない? そのティガーライトが牙を剥いたらって」
事実として、そう言った事例はゼロじゃない。
パパや梁井くんが語ったように、不純物の多い粗悪品が干渉することで、機械が誤作動を起こすことだってあった。
危険は常に隣り合っている。
人間はこれを許容できるのかと、怪獣としての私は問う。
答えは――
「それでも、選んだんだ……ぼくらは怪獣と生きていくことを」
普段の抜けている彼とは違う、精悍な表情。
私は一瞬目を奪われ、微かに口元を綻ばせた。
「くだらない」
「そうかな?」
「ええ、本当くだらない」
けれど、その理想を信じようと思う。
「ところで……秕海」
「なに?」
彼が、突然弱々しい声を出した。
そうして現金な笑みを浮かべつつ、揉み手をしてくる。
大変気持ち悪い。
「じつは……サイフが空になってしまって……次の買い物代、経費で落ちないか? 駄目……? なんとかならない、スポンサー様? ね?」
私は。
にっこりと愛想笑いをして、こう告げた。
「駄目でーす」
「そんなー!」
彼の悲鳴が、青空へと響いていく。
私はじつに清々しい気分で、本家・怪獣まんじゅうを頬張ったのだった。
うん、とても甘い。
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