第二話 見稽古って、なに?

「これより、古今東西怪獣映画上映会を開始する……!」


 土蔵にて高らかに宣言する梁井くん。

 どうしてこうなったのかと、私は額を押さえた。

 繰り返してんどんが面白いのは漫才の世界だけである。


 初号スーツは確かに完成した。

 今度は動かしたところで破断することなく、関節の動きも良好だった。

 視界もしっかり確保されており、動き回っても問題はゼロ。

 けれど梁井くんは。


「演技がなってない」


 と、酷い注文をつけてきたのだ。

 演技もなにも、私は怪獣である。

 即ち私の所作しょさが、怪獣の所作だ。


 しかし彼は納得しない。

 私も納得できない。

 仕方がないので折衷案せっちゅうあん

 着ぐるみを着て動いている私の様子を撮影してもらい、客観的に分析することとした。


 スーツに袖を通し、直立。

 一歩を踏み出す私。

 真っ直ぐ、ずんずんと進む。

 多少の動きにくさは、筋力で充分カバーできる。

 なんの問題もない。

 やはり完璧に怪獣なのではと満足しかけて……さすがに彼の言いたいことを理解した。


 これは、人間の動きだ。

 人間が、着ぐるみを着ているだけの動きなのだ。


「秕海は人型怪獣で、普段から人間の動きをしている。そこに演技は必要ない。だからこそ、プラティガ-型怪獣の動きが解っていない。外側に拡張された身体への対処が追いついていないんだ。なら、解決法は一つ」


 梁井くんは鼻息も荒く。

 眼をキラキラと輝かせながら、こう告げた。


「先人がどう怪獣を演じてきたのか、片っ端から映像を見て学ぶこと……!」


 というわけで、いま私は大型ディスプレイの前に正座しているのだった。

 これから開かれるのは、つまり勉強会である。


「プラティガーの実録映像を見るのじゃ駄目?」

「政府がほとんど削除しちゃったからなぁ……ぼくが持ってるやつも、遠景に撮影したやつで細かい部分は解らないし」


 だからこそ、過去の映像作品がいいのだと梁井くん。


「自然なものではない、演技だからこそ見えるものもある。そこに注意しておいてくれ」

「……そう」


 ある種の職業には、見稽古みげいこというものがあるらしい。

 職人が弟子に言うところの「見て学べ」。

 芸事において、職人は仕事をなすプロフェッショナルであって、教育のプロではない。

 だから、達人の振る舞いを見ることで所作を覚えるという、そういう訓練の方法。

 これから私がやるのは、そのそれだ。


 もっとも、さほど緊迫感に満ちているわけではない。

 私たちの膝元にはポッポコーンとコーク、それから私用のビーフジャーキーと鮭トバが用意してあり、視聴態勢は万全。


「ジャーキーと鮭トバはおっさんすぎないか?」


 なんてデリカシーのないことを梁井くんは言うが、私は気にしない。

 怪獣なので。

 怪獣皇帝の後継者なので。

 ……気にして、ない。


「悪かった、さすがに言い過ぎた。よし、とりあえず見よう。見ながら説明するから……!」


 慌てた様子で上映開始する彼。

 私は緩みそうになる口元をキュッと結んで、ディスプレイへと視線を向ける。

 映し出されたのは、プラティガーが出現する以前の作品だった。


「これは……たしか以前見ましたね?」

「ああ、とある離島に伝わる神の名を冠した怪獣、あるいは本邦特撮怪獣の始祖だ。七十年近く続くシリーズだけに、表現方法が多彩でな。今回はその大怪獣、最後の戦いを見て欲しい」

「……? シリーズはいまも続いていると記憶しています。なのに最後の戦い?」

「……マルチバースみたいなものだよ。他のは違う世界の話だと思ってくれていい」


 なにやら難しい話だが、理解はできるので飲み込む。

 画面には配給会社のロゴマークが浮かび上がり、意味深なCGモデルが展開される。

 そこから、導入となる人間ドラマが流れ始めた。


「梁井くん、早送りしましょう。見稽古というのなら、人間のシーンは無駄です」


 何度でも言うが、怪獣は無意味なことをしない。

 今回の目的は、あくまでスーツアクターの動きを見ること。

 だから、このシーンは飛ばしていい。

 そう告げれば、彼はゆっくりと首を振った。


「駄目だ。今回も同じことを言うぜ、秕海。映像作品は、頭から最後までを通しで見ることで完成する芸術だ。前振りを飛ばしてしまったら、微細な動きに乗る文脈を読み取れなくなる」


 理屈は解る。

 行間を読むためには、前後の文章が必要だ。

 けれど……。


「騙されたと思って見てくれ。すぐに解る。今回は、ずっと感覚的にわかりやすい」

「君がそこまで言うなら……いいでしょう」


 私は鮭トバに齧り付きつつ、画面を注視した。

 やがて、そのシーンがやってくる。

 全身の至る所を赤く赤熱させた黒い怪獣が、縦横無尽に歩き全てを破壊していく。


「秕海なら、このシーンをどう動く?」


 どうもこうもない。

 歩いて、薙ぎ払って、壊して……。


「……そうか、文脈」


 突発的な気づきが、私の脳内で瞬く。

 梁井くんがばら撒いた、オタク知識という点と点が結びつき、いまひとつの形をなす。

 即ち、この怪獣は――


「呼吸をしている!」

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