第四章 怪獣を演じた日
第一話 実相寺進治郎の過去って、なに?
「はっはー! ここが俺の姪が通う幼稚園。そして、ヒーローショーの舞台だ!」
実相寺先輩は、誇らしげに語った。
ショーの提案を受け容れて一週間ほど、私は先輩と演技の練習に勤しんでいた。
言うなれば、段取り。
土蔵を開放して、かなり本格的に取り組んだ。
私のスーツを見た先輩が、いたく感激していたのをよく覚えている。
さて、ショーの内容は簡単だ。
暴れるモンスターを先輩扮する巨大ヒーロー〝シルバーエックス〟が打ち倒すというもの。
シルバーエックスとは、梁井くん曰く「銀色の巨人が怪獣の鎧を着て戦う特撮ヒーローもの」とのことだったが、意味はまったくわからない。
ショーの台本はあってないようなもので、ほとんどが勢い任せ。
滅茶苦茶な流れになると、普段は先輩が喋って筋道を糺すらしい。
ただし、今回は梁井くんがいるため、彼がナレーションと演出を任されていた。
「先生にしてみれば、素人ヒーローショーは
「ぼく自身への戒めも含めて、未熟さは認めるしかないと思う。でも、その熱意は本物だと感じたんだ。ヒーローの本質は、誰かのため。先輩はそれを解ってる」
二人のやりとりの意味を、私はいまひとつ判じかねていた。
それでも、やるべき刻はやってくる。
幼稚園の先生方に挨拶した後、会場……とは名ばかりのお昼寝部屋へと入って準備を始めた。
「この時間帯まで残っている子は意外と多くてな。せめて親御さんが迎えに来るまで、楽しみを用意できないかと考えて、この催しを始めたのだ」
二度目の高度成長期呼ばれる永崎の復興事情だ、共働きは当たり前。
たしかに、お子さんの面倒を見られる両親というのは少なくなっているのかもしれない。
「先輩、この荷物はこっち? もしくはあっちか?」
「向こうだ。しかし丁寧に頼むぞ、先生。ダンボール製とは言え、これまで俺が守ってきた町並みだからな!」
荷物を引っ張ってきた梁井くんへ、先輩は男臭い笑みを向ける。
自信と自負に裏打ちされた表情。
「手伝います」
私も梁井くんや先輩と一緒に設営を始めた。
壁に大きな白い布を貼り付け、簡易プロジェクターに。
写真を拡大して貼り付けたダンボールを、ビルに見立てて並べ。
先輩が趣味で作ったという車のミニチュアや、電柱を設置していく。
「町並み、真ん中がすっからかんですけど、これでいいのですか?」
「いいんだよ秕海、マジカル広場だ」
「さすが先生、解っている。乙女ちゃんにも解るように言えば……これはプロレスのリングだな。いわゆる見立てというものだぞ」
言われてみれば、四方を覆うビルと、不自然な空白地帯と化した床。
これはプロレスのリングに見える。
二人に尋ねてみると、初期の特撮ではよくあった手法なのだという。
ビルのようなミニチュアは当時からして貴重で予算がかかる。
その隙間を縫って大立ち回りするよりも、広く土地を開けて戦う方が予算的にも撮影的にもいい。
そういうことらしい。
「さて、姪たちが案内されてくるまえに本番の流れを確認しておこう」
先輩がこちらを指差しながら告げる。
「まずは乙女ちゃんが
上手と下手、つまりは入り口と出口を指し示しながら先輩は続ける。
「一分ほどプロレスをしたら、互いの位置を入れ替える。その後俺が形勢不利となって倒れるので追い打ちをかけてくれ。先生はナレーションで応援の仕方を教えて欲しい」
つまりは、実相寺へと声援が向かうように誘導しろと言っているわけだ。
「それで、園児達の声援を受けたあとは俺が復活。すぐに必殺光線を発射するから、乙女ちゃんはやられた演技で下手へと捌けてくれ。演出と細かなナレーションは先生に一任する。なに、心配することはない。普段は俺がひとりでやれる程度に簡略化している。操作はリモコン一つだ。何か質問は?」
「……怪獣は、悪者ですか」
特に気分を害したわけでもなく、確認のために問えば、先輩は白い歯を見せた。
「こどもの頃、俺も怪獣災害に遭った。家も何もかも失って、御近所さんも、遊び場だった森も焼け落ちた。だが、途方に暮れていたある日、炊き出しの場にヒーローがやってきてくれたのだ」
それは、無償で行われたヒーローショーだったのだという。
怪獣災害という本来ならばもっともヒーローが必要とされる場面で、しかし空想の産物であるそれらは救いを求める声に応えられなかった。
当然だ、おかしなことではない。
それでヒーローを責めるのはお門違いだし、自罰的になる必要だってない。
けれど関係者は立ち上がった。
予算を手弁当で持ち出しして、大手からご当地ヒーローまでもが荒れ果てたこの街へやってきて、こども達を慰め励ました。
「それが、俺にはひたすら眩しく映った。特撮に熱中した切っ掛けがこれだ」
「……なるほど。では、やはり怪獣は悪と?」
「違うな、乙女ちゃん」
実相寺進治郎が、私の両肩に手を置く。
梁井くんとは異なる炎が、その瞳の中では燃えていて。
「怪獣は悪ではない。ヒーローが彼らを倒すことで、俺たちは教わるのだ。平和の尊さを、どうしようもない現実と戦うことの意義を。つまり怪獣は、人生の教師なのだ」
あるいは、それは私と梁井くんを丸め込むための方便だったのかもしれない。
先輩は私たちの怪獣へと傾ける情熱を知っていたから。
……けれど、全てが嘘ではないと思った。
先輩の語る信念は本物だと感じたから。
だから私は、部屋を出る。
「どこへ行くんだ、乙女ちゃん?」
「更衣室へ」
だって。
「怪獣が、必要なんでしょう?」
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